閑話 ユアンの誤算〜フランクの災難〜
「このバカが!!」
室内に怒声が響く。怒りのあまり、寝台の上にある装飾品を壊した彼は、帝国の新皇帝であらせられるユアン様だ。
床一面に、粉々にされた瓶の破片が広範囲に散らばった。
「ユアン様。どうか落ち着いて下さい」
ユアン様の肩を抱き、なんとか宥める。
私は、ユアン様の忠実な部下であり、幼い頃からお世話をしてきた従者のイヴ・ルナティアだ。
前日ユアン様が行った策略により、見事に王国を陥す事に成功した。
七代に渡り続いた王国との大戦に終止符を打ったのだ。勿論、ユアン様が殺した第七代皇帝……父君は平和的に終わらせようとしていたが、それをユアン様が横からぶち壊した。
ユアン様が王国の王女と面会した後、私とフランクはユアン様から計画の全貌を聞いた。その内容に背筋が凍るような悪寒を覚え、計画を止めるよう説得したが聞き入れてはくださらなかった。
それに、これ以上邪魔をするなら本気で殺すぞと怒られた為、二人で相談した結果、最後までユアン様に付き従う事を決めた。
今でも、あの第二王女を刺した感触が腕に残っている。恐らく内臓を貫通していただろう。
ユアン様に能力を奪われた状態で、あれほど重傷を負っていたら助かる余地はまずない。
少し罪悪感はあった。だけど父君をその手で殺したユアン様とは比べものにならないだろう。
王国の王族は皆殺しにした。ただ一人を除いて。
私は皇室のベッドで、すやすやと気持ち良さそうに眠っている少女を見やる。第一王女のウルティニア様……らしい。
らしいというのは、世間一般では第二王女と呼ばれている方が、本当は姉なのだとユアン様が言っていたからだ。
ユアン様を信じていないわけではないが、はい、そうですか。とはならなかった。
この事実を知っているのは、帝国でもごく少数、ユアン様の腹心のみだ。
王女を連れてきた公国の士官には、口止めをした後、褒美を与えて国へと帰らせた。
そして、ユアン様の
「何故、死体を持って来なかった! 首一つ持ってくれば十分だったというのに!!」
王国のたかがメイド一人に何故ユアン様が、そこまで拘るのかは分からないが、そのメイドの死体は彼の計画に必要なものだったらしい。
すぐに私は調査隊と称し、帝国兵達にメイドの首を取りに行かせた。
だが調査隊が赴いた先で、明らかになった事実がさらにユアン様を怒り心頭にさせた。
メイドの両親。使用人。領民全ての墓が簡単にだが作られ、弔われていたのだ。
私も流石に思う所があった為、首を取りに行かせるついでに埋葬だけしてこいと命じていたが、まさか生き残りがいるとは思わなかった。
そして、その生き残りこそがユアン様が首を持ってこいと散々言っていたメイドだったのだ。
周囲には、魔力痕が残っていた為、魔力の波長からメイドのものだと判断する事が出来たが、何者かによって、その後の痕跡を全て消されていた。
足取りを追っていた兵士達は、行く先々に仕掛けられていた卑劣な罠の数々に、何人もの兵士が命を落とす事になり、撤退を余儀なくされた。
おそらく、移動しながら罠を設置していたという事になるのだが……それにしても恐ろしい手並みだ。
並大抵の人間が出来る技ではない。
虚偽の報告をしたフランクは、罰として一週間城内の清掃を任命され、私がからかい半分で様子を見に行くと「なんで自分だけなんスかーー!」とぶつぶつ言いながら掃除をしていたので、背中を思いっきり叩いてあげた。
フランクが涙目になっていたのは、同期の中でも美人な私に叩かれて感激したからだろう。これでやる気を出してくれればいいんだけど。
そして今、もう一度ユアン様に呼び出された二人は、詳しい説明を求められていた。
その席で団長がやらかした。
団長は、見逃した理由を丁寧に説明し、ユアン様をあきれ……怒らせた。
幸い、第一王女が部屋の中で眠っている為すぐに治まったが。
「復讐されたいから見逃しただと? 僕には理解できないな」
私もユアン様と同意見だ。自ら危険を増やす行為をするなんて……イカれているとしか思えない。
いや、ユアン様によれば、元からイカれている人間らしいが……私が近づきたくない部類の人間第一位だな。
「ドレット様。ドレット様が見たという黒髪の男は相当の手練れの筈です。彼がメイドと一緒に復讐しに来たらどうする気ですか?」
「その心配はない。必ずカーノルドは一人で俺の所に来るだろうさ………母とよく似てるからな」
? メイドの母と過去に何かあったのか? そこでユアン様が私に視線を送った。これ以上踏み込むなということか、彼もこれ以上語る気がなさそうなので、私もそれに倣い会話を終わらせる。
だが、空気を読まずに喋り出した輩がいた。
「あのー。自分はいつまでこうしてればいいんスかね?」
黙っていれば解放してやったものを。
私に苦労をかけさせたとして、即席の椅子になっているフランクが何か言っているが、誰も気に留めない。
私を乗せたフランクの背中は、さっきからグラグラしてきている。
「重くて、もう限界なんスけど……ひぐっ」
なんて失礼な奴だ。レディーに向かって重いとは。あとで躾けが必要なようだな。
私は、彼の脇腹を思いっきりつねりつつ、顔を近づけて殺すよと脅した。
「君達は相変わらずの様だね」
羨ましい限りだよと続けて言われたが、何が羨ましいのだろう。
「そんな事ないッスよ。助けてほしいッス」
フランクとユアン様だけが分かる内容だったらしい。
「私達の事はお気になさらず」
フランクを黙らせ、改めて話を聞く姿勢をとる。フランクは腕までプルプルしていた。
私ってそんなに重いか? ……ダイエットでもするか。
「とにかく、僕の説明が足りなかったのもあるが、娘の方だけは仕留めておいて欲しかったな」
「どうしてそこまで、ただのメイドに固執するのですか?」
私は兼ねてからの疑問を口にした。第一王女を手に入れた今なら、教えてくれるだろうと思ったからだ。
「……そうだね。君達にはそろそろ教えておかないとね」
私の思った通り、ユアン様は応えてくれた。
「元王国の俺も聞いて良い話なのか?」
「君も関わってるし、既に知っている事も多いから大丈夫だよ。まぁ、他言禁止だけどね」
団長も頷き同意する。
「――――まずは、僕の最終的な目的から話すとしようか………ぼくは」
「もう限界ッスーーーー!」
「きゃぁぁぁぁ!」
その時、限界を迎えたフランクが崩れ落ちた。そして私は思いっきり尻餅をついてしまった。
「あーやっと解放されたッス。あっ、イヴ。中々可愛い声出すッスね!!」
その瞬間、鈍感な彼も感じとった事だろう。場が凍りつき、ユアン様と団長様が私から視線を外し、フランクを哀れんでいる事に……私は立ち上がりフランクの胸倉を掴んだ。
「フランーークゥゥゥゥゥ〜〜!!!」
「うわぁぁぁぁぁッスーー!」
室内にフランクの情けない声が木霊した。
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