第40話 暗殺者の装備
「朝ご飯まだぁー?」
「はいはい、もう少しで出来ますから、待ってて下さいね」
私は家に住ませてもらう代わりに、家事をするという契約でここに入居したが、やっぱり失敗だと思う。
「どうせ……そこまで美味しくないんだから勿体ぶらず早く持ってきてよー!」
この人は本当に失礼な人だな、私は元々貴族だから、料理なんてした事無いっつうの!
「分かりました、じゃあ先輩の朝ご飯は抜きですね」
「それは嫌ーー! しょうがないから、食べてあげる。だから早く持ってきて」
一体先輩は何様のつもりなんでしょう? こうなったら、半熟のまま出して、お腹を壊してあげましょうか?
今、私が作っているのは卵とベーコンを焼いた、ベーコンエッグというものらしい。先輩に何を食べたいのか聞いた所これが真っ先に出てきた。
子供の頃、よく食べていて馴染みのあるものらしい。
「はい、先輩どーそ!!」
私はテーブルにドスンと、嫌味ったらしく言いながら置いた。
そして、昨日買っておいた、パンと一緒に食べる。帝国では、パンの物価は非常に安いので、庶民の主食になっている。
その代わり肉類は少しお高めだが。
「もぐもぐもぐ。やっぱりお母さんが、作ってくれた味と全然違う」
「それは、私は先輩の母ではないので、分かりませんよ。ちなみにどこら辺が違うのですか?」
「うーんと、卵の黄色い所を刺した時の柔らかさが違うし、お肉はカチカチになってて美味しくない、あとは……」
大体全部違うみたいですね。まぁ、努力はしてあげましょう。
トントントン。
ドアが叩かれる音がし、外から声がかかる。
「おーい、俺だ。ここを開けてくれ」
「今、行きます」
扉を開けるとジークが中くらいの箱を抱えて立っていた。
「お前らは、朝から騒がしいなぁ全く。まぁ仲が良いようで良かったよ」
「ジークはさっきの会話のどこを聞いてたら、仲が良いと、捉えられるのかな? 私が一方的に、詰られてただけだと思うんだけど」
「そうだよ、後輩が言うこと全然聞かないから叱ってたんだ!」
「先輩は黙ってて下さい」
ビリビリと私の手から音がすると、先輩はしゅんと丸まって静かになった。
動物の調教って、たぶんこんな感じなんだろうな。
「今日は、お前に幾つか渡したい物と、二人に仕事の話を持ってきた。そろそろ訓練には、慣れてきただろうから実際に、試してみないとな」
帝都に来てから、一ヶ月と少し。いよいよ私の初めての任務がやって来たらしい。
「中を見てみろ」
ジークに促され、箱を開けると中には黒いフード付きのローブが入っており、動きやすい服も入っていた。
感想………とにかく布の面積が少ない、下は分かる、運動性に優れたショートパンツだからだ。
だが、上は少し……いや、かなり恥ずかしい。貴族だった私にとってはこんな服を着た事はない。
もしこんなの着て社交界に出たら一瞬で笑い物にされるだろう。
「ちょっと、恥ずかしすぎやしませんか? これを着るんですか?」
「勿論だ、みんな着てるぞ」
なら、仕方ないのだが、これはキツい。ちょっとジークの願望が入ってるんじゃない?
私の意図を感じとったのかジークが弁明してきた。
「いや、他意はない。少し、男達の願望が入ってるだけだ………そ、それに、ローブや衣服に特殊な機能を施しているから着ない理由がないのさ」
うーん、やっぱり邪な願望が紛れ混んでいたか。でもそれより気になる単語が出てきた。
「特殊な機能?」
私はまじまじとローブを見つめるが、何が特殊なのか全く分からない。
「見たって、分からないようになってるのさ、取り敢えず羽織ってみな」
ジークに言われ、取り敢えずローブを羽織る。その間、先輩はとてとてと洗面台に行き、歯を磨き始めた。
いや、後輩が初めて仕事着を着るんだから、少しは興味持てよ!
「ん。なんだか妙に暖かいですね。何かに守られているような暖かさがあります」
「そうだろ、そうだろ。そのローブには妖精の祝福がかけられていて、炎・水・雷・風のこの四種類の魔法の部類なら全て威力を軽減してくれる、素晴らしいものだ」
確か、妖精の祝福とは、文字通り妖精に祝福され妖精から加護を頂けるものだ。作製した時に、妖精の目に止まれば、授けて貰えるもので一種類でも貰えればすごいのにそれを四種類とは……超レアものだ。
「四種類もついてるなんて……こんなものどうやって手に入れたんですか?」
それは純粋な疑問だった。なぜ、暗殺者用の服に都合よく付くものなのかと。
「それは……下っ端であるお前には言えないな」
ジークは冷たく言い放った。まるでこの会話を続けたくないかのように。
その理由も少し察しが付いていた。
「はぁ、それなら仕方がないですね」
私も私でそれを察し会話を終わらせる。こういう時に先輩がいればいいのに。
先輩は今うがい中だ。 洗面所からガラガラと音がする。
「残りの属性である、土・闇・光は軽減されないから、注意するように。それと、はい、これ」
ジークが私に紙を一枚渡してきた。
何々、請求書??
「これは、一体何ですが?」
「見りゃ、分かるだろ。請求書だ」
それは、分かるんですけど……白金貨10枚って値段があまりにも法外過ぎやしませんかね。
「これを私に払えと」
「あぁそうだ」
ジークがニッコリと笑った。嵌められたなこれは。私には、相場が分からないから訴える事も出来ないし、役所に訴えたら暗殺者である事がバレて、私が捕まっちゃう。
「これ、メイドだった時の一年分の給料に当たりますよ。一ヶ月金貨10枚位でしたから」
「今すぐ払えるか?」
「それは無理です」
「じゃあ借金だな、利息もしっかりつけるぞ」
「………悪魔め」
「なんとでも言ってくれ」
お金の話が丁度終わりかけた所で、先輩が戻ってきた。
「ジーク。おはよう」
「おはよう、アルマ。……他の人の前だ、敬語を使え」
先輩はちょっと悩んだものの、状況をしっかり理解したようだ。
「おはようございます。ギルマス」
「……まぁいいだろう」
どうやら私の気のせいではなく、ジーク以外に人が潜んでいるようだ。訓練の成果か、どこにいるかまでは分からないが、なんとなく気配は感じとることが出来ている。
「ったく、後輩が気づいてしっかりした対応を取ってるってのに、お前がそんなんじゃな、お前も新人の頃は同じように試されてただろう………変えるか?」
「それはいい提案ですね! このクソ引きこもり……いえ、このよく寝る先輩よりはこき使われなさそうです」
「今、なに言おうとしたの!! やだよ、エトがいなくなったら誰が家事や洗濯をするのさ」
自分でやれよ!!
「それがいやなら、しっかり仕事の時は真面目にするんだな」
「う〜〜。分かりましたよマスター」
「他のメンバーが今日来てるのは、新入りの偵察だ。気を付けろよ、組織に不利益だと判断されたら夜道で刺されるぞ」
いや、そんな楽しそうに言う事じゃないでしょ。そん時はギルマスであるお前が止めろよな。
「心に留めておきます」
今、着る事はしなかったが、他の物についても説明を受けた。
特に驚いたのが、ローブの特殊効果とアイテム袋だった。
まず、ローブは着ていると、顔や体に幻影魔法がかかり、もし殺し損ねても姿、形を覚えられないという優れものだ。
まぁ殺し損ねた時点でアウトなんだけど。
フードを外せば、顔の幻影はとれる仕組みになっていて、仲間同士では魔力を合わせている為、お互いの顔は認識する事が出来る。
声までは変わらないみたいだけど。
次に、ショートパンツの後ろに付いている、アイテム袋だ、ここには沢山の道具を入れる事が出来る。
つまり、軽装の暗殺者にとってアイテム袋は生命線と言っても過言ではない。
一通り、レクチャーを終えた、ジークが佇まいを正した。
いよいよ、本題の話だろう。
「先に、言っとくぞ。エト……お前が欲しがってる奴の情報は、しっかりと手に入れた。しかしただで渡す訳にはいかない」
「はい、分かっています」
「理解してるならいい……お前が依頼を遂行する事に少しずつ教えてやる。それでいいな?」
「はい、構いません」
ジークからそう簡単に情報を奪えないと、分かっていたためこの提案は御の字だ。
しっかり任務を果たせば教えてくれると約束してくれたのだから。
「それでは、依頼の内容を説明する」
「「はい」」
気がつけば、さっきまで、だらしなくしてた先輩ではなく、間違いなく暗殺者の顔になっていた。
だってその瞳からは、感情の起伏が全く見えなかったから。
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