3章 闇夜の暗殺者

第38話 プロローグ

 俺の名前はルアン、お貴族様の門番だ。隣で暇そうに欠伸をしているのは幼馴染みのラルフだ。


 俺たちは平民だが、偶然武芸の才能があったため護衛として召抱えられた。ここの貴族様はハッキリ言ってクズだが金の羽振りはいいから文句は言わず黙々と働いている。


 仕事といっても一日中、門の前で立っていて人が来たら名前を聞き、入れるかどうかを聞きに行く。又は旦那様の護衛として常に側につく。それだけの仕事さ。


 後は、住み込みな為、夜は交代で見回りをするくらいで基本自由を許されている。こんなに楽な職場は他にないぜ、一日中、身を粉にして働いていた日々が嘘みたいだ。


 俺は隣のラルフに問いかける。


「ほんと、俺たちはラッキーだよな。旦那様はクズだが変に突っかかって来ないし、三食の飯はついてくるし金もたんまり貰える。まぁ休日が少なくて女遊びが出来ないのは辛いけどな」


「あぁそうだな。旦那様は奴隷の女を何人も侍らせているっていうのに……俺たちに少しくらい分けてくれてもいいと思うんだよ」


「まぁそれを実際に言った奴がいたよなぁ、すぐに奴隷に落とされてたけど」

「あぁ、馬鹿な奴だよな。奴隷商と繋がっている旦那様の前で自分の欲望をさらけ出すなんてな」


「ああ言うのは夜、こっそり忍び込んでやるのがいいんだよな、主人から許可は頂いていると言ったら大抵の女は黙って首を縦に振るからな」


「そういや女で思い出したんだが、隣国のシュトラス王国、国の重鎮に叛乱を起こされて崩壊したらしいな。今はガルディア王国になってるんだっけか」


「あぁ、あの国の王女はとても美しいと評判だったからなぁ、生死不明と言われてるが案外捕まって奴隷にされてるかお貴族様の達の慰み者になってるんじゃねえか」


「まぁ、叛乱も防げなかった顔だけの王女様だったんだろうしな。奴隷になってたらウチのがめついご主人様が大金出して買ってくるだろうよ」

「そしたらこっそり犯るのもアリかもしんねぇな」

「やめとけやめとけ、主人の怒りを買って奴隷にされるのが目に見えてるよ」

「それもそうだな。でも死んでもいいから一度王族を味わってみたいという気持ちは分からなくはないだろ?」


「男ならみんなそう思ってるよ」


「「ははははは」」


 その時の俺たちは気付いていなかった、この会話を木の上からこっそり聞いていてこめかみに青筋を浮かべて怒り狂っていた存在に。



◇◇◇


「すっかり日が暮れたな、そろそろ屋敷に戻るか」

「あぁそうしよう。もう腹がすい………」


 不意に言葉が止まった友人を不思議に思い後ろを振り返った。


「おいどうし……た?」


 すると友人の体は首元から上が無くなっていた。


「ひぃやぁぁぁーーーー!」


 ルアンが尻餅をつき後ろに後ずさるとピチャン、パチュンと顔に生暖かい液体が降りかかって来た。


「なんだよこれ、血……血じゃねえか!」


 ルアンは自分に降ってくる血の出所を探し上を見上げだ。


「あっ、ラルフ……誰だお前は」


 ルアンの近くにあった木の上に、フードを目深く被り全身を黒いコートに包まれ、コートの中からチラッと見えるショートパンツとおへそが見える肌着の様なラフな上着を着た人物が、ラルフの頭部を持ちながら見下ろしていた。


「お前が知る必要はない。とっとと死ね」


 聞こえて来た声は幼い少女の声だった。それにルアンは少し安堵した。


「なんだと目上の人に対する口の利き方がなってないな、さっさとそこから降りてこい大人の恐ろしさをお前の体に教えてやるよ」


「……主人が主人なら部下も部下か」


「あん? 何言ってるんだテメー俺をここの貴族様と一緒にすんなよ」


「先程の会話を聞かせてもらってたよ、残念な事に君達……いや君は僕の相棒の逆鱗に触れてしまった……まぁ精々頑張りな!」


 少女は最後だけ同情する様に声をかけ、一瞬で姿を消した。


「なっ! どこに行きやがった!!」


 ルアンがきょろきょろ辺りを見回すと先程の少女が二階の窓から侵入する所だった。


「いつの間にあんな所に! まずい不審者を屋敷に入れたと分かれば俺の身が危ねぇ」


 ルアンは死んだ幼馴染みの事など既にどうでも良くどこまでも自分本意で物事を考えていた。


 ラルフは簡単に死ねて良かったのかもしれない、これから長い時間地獄を見る事になるルアンに比べたら。


 バリバリビリビリビリ。急にルアンの体が痺れ硬直した。


「なんだこりゃ。やべー動けないぞ! あのガキを中に入れちまう」


「まだそんな悠長な事言ってるの。この屑!」


 気がつくと同じ様な服装の少女がルアンの後ろに立っていた。

「てめーはあのガキの仲間か! おいさっさとこの拘束を解け今なら一日俺にご奉仕するだけで許してやるぞ」


「どこまで行っても屑だなお前。主人と一緒に仲良く死ね」


「なんだと、ふざけるなよガキ!! ここを誰の屋敷だと思っている、子爵階級の中で最も権力の高いアルゼイン様のお屋敷だぞ。そして俺はその部下だ、た、ただで済むと思うなよ!」


 少女は何も言わなかった、ただ腰からキラリと光る短刀を取り出すとルアンに近づいた。


「おい、なんとか言ったらどうなんだ、それで俺に何をするつもりだ!」


 少女は答えず、短刀に魔力を込めている。すると短刀がバチバチと音を出し始めた。


「私ね、怒ってるんだよ、何で怒っているか貴方に分かる? 答えられたら少しくらい優しくしてあげてもいいよ」


「そ……そんな事知るか! さっさと拘束を解きやがれ!!」


「そう……だったら教えてあげるよ、カノン様を馬鹿にした事を! カノン様の事を侮辱したその罪の重さを!!!」


 少女が短刀を突き立てた。ルアンは体に雷が走る様な激痛を味わいまともに喋れなくなった。そこでルアンは思い出した。半年前から護衛者の間で密かに噂されていた、殺し方が異端な暗殺者がいる事を。


「お……まえ……黒猫の『雷刃』……か?」


 少女は答えなかったが、無言は肯定を表していた。


「くそ……本職の奴等かよ……ついてねぇ」

「もう遅いよ、私がカノン様の素晴らしさを教えながらたっぷりお灸を据えてあげるから。最後にカノン様の素晴らしさを知る事が出来たんだから感謝してよね」


 ルアンは今になって自分の言動を後悔し、目の前に存在に恐れ慄いた。間違いなく、目の前の少女は歴とした実力を持つ暗殺者で自分の手に負えるものではないのだから。


「……ちくしょう」


 ルアンの折檻は屋敷に侵入し、仕事を終えた少女が戻ってくるまで続けられた。戻って来た時にルアンはプスプスと音を立て体中から煙を発していた。しかし外面は全く焼けておらず、体の中から焼け焦げた匂いがしていた。


「エト……また派手にやってくれたね」

「アルマ先輩、カノン様をコケにしたこいつが悪いんですよ」

「全く、だから『雷刃』なんて言う通り名がついちゃったんだよ。暗殺者としてはダメなんだからね」


「それについては申し訳ありません、しかしあれから半年経ったというのにカノン様達……元シュトラス王国の王族を馬鹿にする声が絶えませんので………仕方なく」

「まぁいいや今回は任務に成功した事だし、衛兵が来て騒ぎになる前にさっさと帰ってジークに報告するよ」


「はい、分かりました」


 二人の暗殺者は、屋根の上に上がり、昼間とは打って変わった夜の街へ、溶けるようにスウッーと消えていった。

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