第9話 バスの中で男子トーク

 合宿の日取りはすぐに決まった。

 まだ四月。部活動は始まったばかりであり、普通は合宿なんて早すぎる。

 だからこそ逆に合宿場は空いていて、割引キャンペーン中だったので、早々に予約することになったというわけ。

 僕たち以外には、漫画部と文芸部という創作系文化部が参加。同じバスで向かうことになった。

 山の方にある、森に囲まれた合宿場へは片道三時間。この時間を有意義に過ごせるかどうかは、誰の隣に座るかにかかっている……


「最悪だ」


 漫画部も文芸部も、おさげの三編みで地味眼鏡という最高にブヒブヒな女の子がいるというのに、僕だけ男子に囲まれてしまった。

 なんでこういうとき男子は男子、女子は女子と一緒になるのか。それで一体誰が幸せになれるというのだろう。悲しい習性だ。


「なあ、お主恋愛研究部であろ?」


 うぜー。

 隣の男がイジってきやがった。

 男のくせに恋愛研究部とか正気かよ、頭おかしいんじゃねえの。そんなんだから童貞なんだよ、プークスクスって思ってるんだろ。殺す。


「恋愛研究部にいる女子はみな魅力的よな。羨ましき」

「そうなんだよ!」


 こいつはわかってる。

 僕が社会人だったら、今すぐ奢りで居酒屋に行くね。

 ガリガリに痩せていて眼鏡をかけており高校生にしてはヒゲが濃い。クセのありそうな男だ。まぁ男の見た目などどうでもいい。


「小生は文芸部なのだが、彼女たちのことを少しでも知りたいのだ。自分の書く物語に活かしたいのでな」

「なるほど」


 創作の参考にしたいとはなかなかいい心がけですね。

 よし、同じ推しを持ったら同士だ。

 存分に語ってあげようじゃあないですか。

 ふふふ……思っていたよりも楽しい合宿になりそうですよ?


「まず出雲さん……あそこにいるショートカットで小柄な女の子が、出雲静香いづもしずかさんだ」

「ふむ……透明感があって神秘的な印象の美少女であるな」

「そうである」


 言い方がうつったのである。それにしてもさすが作家、見る目があるのである。


「普段は無表情だが、笑うとそれはもう可愛い」

「ふむふむ、まぁそうであろうな」

「ところが、意外なのはね」

「意外なのは?」

「下ネタで笑うんだ」

「な、なぬう……」


 驚いている驚いている。

 そこが出雲さんのチャームポイントだからね。


「そういうギャップがある、というわけだな」

「そうそう」


 熱心にメモっている。重要なことだからね。創作に活かしたまへ。


「ところで酷い目にあったときはどうなる」

「へ?」


 酷い目とは?


「こう、殴られるとか罵声を浴びせられるとかいじめられるとか。あるだろう?」

「いや、ないでしょ、そんなこと」


 あったら僕が許さない。命にかけて守ると誓おう。


「そうであるか……」


 残念そうである。明らかにがっかりしているぞ。

 ため息を付いて窓の外を見ても高速道路を走る車が見えるだけですよ?


「いじめられてそうなのに……」


 なんてことを言うんだ、こいつは。

 抗議しようと思ったら、ペンを上ケ見先輩の方に向けた。楽しそうにお菓子を食べながらおしゃべりしている。


「では、あの一見ギャルっぽい先輩はどうであるか?」

「ほう」


 一見、ということは本当はギャルじゃないことを見抜いているということか。やはりバカに出来ないな。


上ケ見小羽あげみさわ先輩。モテたくてギャルっぽくなってるけど、実は真面目な人だよ」

「やはりそうであったか。派手な外見ながら知的な雰囲気が出ているし、品がある」


 さすがだ。

 そのとおりです。やっぱりわかってるな。


「普段ギャル語完璧なんだけど、言ってることは賢い感じなんだ」

「なるほどであるな」


 もちろんメモっている。上ケ見先輩の魅力を書き始めたらメモ帳などすぐに書く場所がなくなるけどね。


「で? 酷い目にあったときはどうなる」


 で? と言われても?

 何を言っているのでしょう、この人は。


「他の女から髪の毛掴んで振り回されたり、するだろうギャルならば」

「いや……しないんじゃないでしょうか」

「男に騙されたり、浮気されて泣き寝入りしたりするだろう」

「してないと思いますが」

「ううむ……」


 非常に不満げだ。

 ペンを耳に挟んで腕を組んでいる。競輪の予想をしているおっさんか。


「あの方はどうだ。誰からも好かれそうな、清純で快活でまさに学園のアイドルといった感じの」

八幡坂はちまんざかまなか先輩だね」


 これは誰が見てもそうだろう。まさに学園のアイドル。まなか先輩を好きにならない男なんていない。全人類のオスがすべからく恋に落ちる存在だ。


「絶望した顔がいかにも美しそうなお方だな」

「なんで絶望させたがるの」


 こいつ一体何なんだよ。


「ああ、小生は筆名を摩叙臥璃まじょがりと名乗っている。主に魔女狩りのような残酷な目にあう悲劇のヒロインの小説を書いておる」


 とんでもないやつだった。

 うちの部員を絶対にモデルにしないで欲しい。

 やっぱり男は悪い存在だ……。

 愕然とする僕の横で、摩叙臥璃と名乗る男は目を輝かせ始めた。


「なあ、どんな酷い目が似合うか語り合おうではないか。まず、出雲氏だがどう考えても縛るのが似合うだろう」


 ええ……

 どう考えてもって……そう思ってるの、この世でお前だけだろ……


「シンプルにロープもいいが、バラの茎で縛るのなんて似合うと思わぬか。出雲氏にはバラのトゲがよく似合う」


 ……なんかちょっとわかる……いやいや、わかるな。わかっちゃいけない。

 ぶんぶんと顔を横に振る。


「上ケ見嬢だが、彼女は絶対に精神的に追い詰めたい。肉体的には割と平気そうだが、意外と心が脆いに違いない」


 ……そうかも……やっぱり、こいつの女の子を見る目は確かなものがある。

 少し僕と似ているところがあるのかも……


「そうだな、目の前で動物を殺すのはどうだろう。猫とか」


 やっぱこいつ、とんでもねえやつだよ!

 僕とは違う存在! 一緒にしないで!


「ふふふ、泣き叫んで許しを請うところが目に浮かぶ……」


 変態だー!

 おまわりさーん! こいつ変態なんですぅー!

 子猫と戯れる上ケ見先輩の方が絶対可愛いだろ、どう考えても!


「そして八幡坂氏。彼女は強そうだ。肉体的にも精神的にも、そうそう屈しないのではないか」


 ……多分そうだ。それなりに意見が合うんだよな……。


「狭い地下牢に閉じ込めて、人との交流を経ち、水だけはくれてやる。じわじわと長い時間をかけて弱らせていくが、決して屈しないために段々と目と心が死んでいく……汚物にまみれ、死んだネズミを生で齧りながら……ぐふふ」


 こいつ怖い!

 もうダメだ、発想が狂気だよ。


「サービスエリア到着、十分間の休憩です」


 バスの運転手が事務的に告げる。

 助かった。

 絶対に席替えしてみせると決意して、バスから降りる。

 トイレから帰ってきたあと、しれっと出雲さんの隣に座った。


「……」


 無言で座ることを許可してくれる出雲さん。

 ただぼうっと外の景色を見ているだけの横顔を見て、確かに透明感のある神秘的な美少女だな、などと思う。


「バラ、似合うなあ」


 うっかりそう漏らしてしまった。


「……?」


 ちら、と目線だけこちらに向けた彼女の頬は、少しローズの色に見えた。

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