第3話

 二人を覆う立方体は、上空を悠々と飛行している。下に広がる数多の光に、燐は微笑みを浮かべた。


「東京の夜景は綺麗ね。……ねえ綾人、重くない? もう下ろしてもいいのよ」


「お前一人なんざ、抱えてようとなかろうと大して変わんねえよ」


「……そう」


 燐は綾人の顔を見上げ、ぽつりと呟く。


「悪かったわね」


 綾人は驚き顔で燐を見つめた。しかし次の瞬間には、揶揄うようにこんなことを言う。


「何だよ。急に殊勝なこと言いやがって、気味が悪りぃ」


 燐はふう、とため息を吐き、「変に気を回すんじゃないわよ、綾人のくせに」と悪態をついた。


「作戦、私のせいで失敗するところだったでしょう。……止めてくれて、ありがとう」


 綾人は燐から目を逸らし、「感謝されるようなことはしてねえだろ」ときまり悪そうな顔になった。それから、「まあでも、愚痴くらいなら聞くぜ」と付け足す。


「あら、今日は珍しく優しいのね」


 燐はきゃらきゃらと明るい笑い声をあげる。綾人はそれを、どこか悲しい顔で聞いていた。


「無理に笑うんじゃねえよ」


 笑うのをやめ、燐は戯けたように言う。


「心外だわ。別に無理なんてしてないのに」


「嘘つけ」


「……本当よ。どんな顔をすればいいか分からなかったから、笑っただけだもの」


 燐は目を伏せ、どこか沈んだような表情になる。


「捕らえられたみんなはきっと、『これから自分たちはどうなるのか』『殺されるんじゃないか』ってさぞ不安に思ったでしょうね。そう思ったら、私……あんな言葉が、あいつらの口から出たのが許せなくて」


 じわ、と燐の目に涙が浮かんだ。


「兄貴は」


 綾人が唐突に口を開く。


 それは無責任なほどに希望的な観測だった。しかし綾人には、それ以外に燐を慰める言葉があるとは思えなかったのだ。


「お前の兄貴は、きっと生きてるよ」


 燐は下を向いたまま、何も答えない。


 燐の兄、菊魔。


 先日壊滅に追い込まれた非合法組織、月華の首領を務めていた男である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る