第87話ビムガンのお姫様たち



「にゃー、にゃー、にゃぁー! クルスいいにゃ。最高にゃ! 冷んにゃり気持ちいいーにゃー!」

「う、むぅ……」


 馬車に揺られながら、ビムガンの姫君:ゼフィにまとわりつかれるクルスはなんとも言えない声を上げた。


「ちょっと、お姫様だかなんだか知らないけど、いい加減クルスから離れなさいよ!」

「そうなのだ! 離れるのだ!!」


 早速食ってかかったのは同乗しているセシリーとベラ。鬼の形相である。


「それ以上近づくのだめネ!」

「さ、下がってください! お願いします! じゃないとロイヤルガードとして闘わなきゃいけなくなります!」


颯爽とロイヤルガードのクロエとサトッコが、クルスにべったりくっつくゼフィの壁となった。


「お嬢様、馬車で暴れるんじゃありません。危ないですよ?」

「だって、フェア! んもぅ、ゼラ! あんたも何か言ってよ! 同族でしょ!?」

「い、いやぁ、あはは……すまんっす……」


 ゼラは苦笑いを浮かべて後ろ髪を掻くだけだった。


「あの、ロナさん良いんですか……?」


 ビギナはおそるおそるそう聞くと、


「良いんですよ。クルスさんはみんなのクルスさんですし、お姫様はまだまだお子様ですから。ふふ……」


 ロナは笑顔を崩さなかった。だけども声が少し冷たく聞こえるのは気のせいか。


「にゃー、むちゅ!」

「なっ!?」

「あ――!!」


 ゼフィがクルスの頬へキスをし、真っ先に悲痛な悲鳴を上げたのは――ビギナ、である。


「だ、大丈夫っすかビぎっち! 子供の悪戯っす! 気にすることないっす!」

「わ、私、まだなのに、なのに……っていうか、いつできるか分かんないのに、はわぁ……」


 ビギナはへなへなと崩れ去り、


「ねぇ、フェア、私我慢の限界よ。この小娘、殺すわよ? 殺して良いわよね? むしろ殺させて!」

「この狭さなら僕のバインドボイスで、うへへなのだぁ……」


 セシリーとベラは魔物の視線で睨んでいた。


 と、そんな空気間の中馬車が止まる。


「到着なのです! みなさん、降りてくださいなのです!」


 ネイコの声が聞こえ、一同は馬車を降りてゆく。


 ゼフィを助けたクルスたちはお礼にと、聖王国の本土:ヴァンガード島の北方にある、ビムガン族自治区へ招待されていたのである。


「「「お帰りなさいやせ! お嬢っ!!」」」


 馬車を降り、立派な石畳へ足をつけると、そこにずらりと並んだ屈強なビムガン族の男衆が、膝に手をつけながら一斉に頭を下げた。

そんな花道が木製の立派な門扉まで続いている。


「さっ、クルス! とと様にあいさつにゆくにゃー!」

「お、おい!?」


 ゼフィはクルスの手を引き、男衆の花道を走り始めた。

 男衆は微動だにせず、ゼフィの動向を見守っている。


「ちょっと! だからアンタ、クルスを勝手に!!」


 と、後を追おうとしたセシリーを、花道にいた屈強なビムガンの男が塞ぐ。

黒い装備がどことなくいかつく、目つきも怖い。

 しかし恐れ知らずのセシリーは逆にビムガンの男を鋭い視線で見上げる。


「なによアンタ! 退きなさいよ!」

「申し訳ございやせん。しかしこの道はお嬢のものでございやす。来賓の方は、そのあとでお願いをいたしやす」

「はぁ!? なにそれ。わけわかんないわね! 良いからどきなさい!」

「こちら他族の方とはあまり争いたくはありやせん。なのでどうか、お控え願えませんか?」

「だからうっさいって言ってるのよ! 退けっつってんのよ!」

「おう、コラ! 調子こいてるんじゃねぇぞ、小娘が! どこの族じゃい!」


 ビムガンの男の声が乱暴なソレに変わった。だがセシリーは動じるどころか、眉間に皺を寄せて、更ににらみつける。


「族ってなによ! 意味わかんないわよ!」

「セシリー、そうかっかしないっす」


 何故かずっと後ろに隠れていたゼラが現れ、激怒するセシリーの肩を叩いた。

すると男衆がざわめきはじめた。


「まさか、この方々はゼラ嬢さんのご友人ですかい!?」

「ま、まぁ、そっすね……」

「こいつは失礼しやしたぁ!!」


 急にビムガンの男は素っ頓狂な声をあげながら道を開ける。

間髪入れずに、ビムガンの男衆は、膝に手をつき、深々と頭を下げて花道を再度形成した。


「ゼラって実は凄い……?」

「いやぁ、ウチがってか、ウチの母さんがっすねぇ……」


 ビギナが聞くと、ゼラは苦笑いを浮かべた。


「今日は御前に“ブラウン様”もいらっしゃいやす! 是非ご挨拶を!」

「え、いやぁ、ウチはそのぉ……」

「ささっ! どうぞ!」

「わかったすよ、もう……じゃあみんな、ウチに付いて来るっす……」


 妙に元気のないゼラに続いて、一行は立派な門を潜って行くのだった。



⚫️⚫️⚫️



「とと様とはもしや族長か?」

「そうにゃ! とと様にとってもたくましいクルスを紹介したいのにゃー!」


 相変わらずゼフィはクルスの腕に抱きついたまま離れない。

そんな状態を維持しつつ、クルスは回廊を歩んでいる。


 石が主な建築素材である聖王国とは対照的な、木や紙を使った暖かみがあるビムガン独特の文化。

その象徴ともいえるほど、“族長の邸宅”の中は、まるで異国に迷い込んだかのような錯覚を覚えさせた。


「族長! ゼフィお嬢が戻りやした!」


 ゼフィの姿を見るなり、巨大な木の扉を警護していた屈強なビムガンの男が声を上げた。扉がゆっくりと開き、乾燥した草を丁寧に編んだ“マット”のようなものが敷き詰められた独特の空間が広がっている。

その果てには一段上がった場所があり、顔の無数の傷跡を残し、立派な顎髭を生やした獣の耳の大男が胡坐をかいていた。


(たしかこの男がビムガン族長、フルバ=リバモワだったか)


 55年前の“魔神皇大戦”時、聖王キングジムこと“イーディオン=ジム”を原住民の代表として支えた“建国七英雄”の一人【バーニア=リバモワ】


フルバ=リバモワはバーニアの長子で、現在のビムガンの長である。


更にフルバ=リバモワの左右には“ゼフィによく似た猫耳で色白で細面の女性ビムガン”と“色黒で健康そうな体つきの長い犬耳を生やした女性ビムガン”が座っていた。


「とと様、かか様達、ただいまにゃ! 」

「よう戻ったゼフィ! その男は誰じゃ?」


 大男は顎を髭をいじりながら、まるで品定めをするような視線をクルスへ向けてくる。

 伊達ではない鋭い眼光に、クルスはわずかばかり緊張感を抱く。

 

「クルスにゃ! 危ないところを助けてくれたいー男にゃ! だからとと様に紹介したくて連れてきたにゃ!」

「がはは! ゼフィ、やりおるのぉ! さすがはワシと【フォン】との娘じゃ! のぉ!?」


 フルバ族長は右手に行儀よく座る、色白の女ビムガンへ問いかける。


「ふふ。なってたって私とフルバ様との子供にゃすから。男を見る目も、行動力もありにゃすとも。そう思いますにゃね、ブラウン?」


 フォンはフルバ族長を挟んで向こう側にいる“色黒で犬耳の女ビムガン――【ブラウン】へ、にやりと笑みを向ける。

 足を崩して、豪快に座っていたブラウンは少し不愉快そうに顔を歪めた。


「んったく参ったぜ……まさか、ゼフィに先を取られるたぁ……って、ゼラ! 帰ってたのかい!」


 突然、ブラウンは飛び降りて、クルスを過る。

 いつの間にか、クルスの後ろにはロナをはじめとした一同が介していた。


「あ、あ、どうもただいっます! かか様!!」

「おうおう、ずいぶんと立派になって! また一段と強くなったみてぇじゃねぇか!」

「そっすね、まぁ、それなりに……」


 嬉々として喜ぶブラウンとは対照的に、ゼラは微妙な笑みを浮かべながら受け答えていた。

 

「もしかして、クルスだっけか? この御仁と一緒にいるってことはアレかい? 当然もう散々やっちまって、たんまり子種はいただいているんだろうね!?」


「「「「はっ……?」」」」


 誰もがブラウンの発言に、阿呆のような声を上げた。

 特にベラとセシリーは、渦中のゼラへ鋭い視線を送っている。

 

「い、いや、クルス先輩は違うっす! ウチしてないっす! そんな気もありゃしませんっす! 」

「はぁ!? なんだい!? アンタ、まだ処女なのかい!?」

「あ、えっと……」

「どうなんだい!? 正直に答えな!」

「そのぉ……その通りっす……面目ねぇっす……」

「かぁーっ! なんだいなんだい! ロイヤルガードの連中といい、ゼラといい! 最近の若者はそういうことに興味が薄いって聞くけど、まさか、うちの娘まで……」


 ブラウンはまるでこの世の終わりのような声をあげた。


「ふふ、ビムガンなのに困るにゃね。ああ、情けない」

「そがなこというな、フォン。ゼラが可哀そうじゃ」

「す、すみませんにゃ……」


 フルバ族長に注意されたフォンは、口を噤む。

フルバは胡坐を解いて、ゼラへ歩み寄った。


「よお帰った、ゼラ。より精悍な顔つきになったのぉ!」

「ただいまっす、とと様! とと様も相変わらず、お元気そうでなによりっす!」

「いいよるわ! わしはまだまだ現役じゃ! もう一人ぐらい、おめぇとゼフィの弟か妹をこさようとおもっとるけの! がはは!」

「ね、ねぇ、もしかしてゼラも“お姫様”なの……?」


 ビギナがそう口にすると、フルバ族長はゼフィを大きな手でゼフィとゼラを肩へ抱き寄せた。


「そうじゃ! ゼフィは第一婦人のフォン、そしてゼラは第二婦人のブラウンの娘じゃ! 二人ともワシの自慢の可愛い娘じゃ!」

「にゃー! 僕はとと様の自慢の娘にゃ!」

「まぁ、そういうことっす……」


 ゼラは嬉し恥ずかしといった具合で微妙な笑顔を浮かべている。

 そしてフルバ族長は改めて、クルスへ品定めをするような視線を注いだ。

 

「クルスじゃったか?」

「はい。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。自分はクルス。弓使いの冒険者です。拝謁できたこと、光栄至極に存じますフルバ族長」

「ほう? 礼儀を弁えとるたぁええ心がけだ」

「ありがとうございます」

「よし! わしの可愛い娘たちが見初めた男がどんなもんか試しちゃる! 準備せぇ!」


 フルバ族長の雄たけびのような声が響き渡る。

 すると屋敷の中がにわかに騒がしくなり始めた。

 

 嫌な予感を感じたクルスは、

 

「族長、一体何を……?」

「なに、ちーとばかり、殴り合ってお前さんの力を見せてもらいたいだけじゃ! 表で待ってるけぇの!」


 フルバ族長はそう言い置いて、ずかずかと外へ出てゆく。


 クルスは大変なことになってしまったと思った。

 しかしこうなっては今さら断る訳にもゆかない。そんなことをしたら、どうなるかはなんとなく想像がつく。

 

(やるしかないか……)

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