第83話改めてのキス



 クルスはロナと共に樹海の丘の上で話して聞かせた、城砦のようなたたずまいのギルドや、国内一の蔵書量を誇る国立大図書館、立派な意匠の施されたラビアン教会などを回って見せた


「人間ってすごいんですね。こんなにも大きなものをたくさん作れるだなんて」

「たしかにそうだな。ロナ、少しあそこを覗いても良いか?」


 クルスは手前の露店を指す。そこでは様々なな"魔法道具マジックアイテム"が売り出されていた。


 魔力が著しく少ないクルスにとって魔法道具は、これまでは無用の産物だった。

しかし、今は状態異常耐性のおかげで、それを攻撃に転じることができるようになった。

これは魔法系の状態異常でも、同じことができるのだと、冬に体感することができた。

ならば何かいいものがあれば購入しても無駄にはならないはず。


「良いですよ! 私も興味あります!」


 ロナの了承も得られたことで、クルスは露店へ向かった。


 魔法の封じられた宝玉、呪いを払う金工細工など、様々な道具が売りに出されていた。

 ロナはそれらを手に取り興味深そうに眺めていた。


「興味があるのか?」

「え? ああ、まぁ……これなんてどうでしょうか?」


 ロナが手に取っていたのは、“凍結状態異常”が込められた青いの宝玉だった。

しかし値段が異様に高い。


「奥さん、お目が高いね! いざって時そいつを使えば相手は一瞬でかちんこちんだよ! 使い方は簡単! 投げて砕いてやれば良いだけさ!」

「そ、そうですか! じゃあとっても良いものですね?」


 ロナは“奥さん”と呼ばれたことが相当嬉しかったのか、顔を真っ赤に染めながら微笑んだ。

 店主もロナの表情をみて、ニッコリ笑顔を浮かべている。

 

 今さら元に戻せない空気だった。

 

「……わかった。貰おう」

「まいど! ついでに“魔法解除魔法ディスペル”もどうだい? いざって時に役立ちますぜ!」

「う、むぅ……」


結局クルスは“凍結状態異常”と“魔法解除魔法”が込められた宝玉を三つずつ購入し、そして露店から立ち去った。


「付き合わせてすまなかった」

「いえ、全然。あっ……!」


 ロナは弾んだ声を上げて、手前の露店を見つめた。


 露店から甘い香りが漂ってきている。

形は以前、ロナやベラと一緒に食べた“バナナ”に相違ない。

しかし白い果実は、ダークブランの何かでコーティングされていた。


「チョコバナナ……か」


 看板にはそう書かれている。初めて見る菓子だった。


「ちょこばなな?」

「チョコレートという甘い菓子で、バナナを覆っているらしい。初めて見たな」

「チョコバナナ……」


 ロナは黒光りした長くで立派なソレをじーっと見つめていた。


「欲しいか?」

「あ、いえ、そのぉ……」

「待っていてくれ」


 クルスは露店へかけて行き、チョコバナナを買い、ロナへ渡した。


「良いんですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます。嬉しい……」

「バナナは旨いからな」

「そうですね。だってこれはクルスさんとの思い出の味ですから。だからすごく好きです。はむ」


 バナナを頬張るロナを見て、クルスは微笑ましさを覚えた。

そして同時によこしまな考えを抱いてしまう。するとロナはチョコバナナを咥えつつ、上目遣いにクルスを見て、手を握りしめてきた。


「あのですね、クルスさん。私、こんな姿になっちゃいましたけどね、でも一つだけ良いことがあるんですよ」

「?」

「えっと……その……そういうことをですね、たぶん、人間の女性のような体勢でできると思います……」


 そういうこと、とはおそらくクルスが想像した"男女の交わり"で間違い無いらしい。


「そ、そうか。そうなのか……突然、どうしたんだ?」


 ロナはより一層強く、クルスの手を握りしめてくる。

少し震えていた。


「ロナ?」

「だからもしも、クルスさんが嫌じゃなかったら、この旅の間に、その……お願いします!」


 ロナの勇気は無下にできない。更にそれはクルスの望みでもある。

いつか彼女と交わりたい。どん底の自分を救い出し、そしてこれまで共に時を刻んできた大切な人と。


「俺も望みは一緒だ。なら、近いうちに必ず。約束する」


 クルスは決意を込めて、ロナの手を握り返す。


「はい! だったら、その前に……こっちへ、欲しいかなって」


 ロナは恥ずかしそうに唇へ人差し指を添えた。


「あの時は毒が効くか確かめるだけでしたから。だから、改めて……。今は、あの時以上に、貴方のことが……」

「そ、そうか……しかし、ここでか……?」

「ええ、ここで。今すぐに」

「人がたくさんいるのだが……」


 往来のど真ん中。人々は立ち止まったクルスとロナを避けるように前へと進んでいる。


「それが良いんです。こんなたくさんの人がいる中で、私たちはこうして出会って、同じ時を過ごしている。しかも人と魔物がですよ? その奇跡を感じたいので……ダメですか?」

「……わかった」


 人ごみの中でクルスとロナは互いに見つめあい、そして口づけを交わした。

たしかにこの状況は奇跡なのではないかと思った。

 叶うならば、これからもずっと共にありたい。クルスはそう思う。


「あれ……? あのクルスさん?」

「ん?」

「なんだか随分と唇が硬い気がします」

「硬い?」

「まるで石みたいです」


 そういえばセシリーも同じようなことを言ったと思い出す。

 思い当たることと言えば、冬の頃にセシリーと対峙して、さんざん石化睨みを浴びたこと。

 しかし自分では良くわからない。

 

「さっき魔法解除魔法ディスペルでしたっけ? 買いましたよね。早速使ってみませんか?」

「そうだな」


 クルスは雑嚢から魔法解除魔法ディスペルの込められた“緋色の宝玉”を取り出し、手の中で砕いた。

 手の中からまるで文字のような何かが緩やかに飛び出て、彼の身体の中へ溶けてゆく。

 しかし何が変わったのか、よくわからない。

 

「クルスさん!」

「ん?」

「ちょっとこっち!」


 車いす上でロナが呼んでいる。クルスは腰を屈めた。

 

「はむ!」

「っ!?」


 ロナはクルスの頬を両手に添えて、彼の唇を甘噛みしてきた。 


「な、なにを!?」

「わぁ! 柔らかい! 石化解除されてますよ!」

「まさか、確かめるために……?」

「それはついでです」


 ロナは頬を真っ赤に染めながらはにかんだ。まるで悪戯に成功した子供のような無邪気な表情だった。

 

「クルスさん」

「なんだ今度は?」

「もう一回、良いですか?」

「もう一回って……」

「ダメですか……?」


 見上げられ、胸が高鳴った。どうしようもない衝動が沸き起こった。

 クルスは少し強めにロナの顎を掴んだ。


「ク、クルスさ――んっ!」


 ビクンと反応した彼女の唇を、自分の唇で無理やり塞ぐ。ついでに少し歯もこじ開けて、舌を軽く舐ってみる。

最初こそされるがままのロナだったが、やがて自分からも舌を絡めだす。

 相変わらずロナの味は甘いが、どこか痺れを感じさせる。きっちとこれは毒なのだろうが、クルスにとっては自分だけが楽しめる、彼女の特別の味である。


 二人は周囲に人がいることなどすっかり忘れて、暫くの間、互いの感触を楽しんだ。


「ぷはぁ……ドキドキしましたぁ……!」


 唇を離すと、視界一杯に顔を真っ赤に染めるロナの様子が映った。

いつにも増して、輝いてるように見えた。


「誘ったのはロナの方だろ?」

「ちょっと乱暴なのもいいですね」

「そうか?」

「はい! 男らしいっていうか、嬉しかったです! ありがとうござい……」

「ビ、ビギっち! しっかりするっす! 気をたしかに持つっす!!」


 と、背後から聞き覚えのある声がした。クルスとロナは揃って視線を後ろへ向ける。


「そ、そうだよね……だってロナさんが一番で、私は、二番……あはは……」


 人ごみの中で、呆然とするビギナをゼラがゆさゆさと揺らしていた。


 これはマズイ状況なのか……?

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