第57話クルスからの冒険者実習



「ゼラと俺が冒険者としてのインストラクターというのはわかったが、具体的になにをすれば良いんだ?」

「そこはインストラクターの冒険者に一任されてるんです。あっ、さっきワイアット先生からは先輩とゼラがインストラクターってことで了解は貰ってますので!」

「やっぱここは、ウチみたいな未熟もんじゃなく、クルス先輩に方針を決めて欲しいっす!」


 ビギナとゼラは揃ってクルスをみた。どうやら彼に拒否権は無いらしい。最も、断るつもりもなかったのだが。


「わかった。僭越ながら務めさせてもらう。協力頼むぞ、ゼラ、ビギナ先輩!」

「も、もう! 先輩から先輩って言わないでくださいよぉ! 慣れなくて恥ずかしいんですからぁ……」

「うひひ、仲良いっすねぇ……!」

「まずはここから移動し、オーキス、サリス、リンカの能力を改めて測り、その後方針を決めたいと思う」


 かくしてクルスの方針に従い、魔法学院の一年生たちと、ビギナ&ゼラのコンビは彼に続いて、樹海の隅を流れるギロス川の支流の一つにやってきた。そこの小石が多い川岸には、茶褐色の殻を持つ二枚貝のような魔物が生息している。

 危険度E――アーガイ。貝殻の間にある本体から触手を伸ばして攻撃してくるが、さほど強くはなく、主に食用として捕獲されることの多い魔物である。


「改めて、冒険者クルスだ。僭越ながら君たちのインストラクターを務めさせて貰う。よろしく頼む」

「はいはーい! サリス様をダサくするのは許さないからねぇー」

「こ、こらサリスちゃんと挨拶しなきゃだめでしょ! すみません、よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますっ!」


 魔法学院の将来有望な3人は三様の応答をしたのだった。


「俺から君たちに教えたいのは冒険者として最も重要な"連携"だ。冒険者の鉄則は依頼を確実にこなす以上に、自らのみの安全を最優先で確保し、生還することだ。そのためには仲間を信じ、共に命を守り合うこと。同時に連携で"陣を組む"ことで、各々の実力を最大以上に引き出す。これが連携の基本的な考え方だ。しかし特に3人以上の連携では闇雲に意識をしただけでは、効果は薄い。3人以上の場合は状況を的確に判断し、仲間へ指示を送る"リーダー"の存在が重要となってくる」


「はいはーい! じゃあそのリーダーはサリス様がするぅー!」


 真先にサリスは元気よく挙手をした。


「立候補ありがとう。意欲があってとても良いと思う。だが、申し訳ないがリーダーに関しては俺から指名させて貰う」

「えー、なんでぇー? サリス様やりたいのにぃー!」

「だからサリス! さっきから勝手なことばっかり言わないの! すみません、ホント……」


「すまないな、オーキス。で、リーダーの選抜についてだが、あそこにアーガイという低位の魔物がいる。君たちでも十分に撃破可能と思われる魔物だ。あれを標的にフリースタイルで戦って欲しい。その結果でリーダーを決めたいと思う」


「え、えっと、大丈夫ですよね……?」


 リンカは怯えた様子を見せた。やはり魔物と戦うのが怖いらしい。


「大丈夫だ。いざとなれば俺やゼラ、ビギナが救援に駆けつける。なにが起ころうとも、君たちの無事だけは必ず保証する」

「あたしも守るから安心して?」


 オーキスが優しくそう言って手を握ると、リンカは小さくの頷くのだった。


「よし! 準備ができたものから随時討伐を開始してくれ!」

「あは! じゃあサリス様がいっちばーん!」


 言葉通りサリスは迷うことなくアーガイの群れへ飛び込んでいった。

 五指へ紫色の魔力の輝きを宿し、手を振り抜く。

その軌道は“刃“となって現出し、アーガイを殻ごと切り裂く。いつ見てもサリスの攻撃は勢いが良く、迷いが無い。


「それそれそれぇー! サリス様の凄さを思い知れぇー! あは!」


 強いのは確かだった。3人の中では戦闘センスのみで考えればなんの心配もなく、それは本人もわかっている様子だった。だからなのか、どんどん飛び込んで、ガンガン攻撃し、バサバサとアーガイを切り捨てている。相手の攻撃もヒョイヒョイと身軽にかかわして、ダメージをほとんど受けていない。


(サリスはやはりアタッカー向きか)


 そう判断したクルスは、今度は視線をオーキスへ向けた。


「はぁっ!」


 オーキスは緑色の輝きを帯びた太い木の棒でアーガイの殻を粉々に砕いていた。勿論魔力で木の棒を強化しているのもあるが、彼女自身の腕力もなかなかのものである。

 更にアーガイが殻の間から鞭のような触手でオーキスを叩くも、彼女自身は怯んだ様子を見せない。防御力もかなりあるらしい。

 本人はどこか自分のことを過小評価しているきらいがある。しかしサリスとはまた違った戦闘センスがあり、実力は十分であると言えた。

 更に普段はクルス達の言葉へ真先に反応し、意見を述べたり、判断したりしている。

 リーダーとしての資質は十分に持っている。持ってはいるのだが――


「きゃっ!」

「リンカっ!!」


 リンカの悲鳴を聞くなり、オーキスは対峙していたアーガイを中途半端に放り出して救援へ向かった。


「あ、ありがとう!」

「大丈夫! あたしが守るから! はぁっ!!」


 そこからオーキスはリンカを守ることに集中し始めたのだった。

 ただリンカが攻撃を貰わないように、その場へ木のように根を張って、盾となり始める。

そして盾としての行動以外を全くしなくなった。


(オーキスは明かにディフェンダー気質だな)


 そう思ったクルスの視界を赤い火の球が過ぎってゆく。


「ファイヤーボール!」


 リンカはオーキスに守られつつ、定期的に魔法を放ってバックアップをしていた。後衛の魔法使いとしてはお手本ともいえる行動パターンだった。

 魔法の威力は非常に高く、ほぼ間違いなく敵に当てて、確実に消滅させている。

やはりリンカが持つ魔法の力は他の2人とは比べものにならないくらい高い。


 そんな強い力を持っていても彼女自身は決して突出しようとはしない。

魔法の矛先はサリスやオーキスが撃ち漏らした魔物や、これから対峙するだろう相手が主だった。

あくまでリンカは冷静に目まぐるしく変化する状況を観察し、他の2人が適切に動けるように配慮をしていた。


(3人の中でリンカは一番周囲のことをみているか……)


 魔法学院の一年生達は特にクルス達の力を借りずに、アーガイとの戦闘を終える。

辺りにはリンカの火属性魔法でよく焼けたアーガイが香ばしい香りを上げている。


 クルス達は戦闘後に、よく焼けたアーガイを昼食としていただくのだった。


⚫️⚫️⚫️



「今回の実習のリーダーは、リンカ=ラビアン、君だ」

「えっ……ええっ!? わ、私、ですか……?」


 クルスから結果を告げられて、リンカは明かに動揺していた。


「えー!! なんでサリス様じゃないのぉ!? 敵、めっちゃぶっぱしたの私だよー?」


 サリスは不満の声をあげたが、これは予想済み。


「サリスにはアタッカーの役をお願いしたい」

「アタッカー?」

「敵と遭遇した際は真っ先に接敵し、戦闘中もパーティーの“剣”となって戦う需要な役割だ。この役割は“最強”のもの以外には頼めん」

「最強!? サリス様やっぱ最強!?」


 サリスは長耳をぴくぴくと動かした。顔には満面の笑みを浮かべて、赤い瞳はキラキラと輝いている。


「ああ、最強だ。だから“最強のサリス”の、“最強の力”を敵へ見せてつけて欲しいんだ。アタッカーを頼めるか?」

「しょうがないなぁー。そんなに言うならアタッカーやったげるよ! この最強のサリス様が! あは!」

「ありがとう。そしてオーキス、君にはパーティーの盾役タンクとしてディフェンダーをお願いしたい」

「わかりました! がんばります!」


 オーキスはサリスと違って自分の役割を認識しているのか、素直に受け入れてくれた。


「よし、ではアーガイの殻などを処理して、我々の痕跡を消した後出立するとしよう。リンカ、リーダーとしてまずは片付けを頼むぞ」

「あ、えっと……」

「最強のサリス様は片付けもいっちばーん!」

「サリス! 勝手な行動しないの!! リンカ、片付けしよ?」

「う、うん……ありがとう、オーキス」


 てんやわんやな様子だったが、魔法学院の一年生達は片付けを始めた。


「ありゃ、大丈夫っすかねぇ……」

「大丈夫だよ。それに先輩が決めた分担なんだからきっと意味があるんだよ。ですよね?」


 心配そうなゼラへ、そう答えたビギナはクルスを見上げる。


「ああ、勿論だ」

「それにしても先輩上手いですね」

「上手い?」

「あのサリスちゃんを上手くアタッカーに説得したじゃ無いですか。さすがです」

「側にサリスのようなチビがいるからな……」


 クルスはマンドラゴラのベラを思い浮かべながら、そう言う。

そんな彼の脇で、何故かビギナは錫杖をおっことしていた。

顔も青ざめていて、体はブルブルと震えている。まるで世界が崩壊してしまったかのような表情である。


「ちびっ……って、せ、先輩! いつの間に!? というか、もしかしてずっと!?」

「ありゃりゃ、ビギッちこいつはぁ……」

「い、いつですか!? せ、先輩はいつからご結婚を!?」

「……はっ? なんのことだ……?」


 ベラの存在をどう話して良いか分からずクルスは苦慮する。

 結局、クルスが未婚であることをビギナへ伝えるのに、かなりの時間を要するのだった。

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