第55話魔法学院の一年生たちとアルラウネ
「お帰りなさい。今日は早かったですね?」
「ま、魔物!? なんでここに!?」
オーキスは驚きの声をあげ、
「こいつアルラウネだよね? おじさんさ何者なの? まさかこのサリス様をコイツの餌にしようってわけ?」
サリスもオーキスにおぶられつつ、ロナの存在を訝しむ。
こうした反応は予想済だった。もし自分が同じ立場だったとしても、きっと同じ反応をしていたはず。
「信じがたいとは思うが、ロナ……このアルラウネは、俺の大事な人だ。君たちを食べたりはしないから安心してくれ」
自分でもおかしなことを言っている自覚はあった。しかしこれ以上の言い方はない。
そしてここで信じてもらわなければ、オーキス達を危険な樹海へ放置せざるを得なくなる。
あとは態度で示すしかない。
「ロナ、すまないがこの子をきちんとしたところで眠らせてやりたいんだ。ハンモックをお願いできるか? あとこの子達の分の食事もな」
クルスは背中で眠っているリンカを揺すって見せた。眠りが相当深いのか起きるそぶりは見られない。
「昨日のシチューの残りでいいですか?」
「構わない」
「わかりました。まずはハンモックを用意しますね」
ロナは地面から蔓を生やして、適当な木々の間へ小柄なリンカにぴったりと合いそうなハンモックを瞬時に形作る。
クルスはリンカをハンモックへ寝かせるべく向かってゆく。
「いい加減にして! リンカになにするつもりなの!?」
「う、うわぁ!? 落ちるぅ!?」
オーキスはサリスを背負いつつ爪先を蹴った。
片手でアンバランスにサリスを支えつつ、もう片方の手では腰に差していた木の棒を手に、勇ましく飛びかかってこようとする。
と、そこまでは格好が良かったのだが。オーキスの腹の虫が空腹の悲鳴を上げて、彼女自身も膝をつく。
「腹減ってるんだろ? 無理をするな。本当にリンカをハンモックへ寝かせるだけだから信じてくれ」
「まぁ、今のオーキスじゃおじさんがリンカにいたずらしようとしても助けられないから、今は大人しくしといたほうが良いんじゃないかな?」
「……本当にリンカを寝かせるだけなんですよね? 信じていいんですよね?」
オーキスは真剣な声音で聞いてくる。この子は友達想いのいい娘なのだと思った。
「寝かせるだけだ。信じてくれ」
クルスがリンカをハンモックへ寝かしつけて、すぐさま踵を返すと、オーキスの眉根が少し力が抜けたように見えるのだった。
タイミング良く、鍋を持ったロナが木々の間から戻ってきた。
「おまたせしました。昨日の残りのシチューですけど、よかった食べてください。暖まりますよ?」
「あは! アルラウネが料理!? まじで!? 超うけるんだけど!?」
サリスの失礼な物言いにも、ロナはにっこり笑顔を浮かべるだけだった。木の器へほかほかと暖かい湯気を上げているシチューをよそって差し出す。
サリスは元気よく、ひったくるように器を受け取る。さっきまでオーキスの背中におぶられていたのはなんなのか、と思うほどの素早さである。
「おっ……うーん……んまぁーい!」
そしてガツガツと食べ始める。相当お腹が空いていたみたいだった。
「だ、大丈夫なの?」
「ぜんぜん平気だって! めちゃうまだってぇ!」
「……」
「なんならサリス様がたべさせてあげようか? オーキスはお姉ちゃんだけど?」
「お姉ちゃんいうなっ!」
と、叫ぶオーキスの脇で、リンカがハンモックからむくっと起き上がった。
まだ微睡の中にいるのか、目はぼんやりと一文字を描いている。
「リンカーおいしいご飯があるから食べなよー!」
「んー……わかったぁ」
ゆらゆらとおぼつかない足取りで近づいてきて、サリスが差し出した木の器受け取る。
「いただいます……んー……おいしいぃ……」
リンカは寝ぼけながらスープを飲んで頬を緩ませた。凄く幸せそうな顔である。
「ほらほら、もう食べてないのオーキスだけだよぉ?」
「だけど……」
「相変わらず頭固なぁ、オーキスお姉ちゃんは!」
「ああ、もう分かったよ! 食べれば良いんでしょ食べれば!」
「ふふ。どうぞ」
オーキスはロナから差し出された器を手に取った。おっかなびっくりシチューをすすりだす。
「あっ、本当だおいしい……!」
「ほら、サリス様の言う通り! ねっ、リンカ?」
「んー……」
リンカは未だに寝ぼけているのか、口の周りを汚しつつシチューを幸せように口へ運んでいた。
そんなリンカへロナは近づいた。そしてクルスの作ったモスーラの布で、リンカの汚れた口元を優しく吹き上げる。
するとようやく目が覚めたのか、リンカの青い瞳がロナを写した。
「あっ、ご、ごめんなさい……ありがとうございます」
「いえいえ。これからは寝ぼけながら食べるのはやめましょうね?」
「はい、すみません……」
ロナは素直に謝ったリンカの頭を優しく撫でる。
そうしたロナも、されたリンカも満更ではない様子だった。
(まるで親子みたいだな)
なんとなく微笑ましいロナとリンカの光景をみつつ、クルスは少し離れたところでシチューを肴にアクアビッテを煽った。
そんな中クルスは背後に気配を感じ、そっと茂みへ向かう。
「もしかして気に入らないか、セシリー」
茂みの中にいたのは、少々目つきが鋭いラフレシアのセシリーと、いつものように静かに控えるマタンゴのフェアだった。
「ずいぶんと人間と楽しそうにしてるじゃない」
ややトゲの含んだセシリーの言葉。フェアは特にそのことを指摘しない。
「クルス、貴方は特別なのよ。だからこの森居られる」
「そうだな。わかってはいる」
「なら樹海の守護者の私が望んでいることはわかるわよね?」
「ああ。あの子達は俺が責任を持って森から出す。それで良いな?」
「先に言っておくけど協力はしないわよ。あとずっと見ていることも忘れないでよね? 少しでもあの娘達が妙な真似をしたら遠慮無く殺すから。それだけはわかっていてね」
この殺すは本気だと、クルスは思うのだった。
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