第43話魔法使い・重戦士・斥候・闘術士の結末


「んっ……」


 目を開けたビギナが眼にしたのは、布製の天井だった。

冒険者生活二年目であるビギナにとって、ここがどこかなど簡単に予想が付く。彼女は飛び起き、慌ててテントを飛び出してゆく。


真っ先に見えたのは夜空の下で、赤々と燃え盛るたき火の炎だった。


「目覚めたか?」


 樹海へ一緒に入ったものの、名を知らない剣士の男はたき火をいじりつつ、声駆けてくる。

 彼の周りにはギルドで見かけたことのある格闘家と戦士が寝転がっている。

暗がりの中だったので一瞬死体に見えたが、胸が僅かに上下している。

ただ眠っているだけらしい。


「ここはもう樹海の外だ。安心していい」

「貴方がたが私をここまで……?」

「いや、樹海の入り口に倒れていたところを見つけたんだ」


 ビギナは記憶を巡らせる。アルラウネの毒を浴びて、無残な死に方をした魔法剣士フォーミュラ=シールエット。その姿は良く覚えている。しかしその後の記憶が曖昧だった。しかし、何故自分がこうして安全圏にいるのか、ビギナは分かったような気がした。


 自分の服から僅かに、“あの人”の匂いが香っている。

あの人がきっと自分を無事に樹海から連れ出してくれた。そうとしか考えられない。ならば――


(やっぱり、人面樹トレントの怪人の正体は……)


「ひ、ひやぁあぁぁー! 来るなぁぁぁ!!」


 胸に宿った温かい気持ちを、気味の悪い悲鳴が突き崩す。


 たき火の隅の暗がり。そこには影のように真っ黒なローブを身に纏った魔法使いがいた。彼はしきりに身体を震わせ、ぶつぶつと何かを呟いていた。


「茸の化け物……フェア=チャイルドの亡霊……お、俺は悪くない! これは仕事、仕事なんだ! 命だけは、命だけは……!!」


 心配で駆け寄ろうとしたビギナを、剣士は制した。


「近づくな。危ないぞ。そっとしておいてやれ。どうやら化け物に散々な目に逢わされたらしいな」

「化け物……」

「俺たちは、仮面を被った小さな花の魔物に襲われたんだ。君の方は何か出たか?」


 茸の化け物、仮面を被った小さい花の魔物――それらの存在にビギナは覚えがあった。

自分と共に最悪の勇者フォーミュラ=シールエットへ立ち向かった。きっとあの存在は“人面樹トレントの怪人”の仲間に違いない。

特に親し気に見えた、森の奥深くに住む“アルラウネ”も。


 冒険者として、魔物を狩ることを生業にする者としては、素直に見聞きしたことを応えるべきである。


「私は……いえ、何も……逃げるのに夢中でして……」

「そうか」


 ビギナがそう答えると剣士はそれ以上何も聞かず、煙草を咥えて黙り込んだ。


 月明かりが綺麗な、穏やかな夜だった。

ふと、彼もまた背後で鬱蒼と生い茂る深い樹海の中で、同じ空を眺めているのかと思った。


 もしも見上げている空が同じならば。たとえ住む世界が互いに大きく変わっていたとしても、空はどこも同じで繋がっている。

 これまでは星空に願いを託すだけだった。ただ願うだけで、自分からは動こうとはしなかった。それでは何も変わらないと今回改めて思い知った。自分から踏み込まなければならないのだと強く決意した。


 ずっとぼんやりしていた、胸の中の気持ち。

しかし今ははっきりと輪郭を得て、それを指し示す“明確な言葉”が頭に浮かんでいる。


(もう待つ女でいるのはお終いにします。待っていてください先輩。だってやっぱり私は先輩の傍に居たいし、貴方のことが“大好き”だからっ! 今度は私から迎えに行きます。必ず貴方にまた会ってみせますっ!)


 ビギナは新たな決意を胸に、赤い瞳へ満点の星空を写すのだった。



●●●



 死者11名、重軽傷者20名、生存者5名――これが樹海に赴いた勇者フォーミュラ=シールエットが率いた冒険者集団の末路だった。


 この惨憺たる結果は瞬く間に聖王国中に知れ渡り、一時大きな話題となる。

 多大な犠牲を出してしまった依頼主の“カロッゾ家”への非難が聖王国全土から沸き起こった。

特に息子のフォーミュラを失った、シールエット家当主からの糾弾は壮絶を極めた。

そのために聖王国で立場を失ったカロッゾ家は次第に名声を失い、没落してゆく。


 加えて生存した多くの冒険者もまた心に深い傷を負ってしまっていた。

 ある者は冒険者稼業を廃業して田舎へ帰り、またある者は“樹海での恐怖”を忘れるがために酒に溺れる。


 それは集団の中心にいて、一時は“勇者パーティー”と称され名声を得ていた面々も同様である。



【重戦士ヘビーガ】


 聖王国討伐兵団に辛くも助けられた彼は、冒険者稼業を引退し、弟妹たちの住む田舎の故郷へと帰って行った。

 樹海で受けた傷が原因で、右半身に麻痺が残り、武器が握れなくなったからである。

そんな彼を弟や妹たちは懸命に支えて、共に田畑を耕し、生計を得る。

 生活はいつも苦しく、貧しい。しかしこうした穏やかな生活がやはり自分には一番あっている――と、麻痺した右半身に苦労しつつも、ヘビーガは弟や妹たちへしきりに語りながら畑仕事に精を出していたという。




【斥候ジェガと闘術士イルス】


 二人もまた聖王国討伐兵団によって助けだされた。比較的軽症で、更にメンタル面が強い二人は、その後も僅かな期間、コンビを組んで冒険者稼業を続けていた。

 しかしある日、イルスがジェガを半殺しにする、といった凄惨な事件が発生した。


 原因は酒場で意気投合した女性とジェガが浮気をしたためである。逆上したイルスは浮気相手の女性はもとより、最愛のジェガさえもをメイスで滅多殴りにしてしまったらしい。

 結果、浮気相手の女性は死亡し、ジェガも一命は取り留めたものの、首から下が一切動かなくなる重傷を得てしまった。


 イルスと別れたジェガは当初はため込んだ金を使って悠々自適な生活を送っていた。しかしやがて金が尽き、人々は彼から興味を無くして、最後は孤独と貧しさの中死んでいったという。


 事件を引き起こしたイルスは裁きの結果、冒険者ライセンスをはく奪され、奴隷身分への転落が決まった。

その後、彼女がどうなったかはあまり知られていない。



【魔法剣士フォーミュラ=シールエット】


 彼は樹海の奥深くで凄惨な死体となって発見された。あまりのむごたらしい姿に、多くの兵士が気分を悪くしたと聞く。


 彼の死により、勇者に欠員が生じる。その穴埋めのためなのか、また別の理由があったのか。

 兵の育成を受け持つ“メン家”の長男【ステイ=メン】が僅か11歳で、勇者に任じられるのだが、これはまた別の話である。




 数多の屈強な冒険者が苦汁を飲まされ、“樹海”は危険地帯としては恐れられる。


 ラフレシア、マタンゴ、マンドラゴラ――森の三怪人


 樹海の奥深くに潜む危険度SSの魔物――アルラウネ


 そして未確認の存在――通称、人面木トレントの怪人


 五体の魔物は【樹海の五大怪人】と称され、恐怖の象徴として聖王国全土へ知れ渡る。



 

 そんな聖王国の夜の街道を、一台の四輪馬車キャリッジが駆け抜けてゆく。

 闇夜に紛れて馬車を操るマタンゴと、その警護をするクルス。

 籠にはラフレシアが乗り、憂鬱な顔で外の風景を眺めている。


 向かう先は聖王都第二の都市アルビオンのザムスガル区――カロッゾ男爵の館。

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