第19話もう一つの力――その使い方。
契約内容と成功報酬をビギナと確認したクルスとドッセイは、毒蛇対峙に向かうべく、石造りの事務所を出た。
「さぁ、じゃんじゃん狩るのだ!」
ドッセイは気合十分。クルスも晴れやかな心持ちで、仕事への意欲を燃やす。
すると背後の扉が開いた。
「あ、あの! 私も連れてって下さいっ!」
扉の向こうから現れたのは、白いローブに着替え、金の錫杖を持ったビギナだった。
「お前、なんでそんな格好してるのだ? 連れてけってどういうことだ?」
「言葉通りの意味です! これでも私は魔法使いですし、実家に戻ったのも数日前の話なので腕は落ちてません! 足手まといにはなりません!」
「依頼主が依頼をしておいて、自分が行くなのど聞いたことがないのだ。クルスはあるか?」
話を振られても、クルス自身も困ってしまう。確かにこんな状況は見たことも聞いたこともない。
「ダメ、ですか……?」
ビギナは少し寂しそうにクルスを見上げる。耳が少し垂れ下がっているのは、不安を表すビギナのサインである。
この顔に何度やられたことか。
「まぁ、依頼主はあくまでビギナのご両親だからな。彼女が同行するのは問題ないような……?」
「ですよね! ありがとうございます、先輩っ!」
クルスのお墨付きをもらって、ビギナは満開な花のような笑顔を浮かべる。もう今さら、絶対にダメとは言えない雰囲気である。
そんなビギナの様子を見て、ドッセイは深いため息を着いた。
「わかったのだ。でも、それで報酬をまけるとかそういうのは無しなのだぞい?」
「ドッセイさんもありがとうございます! 報酬はドッセイさんと先輩で分けてくださって構いません! 私は少しでも多く戦闘経験が積めればそれでいいので! さぁ、頑張るぞぉー!」
ビギナは軽い足取りで一足先に進んでゆく。どうやらいつもの調子を取り戻したらしい。やはり彼女は泣き顔よりも、こうして明るく振舞っているほうがよく似合う。
クルスは意図せず、頬に緩みを感じる。
「人間は良くわからないのだ……」
「先輩っ! ドッセイさん! 早くいきましょ!」
「ビギナ、焦るな。転ぶぞ!」
「あっ……! べし!」
ビギナはポテンと転んで、クルスの手を借りて再び立ち上がる。
かくして三人はブドウ園の周囲にある森へ入って行くのだった。
●●●
「どっせーい!」
バンドボイスではない、ドッセイの気合の籠った声が森へ響き渡る。
振り落とされた二振りの短剣は、茂みから飛び出してきた
鮮やかなドッセイの攻撃をみて、クルスは思わず感心の声を漏らす。
そんなクルスの脇では、錫杖を構えたビギナが、不思議な音を口から発している。
魔法学院の卒業生ならばほとんどが獲得する“高速詠唱”のスキル。
祝詞を読み終えたビギナをうっすらと青い輝きが覆っている。
ビギナの目前には怒涛のように迫る毒蛇の大軍。しかし彼女は動じることなく、錫杖を凛と鳴らしながら後ろへ構えた。
「アクアランス!」
鍵たる言葉と共に突き出された錫杖は、再び凛と音を鳴らした。ビギナを覆っていた青い輝きが錫杖から飛び出す。
ソレは水の存在を感じさせない山中で、
以前見た時よりも明らかに威力が上がっている。どうやら腕を上げたらしい。
そんなビギナを見て、彼女の成長が素直に嬉しいクルスだった。
(俺も負けてられないな!)
俄然やる気の出たクルスは弓を弾き、近くにいた毒々しい紫色をした毒蛇を射殺す。
ビギナの魔法のように広範ではないものの、自分でもいい感じに思う
「ほう! クルスなかなかやるのだ!」
「ありがとう。ドッセイも立派な剣裁きだったぞ」
「でへへ。そうなのだ! 僕はさいきょうなのだ!」
「あ、あの! 先輩! 私の魔法どうでしたか!?」
ビギナは褒めてほしそうな顔でクルスを見上げている。
クルスは意を決して地を蹴って、ビギナ目掛けて突っ込んだ。そしてそのまま、彼女を肩を掴んで、芝生の上へ思い切り押し倒す。
「せ、先輩!? ほ、褒めては欲しいですけど、こんな、いきな……!?」
下のビギナは息を飲む。二人の頭上を黒い影が過って行く。
「わわっ!!」
後ろからは慌てるドッセイの声が聞こえた。
クルスは矢筒から矢を取り出しつつ立ち上がって、踵を返す。
「シャァーッ!!」
蛇はうねりながら振り返り、舌をちろりと覗かせながら、頭上からクルスを見下ろす。
毒蛇ではある。しかし体長が二三人ぶんほどの人の大きさである。
危険度Bの魔物――毒蛇の親分各:
貴族毒蛇は鎌首を上げて、かすれているかのような声を上げた。
刹那、周囲の茂みが風もなく不規則に揺れ始める。
「ひぃっ!!」
さっきまで勇ましかったビギナは顔を青ざめさせ、短い悲鳴を上げる。それも無理からぬこと。貴族毒蛇の集合に応じて、多数の毒蛇が、川のように集まってきたからである。
さすがにこれをすべてドッセイの剣で切り裂き、クルスの弓で射るのは至難の業。さらに親方で、更に際立って危険度の高い貴族毒蛇もいる。
ならば、取るべき最良の選択は――
「ドッセイ、ビギナ、陣形で行くぞ!」
「わかったのだ!」
「はいっ! ご指示お願いします!」
「よし! “スピアデルタ”! ドッセイはビギナの防衛を頼む!」
「はぁ!? クルス、何言ってるのだ!? この場合は“ウォールデルタ”が良いと思うぞい!?」
三人用の陣形には大きく分けて二つある。
“ウォールデルタ”は二人の前衛が魔法使いを守り、そして魔法攻撃で敵を一気にせん滅する陣形で、敵の数が多いときに用いられる。
対して、“スピアデルタ”は一名の前衛が壁となって、もう一名は魔法使いを徹底防衛し、魔力を極限まで高めさせる対ボス用の陣形である。
と、前提はこんなもの。傍から見ればクルスの指示は見当違いも甚だしく、無謀な決断を言わざるを得ない状況だった。
しかし、“スピアデルタ”の指示を出したのは、一人で活躍しようとか、かっこいい姿を見せようとかそういうのではなく“ある確認”のためである。
「ビギナ! しっかり魔力をため込んむんだぞ! 俺のことは心配するな」
「先輩っ!」
ビギナの声を振り切って、クルスは地を蹴った。腰の鞘から短剣を抜き、怒涛のように押し寄せる毒蛇の大軍へ向けて突っ込んでゆく。
短剣を凪げば、確かに何匹かの毒蛇は切り裂くことができるが、敵の勢いを削げているかと言えば、とてもそうとは言い切れない。
しかしクルスをしっかりと“敵”として認識した何匹かの毒蛇が、口の鋭い牙を覗かせながら、飛び掛かる。
「シャーッ!」
「ッ!!」
腕を噛まれれば痛い。それは当たり前。更に噛まれた個所からじんわりと“痺れ”が全身へ広がってゆく。予定通り。
「な、なにやってるのだ!! クルスはバカ……どっせい!」
ドッセイはクルスを抜けた毒蛇を切り裂きながら叫ぶ。
ビギナは全身へ青い輝きを溜めつつも、心配げな視線を送っている。
しかしクルスが僅かに顔を向けて頷くと、ビギナは錫杖を強く握りしめた。
「ドッセイさん、先輩を信じてください。きっと考えがあります。だからお願いします!」
ビギナは一呼吸置き、魔力の充填へ全ての神経を集中させ始める。
さすがは二年近く、時間を過ごした師弟の間柄であった。
「人間は良くわからないのだぁー!」
ドッセイはそう叫びながら、必死に露払いに専念し始めた。
(そろそろか!)
クルスは毒蛇に“敢えて噛まれつつ”、短剣で撃破を続けていた。もし、通常の人間ならば、毒蛇の持つ“麻痺毒”によって身動きが取れ無い筈。もしくは内臓までも麻痺をしてしまい、死んでるかもしれない。
しかしクルスは違う。何故ならば、彼は十数年かけてため込んだ魔力を全て【状態異常耐性】に使ってしまった冒険者。
この能力はある一定量の状態異常が発生すると、耐性が無効になることまでは分かっている。そして、おそらく、この能力にあるもう一つの力。その使い方とは――!
「ビギナ!」
「はい! いつでも大丈夫ですっ!」
「よしっ!」
クルスは短剣を収め、矢筒から矢を取り出す。鏃の先端をわざと毒蛇に噛まれた傷口へ過らせる。
真新しい鏃の先端は、“クルスの血”によって僅かに赤く染まった。
「シャアアアァァァ!!」
狙いの先にいる貴族毒蛇は自らの危険を察知して叫びをあげた。大口を開き、牙を覗かせながらクルスを噛み殺そうと巨大な鎌首が迫る。
クルスは引き切った弓から、自分の血で鏃が赤く染まった矢が放った。
矢は空気を引き裂き、まっすぐと毒蛇の顎の下へ突き刺さる。
刹那、巨大な貴族毒蛇の動きがぴたりと止まった。
「シャ、シャシャ、ウゴガゴゴ……!」
貴族毒蛇は目を白黒させつつ、口から泡を吹き始めた。長い身体が不規則に痙攣を始める。
親方の異変の子分に毒蛇の大軍も、てんでバラバラに地面の上を動き始める。
「今だ、ビギナっ!」
クルスは信頼する後輩へそう叫び、横へ転がって道を開ける。
その先には蒼い荘厳な輝きを纏ったビギナの姿があった。
「ドッセイさんも下がってください!
ビギナは錫杖を凛と鳴らしながら、地面へ叩き落す。
「
「わわっ!」
慌ててドッセイが飛び退き、さっきまでいた地面が一瞬で氷結する。
氷結は道のようにまっすぐ伸び、毒蛇の大軍の、痙攣する貴族毒蛇の足元へ素早く滑り込む。
毒蛇軍団は足元に滑り込んだ氷によって、その場に捉えられる。
そして“ドンっ!”と氷を割って、何本もの“氷の刃”が波のように生えた。
氷の刃は氷結した地面によって動けなくなった毒蛇を砕く。ひと際大きな氷の刃が貴族毒蛇を刺し貫き、空へ押し上げる。
「シャア――……」
氷の刃に腹を貫かれた貴族毒蛇は長い息を吐いて、鎌首を
周囲にいた毒蛇もすべてビギナの放った水属性魔法の応用である、氷結魔法で倒され、生き残りは僅か。
圧倒的な勝利であった。
(ビギナはさすがだな。きっとこの子は良い魔法使いになるはずだ)
ビギナの素晴らしい力にクルスはそうした感想を抱く。更に自分にあったもう一つの能力についても確信を得ることができた。
【状態異常耐性】は繰り返し状態異常攻撃を浴びることでその効果が“無効”になって行く。
しかしこれはあくまで、身体を循環している魔力が、そうした異常を身体へ影響させないようにしているだけ。
故に身体へ流れ込んだ毒などは、そのまま残っているのだと考えられた。
おそらく先日のセイバーエイプが、矢を打ち込んだ途端苦しみ始めたのは、直前にマンドラゴラに噛まれたたために、その毒が彼の血中に残っていたから。今回も同じく、散々毒蛇に噛まれて、その麻痺毒が血中に残っていたから、その血を吸った矢を打ち込んだので、貴族毒蛇に麻痺毒がかかった。そう考えられる。
状態異常を攻撃を受けた後は、その状態異常を自らの力として利用できる。
これこそが、クルスが獲得した“もう一つの力”――【状態異常攻撃】である。
ならば当然、自分は大丈夫でも、他人はクルスの血に触れてしまえば状態以上が発生してしまう。
彼は速やかに雑嚢から煎じて練り固めた解毒薬を口に含み、一気に飲み干す。
僅かに体に感じていた違和感がすっかりなくなる。どうやら麻痺毒は解毒できたらしい。
「先輩、大丈夫ですか!?」
真っ先に駆け寄ってきたビギナは心配そうに見上げ、赤い瞳にクルスを移す。
「ああ。これぐらいたいしたことはないよ」
「良かったぁ……あの、先輩、今のはなんだったんですか?」
「状態異常耐性のもう一つの使い方を確認したくてな。心配かけたな」
「いえ。信じてましたから……」
妙な間が開いた。ビギナは何か言いたげに、視線を右往左往させている。耳もぴくぴくと震えている。
「どうかしたか?」
「先輩、あの、その……」
「?」
「今の先輩ならきっと、きっと、活躍したりたくさんの人の力になれると思います! だから、その……私とパーティーを組んでいただけませんか!?」
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