第6話朝チュン相手は――危険度SSアルラウネ!?



(この状況はなんだ!? どうして俺はこんなところに……!?)


 目覚めたら深い森の中にいた。更に隣では上半身だけが驚くほど美しい、脅威のモンスターが寝転んでいる。


 まったくもって理解が追い付いていない。どうして自分が今こんな状況になっているのか記憶さえない。


「きゃっ!」


 遮二無二飛び起きると、隣に寝転んでいた彼女を突き飛ばしてしまった。僅かに左腕へじんわりと痺れを覚える。理由は定かではないが、どうやらクルスは彼女へ“腕枕”をしていたらしい。


「す、すまない!」


 クルスはらりと芝生に倒れた彼女へ手を差し伸べる。


 顔立ちはやや幼い印象を抱くが、綺麗に整っていて、これだけでも十分に可愛く愛らしい。更に胸も大きく、その癖華奢な肩の先にある腕は、すらりとしていて彫像のように美しい。当に美女、もとい、少し幼い顔立ちを加味するならば美少女。極上である。


「い、いえ……ありがとうございます」


 彼女はおずおずとクルスの手を取り、起き上がった。胸のあたりまである長い髪が絶妙に左右に振れて、ちらりちらりと大きく形の良い胸が見え隠れしている。久方ぶりにみた、しかも極上の女性の柔肌にクルスは息を飲む――が、彼女の下半身を見て現実に引き戻される。


 腰から下には五枚の赤い花弁のようなものが生えている。その先は茎なのだろうが、末広がりになっていて、フレアスカートに見えなくもない。しかし、その先にはまるで血管を想像させる生々しい根が生えていて、しっかりと地面へ根付いていた。


 上半身は極上の美少女だが、下半身は人のものとは思えぬ悍ましさ。


 この存在こそ、深い森の中に生息し、人を誘惑して喰らう危険な怪物(モンスター)【アルラウネ】


「人間さん?」

「ひっ!」


 アルラウネが少し距離を詰め、クルスは思わず身を引く。

 彼女は少し切なげな苦笑いを浮かべる。今のリアクションは失礼極まりないとは思うも、しかし相手は人を食べると噂される魔物。


(こいつの目的はなんだ!? 俺を喰おうとしているのか!? 第一、なんで魔物が人の言葉を話しているんだ!?)


 あまりに数多くの疑問が浮かび、頭が混乱した。

幾ら冒険者歴十数年で、ベテランの域に達しているクルスでも何がなんだか全く分からない。

 まずは何をすべきかと必死に頭の中をこねくりまわずが、妙案は浮かばず。


 その時、彼の周囲で“グルル”と奇妙な唸りが上がった。風が吹いていないにも関わらず少し背の高い草が“カサカサ”と揺れている。爽やかな緑の香りの中に交じって感じた生臭い獣臭。

 クルスの胸へ嫌な予感が去来する。

 そんな彼の目の前で上半身だけは極上の美少女であるアルラウネは短くため息を着いた。


「人間さん、ちょっとそこから動かないでくださいね。危ないですから」

「えっ……?」

「じゃあ始めます……どっ、せーいっ!!」


 ずっと柔らかい表情をしていたアルラウネが、頬を引き締めた。瞬間、周囲の地面へ幾つも亀裂が走る。僅かに砂塵を巻き上げながら、無数の細い緑色をした蔓(つる)が槍か矢のに飛び出してくる。それら全ては、今度は鞭か蛇のようにうねりながら周囲の草むらへ鋭く差しこまれる。


「きゃう!」

「ぎゃう!」

「きゃわわん!!」


 悲壮な獣の悲鳴が静かな森に響き渡った。枝の上に止まっていた鳥類は我先にと飛び立ち、森がざわつく。アルラウネの放った蔓の鞭がずるずると草むらから何かを引きずり出す。


 草むらから現れたのは首や胴に蔓が絡まった凶暴な肉食の魔物。鋭い爪と牙が刃に例えられる危険度Dの“ブレードファング”だった。ある個体は首がありえない方向に折れて絶命し、またある個体は胸部が腰よりも細く締め上げられなんとも無残な様子だった。一匹でも討伐が厄介なそれを、アルラウネは鞭のような蔓を放っただけで、あっという間に五匹も仕留めた――しかし、アルラウネの青い瞳は未だ鋭さを帯びている。


「そこっ!」

「ひっ!!」


 少女のような悲鳴を上げたクルスの脇を、アルラウネの放った蔓の鞭が鋭く過る。再び悲痛な獣の悲鳴が上がった。

加えて”ゴキリっ”と表現できる、痛々しい破砕音も。

だがアルラウネは表情を緩めない。


「グルルッ……!」


 草むらから引きづり出されたのは、一際大きいブレードファングだった。

 アルラウネの蔓が絡まっているものの、四足を踏ん張って、反撃のチャンスを伺っている様子だった。


「あは! 元気元気! この子は期待できそうですねぇ」


 アルラウネはちろりと赤い舌のぞかせて、蕾のような唇を舐めとった。

 ブレードファングは異変に気づくが時すでに遅し。

先端が鏃(やじり)のように尖った蔓がブレードファング目がけて、鋭く振り落される。


「がうっ!」


 ブレードファングは悲鳴を上げる。しかし短く、一瞬。まだ四足はきちんと地面を踏みしめ、眼光は鋭い。

 そんな中、突き刺さった蔓がまるで“ドクリ”と脈打った。


「きゃうぅぅぅ~ん……」


 それまで元気だった大型魔物が情けない鳴き声を上げた。へなへなと地面へ倒れ込み、口からだらんと舌を落とす。それっきり起き上がるどころか、ピクリとも反応を示さない。


「……よし。人間さん、安心してください! もうこの辺りに獣はいませんよ!」


 アルラウネはクルスへニコニコと笑顔を浮かべながら、そう伝える。


――時には槍に、時には鞭となって、一本一本が別の生き物のように襲い掛かる“蔓”。獰猛な肉食獣でさえ、一瞬で絶命させる強力な“毒”。恐ろしいほどの戦闘力。これが危険度SSと目される【アルラウネ】の力。


 驚愕ですっかりその場に縛り付けられたクルスの目の前で、アルラウネの蔓の鞭が大きく脈を打つ。

 そして蔓に絡まれたブレードファングの死骸が、まるで風船のように萎んでゆく。


 アルラウネは人や生き物を喰らう。しかし経口摂取ではなく、対象の身体を魔力に変換して吸収する――と、噂や講習会で聞いたことがあったが、こうしてその悍ましい行為を目の当たりにしたのは初めての経験だった。


 六匹のブレードファングはあっという間に毛皮だけになり果てる。

しかしアルラウネの顔は微妙に不満足そうだった。


「これだけの数でこれっぽっち……この獣って案外、魔力が少ないんですね。覚えておかないと……」


 どうやらアルラウネは未だ“お腹が空いている”らしい。


(つ、次は俺かっ!?)


 確かにクルスは魔力を“状態異常耐性”に使ってしまいほぼ無いに等しい。だけども、それは言わなければ分からないことだった。アルラウネに魔力の残量を確認する術があるかも不明である。


「すみません、人間さん。お騒がせ……」

「う、うわぁぁぁ!! 俺に魔力なんてないぞぉぉぉ~~!!」


 考える前に体が動き出し、クルスは脱兎の如く駈け出した。


「いや、あの……ち、ちがっ!」


 妙に歯切れの悪いアルラウネの美しい声が、クルスの背中を付く。

何故か気になり後ろへ視線を僅かに傾ける。


 なんとなくアルラウネがせつなげな顔をしていたように思うクルスなのだった。

 

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