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司馬楽 みちなり

第一章 魔王な兄と女王な妹

第1話 双月

 二学期が始まるのは憂鬱だ。

 長い夏休みを経て、怠け癖がついた自分の身体に鞭を入れるのなんて出来るはずもなく、目覚ましをしっかりと止めた後、再び枕に顔を埋め、二度寝をしようと目を閉じた時、部屋の扉がいきなりあけられた。


 誰が部屋に入ってきたかは分かっているが、眠気に勝てない俺は、それに反応を示せない。


 足音が静かに近づいて来たと思うと、頭に痛みが走った。


「い、いたっ!」


 どうやら頭を叩かれたようだ。

 驚きと痛みのせいで一気に眠気から覚醒して、その頭を叩いた人物を睨むも、逆にその視線によって冷水を浴びせられたような感覚になり、目を逸らした。


結月ゆづき?アンタ、父さんとの約束を破る訳ではないでしょうね?」


「あ、いや、後五分?くらいなら大丈夫かと思って…」


 そして俺はまた頭を叩かれる。


「五分で済む訳がないでしょ? いい加減にしないと、母さんに連絡するわよ?」


「起きた!もう起きたからぁ!」


 俺はベッドから飛び起き、慌てて学校に行く準備を始めた。


 俺の頭を叩いた人物、それは俺の双子の妹の美月みづきだ。


 ウチの家族は父さんを頂点として成り立っている。

 母さんも美月も、父さんとの約束を破る事を決して許さない。


『明日から二学期なんだから、だらけるのも今日までだぞ?ちゃんと朝は起きるように。』


『ガキじゃないんだからそんな事分かってるって。』


 確かにそんな事を言った憶えはある。


 母さんに良く似た美月の怒った時の視線は、俺の反抗の意思を容易く刈り取った。


「背筋をのばす!」


 バァン!

 と言う音がする程背中を叩かれ、顔を歪ませて俺は強制的に背筋を伸ばし、リビングに移動した。


 テーブルには朝食が並べられており、早くに起きて身支度を整えた後、朝食まで作るという俺とは違い優秀な妹の事をまじまじと眺めた。


「なに?」


「いやお前さ、やっぱりすげぇな。」


 容姿端麗、成績優秀、家事もそつ無くこなすこの妹は、学校でも頂点として君臨している。

 陰で『女王クイーン』と言われている程の才女だが、一点だけ難がある。


「当たり前でしょ?それでもまだまだ母さんには勝てないのだけれど、そのうち追い越して、父さんは私のモノにするんだから。」


「…はぁ〜。さいですか。」


 これだよ。

 極度のファザコン。


 母さんも父さん大好きで、暇があれば父さんを奪い合うという、家族ではなく、女同士の戦いが家の中で繰り広げられている。


 俺達は出来上がった朝食を食べ、二人で通っている中学校に向かった。


 俺達は違うクラスで、二年の教室がある二階に上がると、その場で別れた。


 俺と別れた美月は、直ぐに女の子達に囲まれ、きゃあきゃあと話をしながら教室に入っていった。


 俺は自分のクラスの前を通り過ぎ、最上階を目指す。


「始業式なんて怠くて出てられんよな〜。」


 最上階を更にあがり、何時ものサボり場所、屋上に行く。屋上の扉の鍵を出して差し込み、捻ってみたものの、手応えがない事に気がついた。


「開いている?鍵は常に閉まっているはずだよな?」


 ドアノブを捻ると、呆気なく扉は開いた。


 もしかして教師がいるかもしれないと警戒しながらゆっくりと屋上に出ていくと、端にある落下防止の金網の前に、女子生徒が立っている事に気がついた。


 金網の向こう側をジッと見つめて微動だにしない女子生徒は、俺には全く気づいていないようで、すぐ側に近づいて声をかけると、肩を跳ねさせた。


「立入禁止だぞ?」


「あひゃ!…ひ!」


 驚き振り返った女子生徒は、金網に背中をうちつけながらも、いきなり現れた俺から距離を取ろうと必死に後ずさる。


 いや、金網があるんだからそれ以上は下がれないだろ?と思いながらも苦笑いをする。


「何やってんだ?何年生?」


「え?!あ、と、止めないでください!」


「…はぁ?」


「もうダメなんです!嫌なんです!」


「な、何言ってんだ?ちょっと落ち着け?な?」


「もういいんです!私なんか、私なんかぁ!」


「えぇ?おい!」


 訳が分からない俺を他所に、女子生徒は金網に登ろうとするも、足が滑ってなかなか上手く登れない。


 呆れてしまったが、多分自殺でも考えているのだろうと思い、俺は慌てることも無くその場を下ろした。


「死にたいなら死ねばいい。俺には訳が分からんが、最後に俺の役にはたちそうで良かったよ。」


 金網の中腹まで何とか登っていた女子生徒は、涙目になりながら俺を睨む。


 ちっとも怖くない。

 俺は美月の視線と比べると、ドラゴンとハムスターくらいの差があるその視線を軽く受け流し、一点を見つめた。


「な、何の事ですか?あなたの役にたつ?」


「あぁ、薄いブルーか…」


 何を言っているのか分からないという顔をした女子生徒は、俺の視線に気が付き、一気に顔を真っ赤にさせた。


 女子生徒は恥ずかしくなり力が抜けてしまったのか、不細工な格好でズルズルと金網を滑り降り、スカートを抑えて俺を睨んだ。


「もぅ終わりか?」


「き、今日は止めておきます。興がそがれました。」


 使い方がおかしい。

 興が乗ったから自殺をするとか、おかしいだろうが。


 まぁ細かいことはいいや。


「何時までそこに座っているんですか?何か言う事があるんじゃないですか?」


 プルプルと震えながらそんな事を言うが、はて何の事やら。

 …あ!そうか。


「ご馳走様でした!」


「ちっがーう!謝罪を求めています!立ってください!」


「勃ってるけど?」


「な、ななな!何が立っていると言うのですか!」


「え?何がって…ナニが?」


 女子生徒は手で顔を覆い、ペタンとその場に座り込み、泣き出した。


 しまった…ちょっとやり過ぎたかもしれない。

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