第5話 ひとりきりのふたりしばい

初めは価値があった。昔はなんだってできたからね。


彼はスポットライトから3尺ほど離れた場所に立ってそういう。


いや、本当に昔は期待されていた。でも運命には勝てなかった。


暗幕が開き投影される。夕方の風景に見える。日は徐々に落ちる。


生まれつきの病でね、期待には答えられなくなってしまった。それからは上手くいかなくてね。じっさいね文句はないんだ、親としてやるべきことはやってもらったしね、でも見捨てられてはいたし蔑まれていた。


日は落ち、ズレたスポットライトと微かな影だけが見える。私の目からはバミった蛍光塗料悲しく萎んでいくほうがよほど見えたほどだ。


高校に入ってね、いや中学は話したくないから飛ばしただけなんだが。


スポットライトは誰もいない場所をより強く照らす、それに応じて舞台の上の影は黒子を着ている影のような人間の印象は薄れていく。


本当に失敗した、高校も行けなくなったしね。夢も叶わなかった。いや今ひとつ叶えているんだけど。


蛍光塗料が蓄積した光を失い見えなくなる。それほど時間はたってないはずなのに。


演劇に憧れていてね、こうして舞台に立ってみかったんだ。裏方も楽しかったけどね。色々と役立つ技術も手にしたし。


パネルの裏で息を潜めている私の方が見られているのではないかと錯覚するほどの感覚。いやそもそもこの劇場には私とあの影しか居ないのだが。


大学に入ったのも失敗だった、夢が新しくできてね、叶えようと思ったんだが、これ以上頑張れなくなってね、先が無くなった、もう少し具体的に言うならばお金が必要になったんだ。


彼はどうせ見えてないのに、見られてないのに大仰に腕を広げた。スポットライトは何もいない場所を照らし続ける。微動だにせず。


金は大事なものだ、代わりがきくからね、つまり私に対して払われる価値と言ったところだ、私のような病を持つものはこの先には行けないのだから。そんな人生だ。いや友人には恵まれたがね。


最後だけは明るく言っているように感じた。

スポットライトすら消え舞台には何も映らない。写っていないものとして扱われている。つまり暗転、セットの変更もない舞台だ、なんの意味があるかは分からないが。


吊るされた照明がようやくつく、彼を初めて明るく照らし出す。


君に会えて良かったんだ、君にとっては大した出会いではなかっただろうけどね。それでも恋焦がれた。トラウマであったはずなのに。


めがなれないほどにまぶしい。


そして、私はここに来た。


分かってるよ。


成すべきことをなすために。


スポットライトライトが私を照らす。本来照らされるべきではない私に。舞台セットの補助重石としているだけの私に。舞台からは見えない位置にいるはずの私に向けて投射される。


君と話がしたかった、その「君」では無いけどね。


彼は後ろ手に、いや部隊側に隠していた花束をこちらに向け、舞台に背を向けこちらを見つめる。


久しぶりだね、ずっと一緒にいたけど向かい合うのは何年ぶりかな。


そうだな、聖なる真実のとき以来か。


君を、嫌ってきたんだ。


知ってるよ、私も君が嫌いだ。


でも愛さなくちゃいけない。


でも私は凶器を持っている。


そんなものはもう捨てたでしょう?


……なんで、今更。


きっかけはいっぱいある。


そういい彼は観客席を振り返る。彼の目線の先にはいなかったはずは多くの人が座っていた、クラスメイト、かつての部員達、先生、コーチ、サークルのメンバー、俺をいじめた奴ら、俺を失敗だと告げた人、そして家族。

好きな人、嫌いな人、あらゆる私の断片がそこにいた。私すらそこにいた気がする。

あっけに取られていると彼は私の手をとる。私みたいな手で。


カーテンコールは近いんだ。無限遠にあっても照らしてくれているから。もうすぐだ。もうすぐ愛することが出来るだろう。


そんなこと望んでない。


いやそんなはずは無いことは彼女との話でわかっただろう?あなたは自分を隠すために自分を否定してきた。もう許してるでしょ本当は。鎧を脱ぐのが怖いだけで。


観客は次の発言を待っている。いや本当はそこにはいないんだろうから、私たちが期待している。口を開く。

『この決断をするまでに時間をかけすぎてしまった、私はそれが出来るか分からない、でもそれを、望むのであれば。私のためにやり遂げたい』


『応援されたから?』


『それもあるけど』


『禊のつもり?』


『こんなもんで許されるだなんて思わないだろう、そもそも恨んでくれてもいないと思うけどさ』


『随分楽観的だね』


『恨まれたなら、覚悟は出来ているなんだってするさ』


客席に誰がいるかすら分からなくなった。それほどに集中して答えた。

『幸せにならなくちゃ、しょうがないじゃないか、今まで幸せに適度に怠けて生きてきたけど』『初めて私は私と戦う。お前に愛されてやる、本当に愛するならな』


『正直なれないし、嫌ってしまうかもしれないけど、私たちで頑張ろうよ』


三文芝居は朝日が登ると同時に幕が下ろされる。客席には1人だけ座っていた。拍手してくれたかは分からないけど。そして、閉じた舞台には私だけがたっていた。

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