第18話

 神良駅に来る人は、ほとんどが制服姿の中高生ばかりだった。


 慣れない人の波から逃れ一息つく。駅の時計塔を見上げた。

 午後四時二十分。

 無事に十分前に辿り着いたようだ。


 ほっと胸を撫でおろし、改めて今日の服装に目を落とす。

 相変わらず紺のトレーナーにパンツ、ダッフルコートという無難な格好に思わず苦笑した。

 実は一時間ほど悩んだ結果なのだということは秘密にしておく。


 駅前のシンボルである大きな木の下で待っていると、ショルダーバックを揺らし要が現れた。白いニットに合わせた落ち着いたロングスカートがふんわり膨らむ。


 僕の姿を認めると、小走りで駆け寄った。


「待ちました?」


 風で崩れた前髪を整えながら尋ねる。

 首を横に振ると、僕は安心したように肩をすとんと落とした。

 首筋に一筋の汗が光っている。急いできたのかもしれない。


 とりあえず当てもなく歩いていると、彼女は元気よく今日の目的を発表した。


「水無瀬さん。今日は、食べ歩きがしたいです!」

「食べ歩き?」


 若者向けの服屋を主に教えてもらっていたので、意表を突かれた。

 要は思い切り首を縦に振った。


「神良なら今どきの、美味しい食べ物いっぱいあるかなって思ったんですけど、どうですか?」


 もちろん調べは少ないが、美味しいお店はいくつか記憶している。

 僕もそれに賛成した。


「どこから行く?」


 あたりを見回していると、どこからか香ばしい匂いがただよってきた。

 二人で鼻をひくつかせる。


 その正体がわかると、要は僕のシャツの裾を軽くひっぱった。


「あ、あんぱんだ!食べたい!」目が輝いていた。

「おお、あれ有名なお店じゃん」

「そうなの?」


 少し得意げに頷く。

 確か神良のグルメランキングで三位以内に入っていたお店だ。


「へええ、詳しい。じゃぁ行こ!」


 そういうと、要は裾から手を離し、僕の左手をしっかりと握って連れて行った。


 握られた手が、熱い。


 列に並んであんぱんを購入し、食べながらクレープやスイートポテトなど、目に付いたものを次々に買って行った。途中、美味しそうなフラペチーノを買ったので、二人でベンチに座って飲むことにした。


 要は一口飲むと、「美味しい~!」と感嘆の声を上げた。

 僕も飲んでみる。上に乗せられた生クリームは甘すぎるんじゃないかと思っていたが、それがいい具合に溶け込んでストローに入り込む。予想より遥かに美味しいものだった。

 口の中でほんのり甘みが広がる。


「水無瀬さんのはチョコ?」

「うん。要ちゃんのは抹茶なんだね」


 コクリ、とうなずく。「チョコ、飲んでみたい」

「あ、じゃぁ交換する?」

「する!」


 交換するとすぐに要はチョコをするすると飲んでいく。あれ、そういえば。


「あ」


 思わず出た声に、彼女は飲みながら、ん?と首をかしげる。


「あ、いや……美味しい?」


 聞くと口角を上げ、「うん、美味しい!」と言った。

「それなら、よかった」


 動揺が表に出そうで焦った。これは俗にいう関節キスになっているのだが、まだそんなことは気付いていないようだ。ストローを交換するのを忘れていた。


 気持ちを落ち着かせようとする最中、要はさらに追い打ちをかけるように言った。


「水無瀬さん飲まないんですか?」


 気づいた後に飲むことはどれだけ恥ずかしい行為だろう。だがこれは打ち明けるよりもお互い気づかなかったという状態で終わらせた方がいいのではないかという結論に自分の中で至り、僕は気にしない気にしないと頭でリピートさせながらストローに口を付けた。   


 要は感想を聞こうと飲む瞬間を眺めていた。僕の中では「気にしない」から次第に「美味しい」のほうが膨らんでいく。


「ん、こっちもすごく美味しい!」


 瞬時に振り向くと、要はなぜかフリーズしていた。


「要ちゃん?」

「なん。でも、ない!」

「え?」


 なんども下を向いて瞬きをした後、わざとのように遠くの方にきょろきょろと目を配りだした。

明らかに様子が変だ。


 もしかして、気づいた?


 頬は確かに赤いのに、そんなことは知らないと言ったように平然を装って飲んでる要を見ると、ついつい笑ってしまいそうだった。


 こぼれそうな笑みを押さえ、僕も真似して近くのお店を見ていると、少し前から気になっていたあるお店が目に入った。


「要ちゃん、ちょっと待っててもらえる?」


 すぐにコクコクとうなずいてくれたので飲み物を預けてその店へと向かった。目的を終えて早々に帰ってきた時には、すでに要のコップは空になっていた。


「なにかいいものありましたか?」

「うん。左手だしてくれる?」

「え?」


 僕は要の左側に回って座り、先ほど買ってきたものを袋から取り出す。すでに値札は切ってもらっていたので、そのまま要の手首にかけ、ぎこちない指先で留め金を付けた。


「はい。一応、誕生日プレゼント」


 要の手首でブレスレットが光った。小さなダイヤのようなものが散らばった、シンプルなものだった。


「わ、これ、買ってきたの?」


 僕は頷き、左手首の赤みがかったところを優しく撫でた。


「要ちゃんさ、ずっと思ってたけど金属アレルギー、だよね」

「え」


 聞きなれない単語に、要は首を傾げた。


「いつもここにつけてる腕時計、たぶんあってないと思う。よく手首かゆくなってるでしょ。癖ってのもあるかもだけど、左だけこんなに掻きむしった跡があるならたぶんアレルギーだよ」


 要は改めて真っ赤に腫れ上がった左腕に注目した。


「だからそれ、アレルギーの人でも大丈夫なブレスレット。ごめんね、腕時計はちょっと高くて買えなかった」


 自分がアレルギーを持ってる事なんて知らなかったのだろう。

 何度か納得したように頷くと、要はまじまじとブレスレットを見つめ、


「可愛い」


 と、呟いた。


 髪に隠れて表情は見えないが、気に入ってくれているようでほっと胸をなでおろす。


 しばらく要はブレスレットを、僕は要を見つめていた。

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