第8話「異世界事情」


 い、

「いやいやいやいやいや……!!」


 ない、ないないないないない!!


「絶っっっっ対、違う人ですって!」


 絶対に!!


 急に何言ってんのこの人?!


 …………確かに職業『勇者』ですけどぉ!

 俺、そういう柄とちゃうで?


 いや、ホンマ。

 ただの普通の高校生やで?!


 つーか、なんなんそれ?

 俺、魔王軍と戦うの?!


 なんで??

 なんでいきなり、そういう流れになるの?


 い、嫌ですよ!?

 何で? 何で何で??

 なんで、ろくすっぽ知りもしない、恨みもない魔王と戦わにゃならんの?


 それ、既定路線????


「いえ、間違いなく猛殿は勇者です───その証拠に、」


 これ───と、メイベルが聖水の入った小瓶を指し示す。


「これは神聖教会のつくる対魔族用の聖水です。成分は不明なのですが、教会の出している勇者伝説の『教本』には、聖水で力を出すものは英雄であり、そして勇者ならば──」


 なによ成分不明って!?


「だ、だったら、『英雄』って奴なんじゃないの? ゆ、ゆゆゆ、勇者とか、人違いですって!」


 やばいッ。


 このままメイベル達についていったら、問答無用で『勇者』をさせられそう……。


 そ、それはちょっと困る。


 異世界で無双できそうな『勇者』とかは憧れるんだけど、別に猛は殺人狂ではない。


 だってついさっきまで高校生してたのよ?


 基本は大人しい、戦争の「せ」の字も知らない、現代的もやしッ子だ。


 中肉中背。

 黒目黒髪。

 目立ったところもさほどない、普通の高校生───。それが猛。


 それなのに、問答無用で魔王軍と戦うとかありえない……。


「人違いなどではありませんッ! 教会はかねてより予言しておりました。……魔王の脅威が高まれば、再び勇者が降臨されると───。そして、近年の魔王軍の活動の活発化は予言と一致します!!」


 いやいや。

 ただの偶然。


「───つまり、魔王を滅すために神がアナタを遣わされたのでしょう!!」


 …………いやさ。

 こじつけが過ぎる。


 列車に跳ねられたのは偶然だし、あのアホ自称神様が適当に放り込んだのがこの世界ってだけで…………。


 それに、ね。

 魔王軍だから、殺してオーケーとかどうなのよ、そう言う考え。


 ゲームの世界じゃないんだからさ。まずは話し合おうよ?


 Web小説とか結構読んでるのよ俺?

 そして、そういう世界・・・・・・では、結構人間サイドが悪いことしてること多いしね。


(……ここでだって、そう・・かもしれない)


 メイベルさんが悪人かどうかは分からないし、そう思いたくもないけど……。

 いくら何でも、何も知らないまま、唯々諾々と魔王を倒すとかありえない。はい。


 というわけで、

「絶対違いますから! それに、聖水なんかじゃわからないでしょ?! 神とかはその───ゴニョゴニョ……」


 神の所だけは強く、否定できない。

 あの自称神様とやらを、実際に目にして、転生体験しているのだから。


「ははは。英雄では『能力の向上』は起こり得ませんよ───こうして、精々が傷が治る程度」


 そう言って小瓶の中の聖水を煽るメイベル。

 すると、彼女の手についていた小さな傷がパァァ……! と輝いて、そして消えていった。


「す、すごい……!」


 メイベルもドラゴン戦で多少はケガを負っていたらしい。

 だが、それすらも。たった今聖水の力で癒してしまった。


「───こんなものは、多少名のある武将ならばできて当然です」


 傷が治せるくらい、たしいたことはないと謙遜するメイベルだが……。

 彼女の話が本当であるならば、彼女は『英雄』と呼ばれる存在なのだろう。


「猛殿の、能力向上のほうがよほど素晴らしい効果。それこそが『勇者』の証なのです」


 ダメだ。

 話が通じない……。


 っていうか。


「……その、『能力の向上』ってなんなんです? ナナミの魔力の有無とかもわかってたみたいですけど───」


 なんか嫌な予感してきたぞ。

 これって、もしかして……。


「ええ。『鑑定魔法』ですよ。この程度なら猛殿も使えるのではないですかな?」


 あー……やっぱりあるのね、『鑑定』。


 あいにく、猛にはその魔法が使えるどうかは今のところ未知数。

 とりあえずそれは置いておくとして、それよりも大事なことがある。


 そう、『鑑定』だ。


 これ、…………どの程度鑑定できるか聞いておかないとマズイかもしれない。


 仮に、鑑定魔法とやらでステータスが丸見えだとすると、職業『勇者』とか、もろにバレる。

 そうすりゃ、もう誤魔化しは利かないだろう。


「そ、その鑑定魔法ってどのくらい分かるものなんです?」

「鑑定魔法ですか? はて……。私も熟練度が低いので何とも言えませんが───おい、エルメス!」


 メイベルは隣を並走する副隊長に声をかける。

 どうやら、副隊長さんはエルメスという名らしいが……。コイツ、長身のイケメン君です。


 銀髪蒼眼に長身の細マッチョと───実に美形です。

 金髪碧眼、ナイスバディのメイベルさんと対になるよりそうで二人が騎乗していると実に様になる。

 まぁ、RPG-7を担いだナナミが凄く違和感を醸しているので、絵画のような……とまでは程遠いけどね。


 それにしても、エルメス───こいつ、ナナミが馬から落ちないように、しっかりと腰前に固定しつつ乗せておる。ぐぬぬ……。

 俺の幼馴染が他の男と、一緒に……ぐぬぬぅ!


「は! メイベル卿、なにか?!」

「お前の鑑定で、タケル殿の能力はどの程度把握できている?」


 うわお、ド直球で聞くのね?!


 そう言うのって、ほら……秘匿とかするもんじゃないの?!


「は! 姓・名、おおよその能力。───その他、スキルの有無。で、あります!」

「ふむ……。聖水使用時のタケル殿はどの程度能力が向上した?」


 エルメスはフと考え込む。

 イケメンゆえ考え込む姿も実に様になっていやがる。


 …………前にいるナナミのRPG-7の弾頭が凄く邪魔そうだけどね。


 そして、ようやく顔をあげると、

「───概算ではありますが、おおよそ3割ほどかと……。詳細は王都の鑑定士のほうがより詳しく見れるかと思います」

「なんと、3割?!───さすがは勇者タケルどの」


 驚いた表情のメイベル。

 徐々にそれが尊敬の眼差しに変わっていくのだが……うん。やめて。


 つーか、3割が凄いのかどうか知らんけど、鑑定士とかいるんだ───……ヤバそうだな、それ。


 自称神様のせいで異世界ライフを送るのは、この際仕方ないことかもしれないけど。

 ……魔王討伐とか、勘弁してほしい。


 だって、ほら。

 転生転移ですよ?!


 もっと、こう───エルフ的な人とかと、キャッキャウフフしたり、ドワーフさんの武器とか買ったりしてさ、いわゆるナーロッパ的な冒険者とかしたいです。はい。


 ほら、定番の───。


 ギルドに行って、絡まれたいねん。

 「なんで子供がギルドにいやがるんだ?」とか言われたいねん。


 ゴブリン退治したり、クエストとかして、ゆくゆくはS級とかになりたいねん。


 ドラゴンとか納品して度肝抜きたいねん。


 ついでに、受付のお嬢さんに依頼を達成して「す、すごぉい」とか言われたいねん───あいたたた!


「猛。変なこと考えてるでしょ?」

「考えてない、考えてない!!」


 ナナミさん、メッチャ睨んでるし……。

 だけど、銃剣でチクチクするのは違うんじゃない?


 さっきから思ってたけど、AK-47持った女子高生ってなんやねん!

 異世界に違和感ばらまき過ぎでしょ?!


 そんなんみても、『セーラー服とカラシニコフ』とか、そーいう安っぽいタイトルしか思いつかんわッッ!


 つーか怖ッ!!


 ナナミさん、怖ッッッ!!

 メッチャ目ぇ、据わってる据わってるぅぅ!!


「じー」

「ご、誤解だっつの! 冒険者したい───とかしか、考えてない!」


「はえ? ボウケン者? なにそれ??」


「ほう。冒険者ですか……? ふむふむ、タケル殿が?」


 あ、はい。


「なるほど。……確かに、勇者と冒険者は親和性が高い仕事ではありますな。教会の出している『教本』にも、確か……。伝説の勇者もかつては冒険者として名を馳せたという話もあります」


 あ、冒険者とかあるんだ、やっぱし。


 っていうか、教会の出す『教本』とやらは色んな勇者伝説載ってるのね?


 ……それって、小説とちゃうのん?


「えっと。伝説の勇者さんって、冒険者だったの? 魔王を倒したんじゃ───」

「それは子供向けのおとぎ話ですから、かなり簡略化されております。『教本』にはいくつもの派生話もありますよ」


 曰く、


 エルフの女王との逢瀬。

 ドワーフ達と伝説の武器を探し求める冒険譚。

 村を立ち上げ、様々な発明と共にのんびりと国を興す。

 冒険者ギルドでクエストをこなして、A級より上位と認められ『S級』を作ったとされ、凄腕の冒険者と名を馳せる物語。


 等々、etc───。


 うん……。

 前の勇者さん、絶対冒険者とかかして楽しんでるよね?

 絶賛異世界ライフ送ってますよね?


 ……っていうか、前の勇者さん。多分日本人でしょ?


「であれば、王都についたなら私の名前でギルドを紹介しましょう。なに、伝を使えば簡単にS級に昇格してくれることでしょう」

「え。いや───」


 そ、そう言うのはちょっと……。


 なんていうか、ほら。

 いちから徐々に昇格したいじゃん?


 んね? ナナミさん。


「ん~? 何、猛? 変な顔して」


 あ、はい。

 言っても分からないご様子。


 ───そりゃあ、ナナミさんはねぇ……。


 だってこの子、『RPG』と『RPG-7』の区別つかないもん。


「な、なんでもない……」


 ……同意を求めてもしょうがないかー。


 っていうか、サラっと言ったけど……。

 メイベルさんったら───この人、俺たちを王都まで連れていく気だよ……。


 マジでどうしよう。

 魔王軍と戦うのとか、嫌だよ俺……。


 だって、前の勇者───結局死んだんでしょ?


 北の大地から帰ってこないとか言ってたし……。なにより、魔王さんはまだ現役みたいだし……。


「ははは。ご安心ください───万事このメイベルにお任せを!……おぉ、そろそろ村に到着するころですぞ」


 いや、アンタ…………。

 キラッキラ! と実にいい笑顔でメイベルさんは宣ってくるけどね?! アンタに何一つ安心できないっつの!

 何がお任せだよ……。やべー疲れてきた。


 なんだろう。

 メイベルさん……この人、実はすげー強引な人なんじゃ?


 普通はさ。

 もっと、ほら……。こう───。


 空から人が降ってきたら聞くことあるんじゃないの?


 どこから来たとか。

 その服は何だとか。

 ……魔王軍かどうかだけ聞くって、どこんとこどうなのよ?


 しまいには、何で勇者認定して、勝手に王都まで連れていくの?

 根拠はあるのかもしれないけどさー…………。俺が困ってるとか思わないのだろうか?


「はぁ……。もうどうにでもなれ───」


 ガックシと項垂れた猛。

 しかし、そこに───、


「───猛。………………嫌な匂い・・・・がするよ」

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