第6話「クッころ枠ではないッ!」


 は?


 ま、まおー軍?

 って、魔王軍?!


 ……………………ぱ、パードゥン?!


 わ、ワンスモアプリーズ……。


 予想外の言葉に猛がボケーとした顔を返す。

 しかし、動揺した様子もない隊長はフェイスガード奥から猛達を鋭く睨みつけていた。


 どうやら一度しか言わないの言葉どおり、再度と問うつもりはないらしい。


(いや───やっぱ魔王いるんだ……)


 この質問いかんで、猛たちの進退が決まるのだろう。

 もちろん答えは決まっているが、果たして信じてくれるかどうか……。


 じっとりとした空気が流れる中、隊長の手が槍を───。


「マオー?」


 そこに暢気の声が一つふり注ぐ。


「ん~?? ねぇ、マオー軍ってなに? マオウ軍なんて知らないよー?」


 そうだよねぇ、猛ぅ?


「あ、はい」

 ええ、知りませんとも。


 ナナミの言葉はいつもの様子と変わらない。

 ポヤーとして、暢気そうな雰囲気そのままだ。あの恐ろしいまでの眼光はどこへやら。


 緊張感を感じさせないおっとりとした口調で、小さく首を傾げている。


「…………なんだと?」


 しかし、隊長はそう簡単にはいかない。

 ナナミの何も考えていなさそうな言葉にも、ガブリと食いついた。


 交渉相手は猛でもナナミでもどちらでもいいのだろう。


 ようするに、敵か味方か、某か。


 スッと視線がナナミに向いたのを気配で感じつつ、その視線を遮るように猛は動いた。


「ま、魔王軍のことなんて知らない───俺たちは、」

「───黙れッ! こんな場所をうろつく男女……。そして、武器もなく、糧秣すら持たない───つまり、魔族でもない限りありえん!」


 強い口調で猛の言葉を遮る隊長。


 ビュンと槍を眼前で振り回すと、ガツンと石突きを地面に突き立てた。


「たが、我らとて言葉の通じぬ蛮族ではない」

 隊長が態度を軟化させたようにみせるも、

「…………魔族でないというならば、その証を見せてもらおうか」


「え?」


 ニヤリと笑った気配。

 隊長は腰の物入れからそっと小さな瓶を取り出して───。


「……嘘をついてもすぐにわかること」


 くくく。と、薄く笑いつつ、


「これが何か分かるか?」

「えっと……」



 瓶に入った…………水?



 ナナミと目線を合わせるも、二人して首を傾げるのみ。

 中身なんてわかるはずもない。


 どう見てもタダの水だけど……。


「ふ……。これは、神聖教会で作られた高純度の聖水だ───人に無害。だが、」


 厭らしく笑う気配とともに、


「───魔族には劇薬となる!」


 ふははは! と、フェイスガードの奥で不気味に笑う隊長は、


「さぁ。魔王軍でないというなら、飲め。…………拒めば、この場で斬り捨てる」


 さぁ!


「魔王軍でないなら証を見せろ! 聖水は『人』には無害! 『英雄』には恩恵を、『勇者』には天啓を!───さぁ! さぁ、さぁ、これを今すぐ飲み干して見せよ!」


 小瓶を投げ寄越す騎士。


 それを慌てて受け取った猛は不安げに騎士をみつめるも、これを飲むしか現状を打破できそうな手は見当たらなかった。


「の、飲めばいいんだな?」


 無言で頷く隊長を苦々しく見ながらも、チラリとナナミを見る猛。

 すると、彼女も不安げに目を細めており小さく首を振っている。


 それは、暗に「飲むな」と言っているのだろう。


 そりゃあ、そうだ。

 聖水だか何だか知らないけど、得体の知れない液体を飲むなんてゾッとしない───。


「どうした、早く飲め! 人には無害だと言っている。安心しろ、本物の聖水だ」


 いや、

 無害とかそう言う事じゃなくて……。


 いきなり得体の知れないものを飲めって言われてもね。


「た、猛ぅ」

「───魔王軍の兵士ではないなら恐れることなどないはず! さぁ!! さぁ!」


 飲めッハリー!!


 飲めッハリー!!


飲めぇハリアップ!!」


 ついには槍を突きつけ、猛に飲めと強要する。


(く……こんな得体のしれないもの───)





 ……………………ええい、ままよッ!!





「あ! ダメぇ!」

 ナナミは猛を止めようと手を伸ばすも、それを振り切ってグイと小瓶を飲み干す猛。


 なるようになれ! やっつけろッ!

 ───グビリ、グビリ……。


 ゆっくりと喉を嚥下している得体の知れない液体。


 喉を通過して、腹に───……。


 そして、次の瞬間!



「うッ!!」



 小さく呻きを漏らす猛。

「た、猛!?」

 その様子に、ナナミが慌てて駆け寄り、それを見ていた騎士団が殺気を急速に膨らませた───……!!


(な、なんだこれ───?!)


 猛の身体はあの水を飲んだ途端にカッ! と熱くなり、フワリと小さな光の粒子が周囲から立ち昇る。


 キラキラキラ……。


(光って、る───?)


 その姿は一種荘厳であり───猛は一時的にではあるが万能感すら得ていた。


「ど、どうなってんだ───体が……!」

「た、たたた、猛ッ?! タケルぅぅう! 吐いて! すぐ吐いてぇ!」


 猛の異常な様子にナナミが取り乱し、その背中に縋りつく。


 吐き出せと背中をさする──────。


 でも、違うんだナナミ。

 こ、これは───……。


「な、なんだ。なんなんだ、これ──……力が」


 力が漲る。

 力が溢れる。


 力が迸る!!



「な……! ば、バカな!!」


 猛の様子は、騎士団をして意外だったのだろう。

 あの隊長ですら、槍をカラ~ンと手から零して茫然としている。


「み、見ろ! あれは……あの光は!」

「嘘だろ……。強いとは思っていたが、まさか、『能力の全体向上』だと──────こ、これは、」


「ま、間違いない───勇者だ」


 そうだ!

 ドラゴンを倒したあの力は本物だった!


 彼は本物の勇者!


 ま、まさしく、


「「「───ゆ、勇者の力だ!!」」」


 溢れる光はすぐに治まったものの、猛は未だに薄い光の膜に包まれていた。


「ゆ、勇者殿の御前だ!」

「ひ、ひひひ、膝まづけ! 全員だ! はやく!!」


 それを見た騎士の一人は慄き、槍を取り落とす。

 幾人かは、慌てて片膝をつき首を垂れる。


 そして、あの隊長も茫然として猛を見ている…………。


 輝く少年と騎士団。

 それは一種の一枚絵のよう───。




 美しい光景…………。なのだが、




「───だ、大丈夫、猛!? は、早く吐き出して! 早くぅぅう!!」


 空気なんて読んだことのないナナミ。

 背中をさすっているだけではらちがあかないと思ったのか、ついには……。


「ほら、早くぅ!!」


 バンバンバン!!


 痛い痛い! 背中叩かないでって!


「吐ーけ! 吐ーけ!」


 バンバン!! 背中を叩いて、吐け吐けと強要。

 なんというか、もう全く空気を読まないナナミさん。

 しまいには猛の背後から取り付き、ガックンガックン! と体を揺さぶので、それが故に本当に吐きそう。


「ちょ、やめ! やめッ、おぇ……! やめてナナミ───おっぷ」


 やべ、マジで吐きそう。


 ───おろろろろろろろ……!!


 ナナミのそれをやんわり解きほどくと、

「だ、大丈夫だから。おろろ……! 大丈夫うっぷ!」


 問題ない。

 問題ないよ……!


 むしろ、お前のせいで吐きそう───。

 っていうか、吐く!


 おえええええ!!

 

「ほ、ホントに?! ホントに?! 不味かったら、ペッって出しちゃっていいんだよ?!」


 いや、子供に酒好きが珍味食わせたみたいな反応するなや。


 なんだよ、「不味かったら、ペッ」って……。

 聖水に失礼じゃおまへんか?

 ウップ……!


 ギャイのギャイのと漫才を繰り返している猛たちを尻目に、騎士団の反応は様々だ。


 すでに槍を向ける者はおらず、むしろ猛たちを称えるような空気すら感じさせる。


「や、ややや、やっぱり俺の目には狂いはなかった!」

「ど、ドラゴンを単騎で倒したんだ、ほ、本物さ!」

「図が高い! 図が高いぞお前ら! た、隊長も早くッ」


 そして、その隊長はと言えば───。


「ま、間違いない……。この反応はやはり───」


 勇者……!!


「伝説の勇者の降臨なのか───……?」


 そのまま全員が槍の穂先を天に向けると、



 し、

「───失礼しました!!」



 ガシャンッ!!


 と、レガースの音を激しく響かせて隊長が膝をつく。

 そして、フェイスガードをあげ───。


「よ、よもや、教会の予言通りでありました……」


 はっ? よ、予言?

 いや、つーかアンタ……。


「───ついに。ついに降臨なさったのですな! 『勇者』様!!」


 見上げるその顔───。

 さっきまでと態度が全然違う。

 180度方向転換したかと思うと、キラッキラと目を輝かせちゃって、まぁ……。


 そんでもって、この隊長さんと来たら、ほれ。


「あ、女の人だぁ」


 うむ。


「───お、女騎士……」




 指揮官らしき人物は、異世界と言えばのアレ───まんまの女騎士・・・だった。

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