22話 任せろ

「待たせた!」

「遅い」


 相変わらず手厳しいな。

 一応はピンチを救ったと思うんだが……

 もしかしたらセツは一人でもなんとかできたんだろうか。


「さっきの男だ! 見習いでも油断するな!」


 盗賊達が俺を見つけたようだ。

 見事に俺が見習いだとバラてしまっている。


「助けただろ」 

「最初からお前が居ればここまで疲れなかった」

「お」


 戦いの最中にも関わらず笑ってしまった。

 何時でも強いセツの隙のようなものが見えた気がする。


「なに?」

「なんでもない!」


 よし、元気出た。


「それで……やれるの?」


 背中越しにセツに問われる。

 俺にはその言葉が何通りにも解釈できた。


 お前は戦えるのか?

 殺せるのか?

 背中を預けていいのか?

 

 馬鹿な俺にはセツの言わんとしていることが精確にはわからない。

 でも、どれにしたって俺の答えは同じだ。


「任せろ」


 ああ、なんだろう。

 この言葉をずっと言いたかった気がする。

 言ったからには背負うことになる。

 責任の代償は命で賄われる世界で背負うのはとても重いことだ。

 だから嘘にならないように頑張ろう。


「私に続いて。お前は全力で叩くことを考えろ」


 そう言うとセツは前方へと駆け出した。

 俺もセツに続く。

 

 俺達と盗賊達は走る。

 近づいてくるのは三人だが、纏まっているわけではなく、ばらばらと集まっている様子。

 盗賊が集まるまで時間差があるということは、刹那の間一対二に持ち込めるということだ。

 

 それは盗賊もわかっているようで、先頭の盗賊は踏みとどまると背中に背負っていた丸い小盾を取り出した。

 防御に徹し後続が来るまで持ちこたえる気だ。

 

 対するセツはそんなことはお構いなく走る速度を緩めない。

 近づくセツに、盗賊は小盾を体から外すことなく剣を突き出した。


 相対速度はかなりものだが、セツは突き出された盗賊の剣を横から叩いて迎撃し、体ごとぶつかるようにして鍔迫り合いに持ち込んだ。


 盗賊の動きが止まった。


 ここか。俺の使い道は。


 俺はセツの横に飛び出すと奥歯をかみしめた。

 狙うは盗賊の首。


 盗賊は俺の狙いに気付いて肘を曲げて盾を首の横に構えるが関係ない。

 セツに言われた通り全身全霊の力を叩き込む。

 

 剣と盾がぶつかった時に聞こえたバキバキという乾いた破砕音は盾か腕の骨か。

 どちらにしろ盗賊の腕を切るところまではいかないまでも破壊した。

 痛みに呻いた盗賊はまだ生きているが、鍔迫り合いの力は緩む。

 生まれた隙を逃がすことなく、セツは流れるように鍔迫り合いしていた剣の先を盗賊の喉へと突き込んだ。


 次だ。


 今度は左右に分かれた二人組が同時に襲ってきた。

 俺はセツと別れて左右の盗賊を受け持つことを考えたがセツは相変わらず前に出る。

 やり方はこのままという事か。


 二人の盗賊はセツに向かって左右から剣を薙いできた。

 二本の剣を受け止めるにはセツの腕力が足りない。

 セツは膝を地面に落とすのと同時に体を除けらせ、雪面の上を滑らせる。

 二本の剣のはセツのスライディングの上を通るだけ、剣戟をくぐり抜けたセツは背中側に回り込むことになる。


 俺はセツを三等分にするはず、もしくは空振りするはずだった二本の横薙ぎの剣を、全力で正面から剣を叩き込んで応戦する。

 二人がかりの剣戟は俺一人の力と対等、いや、俺のほうがやや有利だ。


 俺が剣を受け止めたせいで盗賊の動きはその場から動く事ができなくなり、後ろに回ったセツの方を振り向きたくても振り向けない。

 盗賊は立ち上がったセツの姿を見ようと、頭を後ろに向けようとするが俺の剣の圧が増して精々横目になるのが精いっぱいの様子だ。


 盗賊は俺の正面に立っていないため剣を手放せば俺の剣は雪面を叩くだけなのだが、そうすればすぐに腕力に任せた二の太刀をいれてやる。

 それをわかっているのか盗賊は拮抗した鍔迫り合い状態をやめるか悩む素振りを見せている。

 セツはそんな二人の盗賊を後ろから兜と鎧の間にある首に剣を通した。


「次……」

「応!」


 セツは直ぐに走り出した。

 俺も直ぐに続く。


 俺とセツはあちこちで戦っている味方の方へと向かい、一瞬のうちに盗賊を切り伏せる。

 こちらの狩猟衆も既に半分以上やられてしまっていたが、倍はいた盗賊の数も今はほぼ同数である。


 盗賊を倒しているのは俺とセツだけではない。

 時折飛んでくるジークの矢が盗賊を撃ち抜いているのだ。


 今、俺達の方へと戦況は傾いた。


「あとはまかせましたぁ……」

「頭……痛い……ミナト~癒してくれよ~」


 セリアとシオが雪が吹き飛ばされてむき出しになった地面にへたり込んでいるのに遭遇した。

 なんだかまだ余裕そうなセリフだが、体はドロドロに汚れ、傷まみれで息も絶え絶えだ。

 セツは二人の様子を見てフッと笑うとまた走り出した。


「「任せて「ろ」」」


 俺とセツの言葉が被ってしまった。

 セツはジトっと俺を睨んでくるが今はそれどころではないので無視する。

 セツと話すのはまた後でいい。

 後でもいい。

 俺がセツを死なせないから。

 

 




「燃えてる……」


 振り向くと村が燃えていた。

 一軒や二軒ではない。

 どうやら俺達が守っていた方向とは別の場所が破られたようだ。 

 新手の盗賊の姿が火の明かりに照らされて遠くに見える。


「これは……」

「はぁ……はぁ……しつこい……」


 盗賊の別動隊だ。

 ここにきて増援は不味い。


 アナンの村の戦士はどうしたんだ?

 もしかしてやられたのか?

 セツも他の狩猟衆達も体力の限界が近い。


「シオ! セリア! 立って!」


 セツが荒げた呼吸の間にシオとセリアに向かって叫ぶ。

 満身創痍だからと言って休ませていられる状況ではなくなった。


 シオとセリアを含めてこちらの数は僅か八人まで減っていた。

 狩猟衆全員が息絶えたわけではないが、多くの死者を出している。

 新手の数はどう見てもこちらより多く、もう一度数の差をひっくり返す力は残っていない。


 俺はセツ達の前に立ち息を大きく吸い込む。


「止まれ!!!」


 俺の叫びに盗賊が足を止めた。


 俺の不甲斐ない姿はこいつらにはまだ見られてないはずだ。

 グリードから話を聞いているかもしれないが、男というだけで奴らは警戒していた。

 ならば俺が上手く囮になれば警戒して時間を稼げるはずだ。


 時間を稼いでどうするかは全く考えていないが、とにかく今すぐ接敵するよりはましなはずだ。


 盗賊が次々と集まってきて俺を中心に半円状になって剣や槍を突き出して包囲してくる。

 俺が前に出れば前の盗賊は下がり、他の盗賊は近づいてくる。

 この戦術は見覚えがある。

 獣に対する遅延戦闘だ。


 俺を警戒してまだ攻撃に移ってこないが、もう数秒もすれば俺は串刺しになるだろう。

 一旦逃げる事を考えたが包囲が出来た時点でそのチャンスはない。


「どうした? 来ないのか?」


 まずはさっきと同じように虚勢を張って盗賊を威圧してみる。

 盗賊達は警戒するが包囲をやめる様子はない。

 そりゃそうか。

 俺が百人力の戦士である事前提での包囲だもんな。


 俺は状況を打破する方法がないか周りを見渡すと、見覚えのある蔵に盗賊が入ろうとしているのが見えた。


「リタ!」


 俺はその瞬間、戦士のフリをして盗賊を威圧しているのも忘れて叫んでしまった。

 そこはリタが俺の剣を作っているはずの場所。

 俺は走り出そうとしたが、すぐさま周りの盗賊が槍を突きだして咎めてきた。

 戦っている間も剣を作り続けていたリタがどこか別の場所に逃げている可能性は低い。


 ……作り続けている?


「音が聞こえない……?」


 戦いが始まる前までは確かに鉄を打つ甲高い音が聞こえていた。

 それがいつからだろうか、何も聞こえなくなっている。


 既に他の盗賊があの扉の向こうにいてリタを襲ったのだろうか。

 そう考えると背筋がゾクりと寒くなった。


 ジークは戦いの場が移ったのか近くに姿が見えず、援護射撃も期待できない。

 考えをめぐらすが、駄目だ。

 俺の力ではこの状況を打破することは出来ない。

 だからと言って引くわけにも考えを止めるわけにはいかない。


 ダメージを受ける覚悟で強引に包囲を破るか? 

 それで果たして包囲を突破できるのか?

 出来たとして後ろにいるセツ達は俺のいない間どれだけ持ちこたえることが出来る?


 考えで時間が消費されていく。

 いい案が出ない。

 心はまだ諦めてはいないが、タイムリミットが迫っていた。


 するとリタのいる蔵の扉が突如開いた。

 中からはリタでも盗賊でもなく、灼熱の業火が噴き出して盗賊の全身を焦がす。

 盗賊は火だるまになりながら慌てて扉から離れ、雪の上を転がって火を消そうとする。

 蔵の中は真っ赤に燃える灼熱地獄で、他の家よりはるかに勢いよく燃えている。

 石を積み上げて出来た蔵は炎で燃えず、煙突から黒煙を上げているだけで崩壊する様子はない。


 扉の奥に見えるのは炎だけで、リタの姿は見えない。

 その代わり、赤く光る物体が飛び出してきた。


 それは巨大な質量を持っているにもかかわらず、十数メートルの距離がある俺の方まで回転しながら飛来する。

 それが何か理解した俺は宙へ向けて手を延ばす。


 盗賊が俺が動いたのを見て一気に武器を突き出してくるが、俺は構わず回転する物体を空中で掴み取った。


 それを掴んだ瞬間、その重さに俺の肩が抜けそうになるが俺は決して手を離さない。


 来たじゃないか好機が。


 全身がバラバラになりそうな衝撃を噛み殺しながら踏ん張るが、俺の後ろへ飛んでいこうとするソレに引っ張られ、数歩分俺の体が引きずられる。

 大きく万歳をした体勢となった隙だらけの俺を、盗賊の剣や槍が串刺しにするまであとコンマ数秒。

 引きずられていた足が止まった。


 これなら踏ん張れる。


 俺は背中の筋繊維が千切れる感触を味わいながら死ぬ気でソレをぶん回した。

  

「あ……」


 盗賊が気の抜けた声をあげる。

 何人もの盗賊が同時に武器を俺を串刺しにしようとしていたはずだが、彼女たちの手に今は何もない。

 先ほどまで盗賊達の手にあった武器は回転しながら空を飛んでいる。


 俺は振り払ったソレを頭上に構えると正面の盗賊に向かって振り下ろした。


 俺の振り下ろしたソレは、赤く染まった雪面に埋まっている。


 赤く光る物体、それは熱く熱された鉄塊だった。

 俺の手の中で熱を持った金属が周りの雪を水蒸気に変えていく。

 それどころか持ち手も赤く熱されており、俺の手も焼く。


 俺はそれを体のマナを活性化させることで肉体の強度を上げて耐える。

 バチバチと過剰なマナが空気中に漏れ出すが、赤い大剣が俺のマナ吸収し、体内のマナを活性化させた傍からマナを奪い去っていく。

 すると、俺のマナを吸収する柄から、赤く熱された鉄が徐々に黒く変色していった。


 これは剣だ。

 マナを喰らって完成する戦士のための特別な剣。


 一刀両断した盗賊の体の間から剣が飛び出してきた蔵が見える。

 炎の海と化した蔵から現れたのは、全身を火に包まれた裸体のリタだった。


 彼女の魔法は全身から超高温の炎を生み出す炎の魔法の一種。

 蔵の中の炎は彼女の体から生み出したものである。


 彼女の父、ガリアには数多くの子供がいる。

 リタは姉妹の中では下の方で、まだまだ姉がおり、その中には男もいる。 


 それでも父であるガリアが鍛冶士の後継者に選んだのはリタだった。


 この村には鍛冶が出来るほどの炉は存在しない。

 だけど彼女には関係ない。

 鉄を溶かすほどの炎を彼女自身が作り出せるからだ。


 人を殺傷する能力がある魔法が使える人間は一握り。

 その中でも鉄を溶かすほどの魔法を使える者はほとんどいない。

 ガリアは、彼女が魔法を初めて使った時、鍛冶の神を見たという。


「砥ぎはまだ完璧じゃないが……十分だろ?」

 

 俺は新しく得た大剣を離れようとする盗賊の一人に向かって叩きつける。

 武器は全員纏めてこの大剣で吹き飛ばしたが、こいつはまだ盾を持っている。

 だが関係なかった。


 俺がさっきまで使っていた剣をはるかに上回る重量で出来た大剣は、女が使う盾で受けに回るにはあまりにも重すぎた。

 正面から受けるのは不味いと判断した盗賊が、盾に角度をつけて受け流そうとするが、無情にも盾に大剣は喰いこんでいき、その後ろにある体を引き裂く。

 盗賊の盾と体では支えきれなかった俺の大剣は雪面に墜落し、雪を爆破したかのように吹き飛ばした。


 防御無視の一撃必殺はここに成った。


「まだ……やるか」 


 俺は片刃の大剣を肩に担ぎ周りを囲む盗賊を睨む。

 武器を失い、手元にあるのは頼りない盾と鎧だけ。

 どうだ。これでもまだやるのか?


 盗賊達はじっと俺の方を見て動かない。

 俺が背中から斬りかからないか警戒しているんだろう。


「今なら追わない」 


 静寂が流れる。

 俺の後ろにはセツ達の気配がする。

 こちらの戦闘態勢は整っているようだ。


「……退け」


 盗賊の一人がそう言うと盗賊達は包囲を解き、撤退を始めた。


 俺は周りを見渡す。

 周りには死体と狩猟衆のみ。


 戦っているものはもういない。


「グリードが出たらしいぞ」

「ちょっ! リタ?!」


 敵の姿が見えず、気を緩めようとした時、俺の傍まで歩いてきていたリタに俺はぎょっとした。

 セリフにではない。

 それも気になるがそれよりもリタの格好だ。

 相変わらず服は着ておらず、性格に反して可愛らしい突起がすぐ目の前で震えている。

 よく鍛えられているが、女性らしさを失わない彫刻のような美しい肢体に目が吸い寄せられてしまう。

 いや……違う、それどころではない。


「グリードが?」


 忘れていた。

 俺の嫌いなあの男を。


「お前は負けたままの男じゃないよな?」


 リタはニヤリと俺を笑う。

 どうやらまだ俺の戦いは終わっていないようだ。


「もう負けは許さない。できる?」

「……ああ! 当たり前だ!」














「本当……いい男だよ……」


 リタはグリードが現れた方角へ向かうミナトの背中を見て、そう呟いた。

 気になる男は少し見ない間に大きくなっていた。


 リタの記憶にあるミナトはどこか幼さを残す可愛らしい男の子だった。

 頼りにできそうで頼りにできない。

 恥ずかしがりな男の子。


 だが彼が隣に立つリタではない少女に見せた顔にハッとする。

 リタは思った。

 あの男が欲しいと。

 だが休まず作ったプレゼントを渡しても、隣に立つ女は別の女。


 魔法で熱を持ったリタの体と心を雪が冷ましていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る