20話 防衛戦②
セリアのおかげで防壁の上へと着地したのは二人だけだが、何人かの盗賊が防壁を飛び越してそのまま村の中へと侵入を果たした。
あと少しすれば足場となった盗賊達がよじ登ってくるか、防壁に空いた穴から村内に侵入して来てこちらが数的不利に陥ってしまう。
それらの不利な事実に早々に気付いたセツだが、彼女にやれることは少なかった。
精々セツ自身が早く相手を倒し、味方の増援に駆け付ける事だけ。
「セリア!」
セツは隣にいたセリアの名を呼びながら剣を抜いて防壁の上を駆けた。
防壁を飛び越えた盗賊達は他の狩猟衆に任せ、狙っているのは目の前にいる火と風の魔法使いである。
もし、さっきの炎の嵐をこの狭い防壁の上で起こされればこちらは一網打尽にされてしまう。
あと何回あの魔法が使えるのかは不明だが危険度は他の者とは段違いなのは間違いない。
この防衛戦の行く末を左右する戦いが早々に訪れた。
防壁の上の足場は二人並べる程度幅はあるが、二人並んで戦闘を行うには狭くて一人分しかない。
そのためセツから見て手前に炎の魔法使い、奥側に風の魔法使いが待ち構えていて、盗賊二人を同時に攻撃することは出来ないが反対側にいる狩猟衆と挟み撃ちに出来る。
一足で炎の魔法使いへと接近したセツは口内で息を吐いて頬を膨らませながら剣を振りかぶった。
走りながらの攻撃のため接地しているのは片足のみだが、セツの運動能力の高い者特有のふくらはぎが細く、臀部と体幹が発達したセツの肉体は余すことなく剣先に力が乗せることができる。
それに対して炎の魔法使いはセツの接近に気付くと、左腕を体の横に構えて横薙ぎのセツの一撃を防御する構えを取る。
勿論その腕は生身などではなく、分厚い金属で作られた籠手が両腕に嵌められていた。
それに対してセツはそのまま斬撃を正面からぶつけることを選択した。
炎の魔法使いは右腕は後ろに引いて攻撃の用意、そして左腕でセツの斬撃を受け止める。
鉄と鉄がぶつかり火花が散る。
「ちっ!」
炎の魔法使いはセツの攻撃を片腕で正面から受け止め切った。
セツは手に伝わってきた想像以上の重い感触に舌打ちをする。
セツは助走をつけた上、剣と言う単純に重さと長さのある武器を使っているため、立ち止まって籠手のみの相手に完全に受け止められるとは思っていなかったのだ。
「ふん!!」
「ぅぶっ……」
完全にセツの攻撃を受け止め切った炎の魔法使いは用意していた右の拳をセツの腹に向けて突き出した。
放たれたボディブローをセツは避けきれずに腹に突き刺さる。
剣を振るときに腹筋に力を込めていた上に分厚い皮鎧に守られていたため、膝をつく程ではないが相当な衝撃がセツの内臓を揺らした。
セツはバックステップして体勢を立て直そうとする。
炎と魔法使いはそんなセツを追おうとはせず、セツを殴った腕をそのまま手の平を前にして構えるとマナを活性化させた。
セツは失策を悟った。
何が何でも奴から離れるべきではない。
彼女は拳を武器に戦う格闘家ではなく、魔法使いなのだ。
距離を離せばあの凄まじい火力の炎の魔法が襲ってくる。
直前までセツはその事を忘れていなかったが、腹を殴られて咄嗟に離れてしまった。
セツは自分がこの状況を打破する術を持たない。
このままでは丸焦げである。
だからセツは、すれ違うシオに任せる事にした。
セツに向けられた手の平に集まった赤い粒子が炎に変わる直前、シオの槍が籠手にぶつかる。
突如与えられた衝撃に炎の魔法が発動する前にマナは霧散したが、炎の魔法使いはすかさず逆の手をシオに向ける。
槍を使うシオの間合いはセツより遠く、近づくより魔法を使うほうがいいと判断したのだろう。
シオは炎の魔法使いの右手に向けて突き出していた槍をしならせ、自分に手が向く前に上から炎の魔法使いの左手を叩き落す。
踏ん張って防御しようとしていない緩々の腕の方向を変えるなどシオの槍には簡単だった。
両腕を弾いたシオは最小限の動きで槍を引き戻して次の攻撃へと移る。
炎の魔法使いはシオの槍を体を捻って避けるが、すかさず次の刺突が襲ってくる。
避けるために捻った体が戻る前にシオの槍が再び炎の魔法使いを襲う。
槍の達人であるシオの槍を連続で避けるのは不可能である。
突く、戻す、シオはこの槍の一連の動作を、炎の魔法使いが捻った体を戻す間に二度は行うことができる。
そのため、不可能。
それを察知した炎の魔法使いは捻った体をさらに捻り、蹴りへと体勢を移した。
蹴りは槍の側面を打って槍を横合いに弾く。
危機を脱した炎の盗賊はそのまま体を伏せると、後ろの待機していた風の魔法使いが手を突き出していた。
どうやらセツ達と反対側にいた狩猟衆は落とすなり倒すなりしてしまったようだ。
シオは横合いに弾かれた槍をぐるっと回転させて衝撃を逃がして最後は背中で受け止めると、炎の魔法使いと同じように地面へと体を伏せた。
セツの後ろにもまた、セリアという魔法使いがいるのだ。
爆風と暴風が両者の間で爆発した。
セツ達が戦っている間に、他の狩猟衆は防壁の上から外や内側の盗賊と戦っていた。
全員が防壁の上で守っていたわけではなく、防壁の内側にも狩猟衆を配置していたが、その数は少なく侵入した盗賊に押され気味である。
集団戦とはいえ、何千という数同士の戦争ではないため戦線が崩壊すればあっという間に決着がついてしまう。
どうやら練度も数も盗賊達の方が上、それでもかろうじて直ぐには全滅にならなかったのは、時折飛んでくるジークの矢の援護があるからだ。
一人の狩猟衆が二人の盗賊に囲まれて止めを刺されようとした時、ジークが放った矢が盗賊の手を撃ち抜いて狩猟衆が包囲から抜ける隙を作った。
狩猟衆が手を撃ち抜かれて戦闘不能になった盗賊を押しのけ、もう一人の健在な盗賊へと向き直る。
狩猟衆がチラリと矢が飛んできた方に目を向けると、そこには既にジークは居なかった。
戦場を駆けまわるジークとダグラスの戦いは熾烈を極めていた。
ダグラスが大剣を振れば家の壁一面全てが吹き飛び、ジークはその攻撃を避けながら僅かな隙を見つけて矢を射る。
ダグラスはジークの矢を受けると再びジークへと大剣を立てにしながら突進し、ジークはそれを避けるために家の上まで一気に跳躍する。
ダグラスがそれを追って跳躍しようとするが、そのわずかな隙にジークはダグラスではなく狩猟衆と盗賊達の方へと弓を向けて矢を撃つ。
「余裕だな!! ジークよ!!」
「そう見えるなら手を緩めて欲しいね……」
この世界の男として最高峰の肉体を持った二人の戦いはまだ終わりそうにない。
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