エピローグ

「ジ……ク……さん……皆……手当を……」


 俺はジークに先に皆の手当をするようお願いをする。

 ほっておけば皆が失血死してしまいかねない出血をしていた。

 もし彼女達が死んでしまえば俺の頑張りが無駄になってしまう。


「安心して、大丈夫だよ。一緒に合流した狩猟衆が手当している。むしろ君が一番の重症だ」

「よかった……」


 ジークは俺を仰向けに寝かせ、怪我の具合を確認していく。


「殆どが打撲で出血死する心配はなさそうだね。でも呼吸音が心配だ。肋骨が肺に刺さってる可能性がある」


 ジークは俺の怪我を口に出していく。いつまで経っても骨折やら打撲やら断裂やらの読み上げが止まらない。相当俺は危険な状態なようだ。

 そうしていると狩猟衆の一人が近寄ってくる。


「クロエ、彼を頼む優先するのは……」


 ジークが狩猟衆の女に俺の体の事を伝えている。

 クロエが俺の側に膝をついて胸に手をかざす。すると彼女の手から暖かい光の粒子が漏れてきた。

 粒子が着用している皮鎧をすり抜け、俺の体の中にしみ込んでくる。

 肺に粒子が付着して変質し、破れた部分を修復していくのが分かる。


「よくやったね。皆の傷や地面の跡を見ればわかる。ミナトが頑張ってくれたから僕が間に合ったんだ。誇っていい。君は立派に男の役目を果たしたんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中の何かが一杯になり涙があふれた。

 怖かった、痛かった、本当に死ぬかと思った。俺が死んだら三人の命もなくなるところだった。

 この世界に来てからずっと不安だった。いい歳なのに、男のくせに弱い、直接そう言われる事もあれば、男として見れないと言われる事もあった。

 それでも俺は村にしがみつくことしかできなかった。見捨てられては生きていけない。

 でもまったく村の役に立てずに無駄飯食らい状態が続いて申し訳なさと焦りが募っていく。

 何度村の門の前に立って逃げてしまおうかと思った事か。


 ずっと張っていた緊張の糸がジークの言葉で切れてしまった。

 泣いている俺の元に腕に包帯を巻かれたセツが歩いてきた。

 セツが膝をついて俺の頭を持ちあげると俺に膝枕をする。


「ミナト……ありがとう。おかげで助かった」

「セツ……」

 セツが俺の頭を優しくなでる。

「おれ…やぐに…だでたか……」

「ああ、ミナトのおかげで私達は救われた」

「おれ……むらにいで……いいか……」

「勿論、お前はもうサンの村の一員」


 俺は人目もはばからず泣きじゃくった。涙を止めようと思っても胸の内から溢れてきて止まらない。

 最も認めてほしい人に認められた。事あるごとに自分の力の無さを彼女に教えられてきた。内心こいつは天敵だと思ったこともあった。でもそれは全て彼女に認められたい裏返しだった。

 そんな俺の最も欲しかった言葉を、最も言って欲しい彼女が語ってくれたのだ。俺の心の壁が溶けていく。


「もう私とミナトは一心同体。だから安心して今は眠って」


 そう言うとセツは優しく微笑んだ。

 俺は安心したせいか意識が薄れていく。

 一心同体とはどういう意味だろう。薄れ行く意識の中でセツのそんな言葉に疑問を抱く。

 でも彼女が優しく微笑んでいるのを見て、全てがどうでもよくなった。


(疲れた……少し休もう……)


 俺は瞼を閉じる。


(またセツが笑う所見れたらいいな……)


 彼女が纏う神秘的な空気が今は優しい色をおびているように見えた。俺はそんな優しい色に包まれながら意識を手放した。




 俺が目を覚ましたのは三日後だった。

 ベッドに寝かされた俺は全身包帯ぐるぐるのミイラ状態。包帯には薬草が染み込ませてあり体から青臭い臭いがする。

 全身痛くない所を探すほうが難しく、身動きが取れない日々が続いた。

 涙黒子がエロいクロエに毎日回復魔法をかけてもらうが、全治まで一カ月はかかるらしい。

 彼女の魔法は肉体の代謝を促進して回復を促す物で、軽い切り傷程度なら数十秒で直してしまうが、流石に粉々になった骨を直すには色々手順があるらしく、時間がかかるとのことだった。


 クロエが様子を見に来るたびに俺は妙にドキドキする。

 俺が身動きをとれない間は、セツが身の回りの世話をしてくれた。

 食べ物をあーんしてくれたり、嫌がる俺を黙殺してトイレの世話をしてくれたりと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

 まだ腕の怪我が癒えていないため、片手での世話で四苦八苦することもあるが、文句ひとつ言うこともない。


「おいしい?」

「う……うんおいしい……」

「そう」


 食べる所をじっと見つめる彼女の表情が読めない。

 そんなに見つめられると食べにくいと言ってみても気にしないでと言われるだけだった。


「脱がすから腰上げて」

「いやいやいや!トイレまで連れてってもらえればいいから!」

「駄目、怪我に触る。大丈夫だからこれにして」


 俺は尿瓶を脇においたセツに抵抗虚しく脱がされてしまった。まだ女の人に見られたことなかったのに。

 傷の癒えたシオとセリアも様子を見に来てくれた。


「僕が気を失っている間に大立ち回りをしたようだね。セツから聞いてるよ。本当にありがとう」

「ごめんなさい。ミナトさんのこと頼りないと思ってましたぁ」

「いえいえそんな……俺が頼りないのは事実ですよ」

「それは直ぐに気を失った僕が頼りないってことになるよ?」

「そんなつもりじゃ?!」


「ミナトさんは胸をはってください。私達の命の恩人なんですからぁ」

「…わかりました。ありがとうございます。僕は頼りになります」

 シオとセリアの礼に咄嗟に謙遜してしまうが、正されてしまった。日本人的な謙遜は彼女達にとっては侮辱でしかないのだろう。

「ミナトはいい戦士になるかもしれないね」

「歳も近いのも好印象ですねぇ」

「えっと……」


 なんだろう俺を見る目が以前と変わったのはわかる。だけどなんだか俺を見る二人の目が怖い。

 ベッドに横たわる俺の左側にシオが、右側にセリアが近寄ってくる。


「大分逞しい体になってきたね。私が歯が立たなかったあいつの体に傷をつけたらしいし」

「頼りない顔だって思ってましたけどぉなんだか可愛く見えてきましたぁ」


 二人が妖しい雰囲気で俺の手を握ってくる。シオは俺の手を握るとコスコスと優しく擦り、反対の手で体を撫でてくる。

(なんかエロい!)


 セリアは俺の手を自分の方に引き寄せて胸元で優しく包み込んでくる。


(ふわふわだぁ!)


 これがモテ期と言うやつだろうか、美少女に囲まれての接待についつい鼻の下が伸びてしまう。

 彼女いない歴=歳の数が永遠に続くかと思っていた。だがここに来て美少女二人に誘惑を受けているのだ。こんな幸せでいいのだろうか。


(生きてて良かった〜!)

「なんで泣いてるんだい?」

「何処か痛むの?」

「いえ、気にしないで下さい。ちょっと生命の誕生について考えていたところです」


 感動のあまり男泣きをしてしまった。いけない、彼女達には良いところを見せないと。

 そう考えてせめて顔だけ自分が一番カッコいいと思う顔をする。

 そんなことをしていると冷たい声が扉の方からしてきた。


「なにしてるの?」


 扉の方にはセツが包帯の替えを抱えて立っている。

 表情が読めない顔は相変わらず人形のように綺麗だが、何故だろう恐ろしくてたまらない。

 別に俺にやましい事など無いはずだ。そう自分に言い聞かせても冷や汗が出てくる。


「あ、セツちゃん今ミナトさんにお礼を言ってたのぉ」

「そうだ。僕たちも看病を手伝う……」

「要らない」

「でもぉセツちゃん手を……」

「もう動かせるから問題ない。私一人で十分。今から包帯変えるから帰って」


 有無を言わせぬセツの雰囲気に押されてシオとセリアが部屋をすごすごと出ていく。


「じゃあまた明日来るよ」


「困ったことあれば教えてねぇ。私看病は得意だからぁ」

 セリアとシオを追い出したセツがベッドに腰をかけると俺の顔を覗き込んでくる。

「あの二人は危険」

「え、でもセツも仲良さそうに……」

「とにかく気を付けて」

「……はい」


 仲が悪いんだろうか?少し考え辛いが、もし俺の事をセツが好意を寄せているとしても、ハーレムが当たり前のこの世界で嫉妬するような事はないはずだ。

 理由を聞こうかと思ったが、多分機嫌の悪いセツに聞くのは憚れて聞くことは出来なかった。

 1ヶ月後俺は傷が治り、セツと共に訓練を始めていた。

 死闘を乗り越え、俺の体に宿る大地の加護が強くなったのを感じる。

 いつも使っている剣が軽い、怪我でしばらく体を動かしてなかったにも関わらず確実に今の方が強い事がわかる。

 剣を上段から一気に振り下ろして地面につく直前で止める。俺の体が全く剣の重さに振られることなくピタッと剣を静止させる事ができた。


「やあミナト、調子は良さそうだね」

「ジークさん」


 俺が剣や弓を使って体の調子を確かめているとジークが話しかけてきた。


「随分力が強くなったみたいだね」

「そうなんですよ、怪我する前よりむしろいいくらいで…なんでなんでしょう。戦ってる途中で急に力が強くなったんですよ」

「戦ってる途中に? うーん厳しい戦いをすれば大地の加護が強くなりやすいとは言うけど、あくまでその後休息に当てた場合だしな〜。心当たりはないのかい?」


 力が湧いてきた時のことを思い出してみる。

 たしか俺の攻撃が通らなくて、その後セツと一緒に吹き飛ばされて……。そう考えて行くと一つ心当たりがある。

 なぜ自分でもしたのかわからないセツの吹き出す血を飲んだ事だ。なにか関係があるのだろうか。


「あの、たしかあの時セ」

「ミナトの剣がそろそろ軽くなってきたと思う。そろそろ重い剣に変えるべき」

 セツが俺の言葉を遮って俺の剣について言及してくる。どういうつもりなんだろうか。

「ん? 確かにそうだけど……セツは何か心当たりがあるのかい?」

「ない。とにかく早く新しい剣を用意するべき」


 セツはジークの質問もバッサリと切り、俺の剣の話に繋げる。


「でも」

「ない」


 ジークはなおもくい下がろうとするが即答で潰してくる。ジークはセツを怪しみながらも諦めて次の話題に移った。


「ミナトの剣だけど狩猟衆のための剣だともう軽すぎるようだね。となると今この村には君に合う武器の貯蔵は無いはずだ」

「え、そうなんですか? じゃあどうすれば……」

「そろそろ冬になる、冬になれば危険な獣は冬眠に入って危険は少なくなる」

 ジークの言うように、来た頃と比べてかなり寒くなってきた。体を動かすため今は脱いでいるが、普段は毛皮でできた分厚い服を着用している。

「だから君のための武器を作って貰いにアナンの村へ行く」

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