一章
プロローグ いつか来たるとある戦士の戦い
一話から十話を書き直したので投稿します。
ほとんど内容は変わりませんが、5話と6話が新エピソードになっています。
しばらくしたら今までの1話から10話と差し替えしますのでよろしくお願いします。
目の前から大斧を構えた大男が腰を落としてゆっくりと近づいてくる。
大男は全身を獣の皮に腕や胸を鉄で補強した鎧、手には身の丈ほどもある大斧を構えている。
顎が露出した兜のため、立派な口ひげが見えているのだが、その装備も相まって、男の風貌は山賊そのものだ。
格子状に穴の開いた鉄兜、その隙間から覗く目が俺を射抜く。その瞳は荒々しい山賊じみた風貌とは裏腹に静かな理性の光が宿っていた。
こちらの一挙手一投足、胸の呼吸の膨らみすらも、決して逃すまいと観察してくるこの男、はったりではない。
ヒリヒリと肌を焼くこのプレッシャー。
このプレッシャーは長年にわたり女を守り続けた英雄の物に間違いない。
この世界に来てから八年になる。八年間、俺はありとあらゆる敵と戦ってきた。
そしてこの男、俺の持つ全てを奪おうとしてきた山賊どもよりも。
自らの価値を誇示するために闘ってきた全ての戦士よりも。
生きるために砕いてきた全ての獣共よりも。
この男は強い。
未だ刃を交えていないにも関わらず、はっきりとそれだけはわかる。
俺自身も彼と同じような毛皮と鉄でできた鎧に身を包み、身の丈ほどもある片刃の大剣の切っ先を地面につけ、横に構えている。
心臓が激しく脈打ち、緊張により目が乾いてくるが、命のやり取りという極限状態に集中力を高め、決して瞬きをすることはない。
リーチはこちらの方が上だ。
だが俺の持つ大剣の重量は大男の持つ大斧より明らかに重く、同時に動けば歴戦の戦士である大男の振るう大斧が、こちらの大剣が届く前に俺の体が引き裂かれるのは目に見えている。
お互いの得物は人間より遥かに強大な獣を殺すための物である。故に人に振るえばそれは一撃必殺。
鎧で身を守っていようがその上から相手の体を破壊するのは難しくない。
本当に厄介な相手だ。
俺は息を吐いて呼吸を整えると、切っ先を引きずりながら、すり足で近づき始めた。
ゆっくりと、だが確実に距離が縮む。
時間にして数十秒、体感としては無限ともいえる時間、ついにこちらの大剣を振るった時、切っ先が腹を裂くことができる距離になった。
目の前の大男は相変わらずその場に留まっている。まだ動かない。
大男は大斧を頭上に構え、姿勢をやや前傾させた踏み込みからの一刀両断を狙う構えだ。
それに対して俺は重心を体の中心に置き、体をリラックスさせて、あらゆる方向に動くことができる姿勢をとる。
相手が前傾している以上、俺が横薙ぎの一撃を出せば左右には逃げられないし、後ろへ飛んで避けようとしてもワンテンポ遅れるはずだ。
相手が避けられず、必殺の一撃を狙える絶好の間合い、にも拘らず、俺は未だに自分の体が真っ二つになる未来しか見えず、大剣を振るうことはできなかった。
大男の武器のリーチではギリギリ俺には届かない距離ではあるが、その前傾姿勢から繰り出される踏み込みを考慮すると、既にこちらも相手の間合いに入っている。
攻めるか守るか。
この選択肢を誤れば死である。
そこで俺は覚悟を決めた。足を止めて肩の力を抜き、両手で握っていた柄を右手のみ逆手にして握り締めた。
その柄を握り締めた瞬間だ。それを好機と見た戦士が一歩踏み込み全身の力を解放してきた。
踏み込んだ足に大地が砕かれるほどの力を伝えられた大斧は、一瞬で最高速に達し、俺の頭に向かって振り下ろされる。
俺は柄から左手を柄から離すと、残る逆手に持った右手を全力で前に突きだした。
こちらに来て八年間、誇張なく血反吐を吐きながら鍛えた体と鎧。その二つを合わせた重量以上の重さを誇る大剣は、俺が大地を踏みしめることなく動かそうとしたためビクともしない。
だが、動くことを拒否した大剣の代わりに突き出した腕は、俺自身の体を後方へと追いやった。その大剣から跳ね返ってきた力により、足が地面を離れ、体ごと後ろへと跳んだのだ。
大斧が迫ってくる。
極限の集中でスローになった世界では、頭上に迫る大斧の速度に対して、後方へと流れる俺の体の速度がやけに遅く感じる。
そして大斧が俺の兜を引き裂いた。肉を裂き、頭蓋骨を薄く削る。だが致命傷ではなく、大斧は地面を砕いた。
あまりの衝撃に軽い脳震盪をおこし、視界が揺れるが体はまだ動く。
この程度の脳震盪なんて珍しくもない。
俺は後ろに下がった反動のまま体を、右足を軸にして後ろに回転させ、大地を踏みしめて力を足、腹、胸、腕そして右手の大剣へと伝える。
勝負が始まってから目を離すことのなかった戦士から、嫌がる本能を理性で抑え込んで視線を外した。
完全に戦士に対して後頭部を向け、俺はただ大剣を片手で振るう事だけに全力を傾ける。
片手で振るうには重すぎる大剣に全身の筋肉がぶちぶちと音を立てて千切れていくが、俺は歯を食いしばり最初で最後の好機に全力で大剣を振るう。
俺の倍以上は重い大剣は、重々しくも確実に地面から離れ、勢いを増し、回転する体に合わせて足を踏みかえた時、ついに戦士の両腕を横から叩き斬った。
鉄を引き裂き、骨を砕く感覚が見ずとも手から伝わってくる。
戦士の腕を落としてなお動きを止めない大剣は勢いそのままに、元あった地面へと突き断つことでようやく動きを止める。。
俺は揺れる視界に堪らず膝をつくが、何とか視線を戦士の方に合わせる。
呼吸を荒げ、肩で息をしながら戦士を見ると、失った両腕から血を噴き出しながらも力強い目でこちらを見つめていた。
「……見事。俺の負けだ」
戦士の敗北の宣言を聞いた俺は、膝をつき、
吠えた。
地と血が震え、体が沸騰する。
その瞬間、俺の後ろに控える鎧に身を包んだ女たちの勝ち鬨を身に受けた。
極度の集中により、俺の視界には戦士しか映っていなかったが、元々俺と戦士の側に分かれてお互いにおよそ百人程の女と十人程の男が勝負を見守っていた。
戦士の側にいた女達は急いで戦士の側に寄って腕を縛り、止血を始めた。
女の一人が傷口に手をかざすと、その手から淡い光の粒子が降り注ぎ、戦士の傷口が少しづつ塞がり始める。
「約束通り俺たちはお前の配下に加わる。俺は両腕を失ってもう闘う事はできない。
だが、虫のいい話なのは分かっているがどうかこいつらを不当に扱う事はやめてほしい。お前が望むならこの首でも何でも差し出そう」
「そんなものはいらない」
文字通り差し出された命を俺は撥ね退ける。
「だが、誓おう。俺はお前の分まで彼女たちを守る事を」
正々堂々と闘った相手の願いを俺は断ることなどできない。
「恩に着る」
俺は戦士に背を向けて歩きだした。
俺が彼から背負った何かはとてつもなく重い。
だが、俺は絶対につぶれない。
俺が男だからだ
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