30時限目 敗戦


 対抗戦まで一週間を切っていた。そこで一定の成績を収めなければ退学は近い。後がない現実とは裏腹に、特訓の成果はかんばしくなかった。


「……全敗か」


 担当教諭と交渉して、ダンテは「ボーン」クラスとの合同練習を取り付けてもらった。できるだけ、本番に近い想定で戦闘を開始した。


 ルールは例年と変わらず全員が入り混じってのバトルロワイアル方式だ。校舎の裏に広がる巨大なスタジアムを使って行われる。


 頭の上にバルーンをつけて、それを割ったら一ポイント。割られてしまったら二ポイントマイナス。一分後にバルーンは自動的に復活して、再び戦闘に参加できる。二

十分の模擬戦闘の結果は散々だった。


 リリア・・・マイナス八ポイント。

 マキネス・・・マイナス三ポイント。

 ミミ・・・マイナス四ポイント。

 シオン・・・マイナス五ポイント。


 結果表を見ながら、ダンテは「うーん」と唸った。特訓の成果が出ていないわけではない。想定していたよりも、このバトルロワイアル方式が厄介やっかいの種となっていた。


 夕方まで数ラウンドかを重ねても、結果はそう変わらなかった。このままでは合格ラインのプラスポイントで終えるのはほぼ不可能だった。


 宿直室に帰って、ダンテは天井とにらめっこしていた。


「どうっすかなー……」


「スタート開始の合図と同時に集中攻撃ですか。これは今のあの子達に対処できるはずがないですね」


 フジバナも結果を聞いて眉間にしわを寄せた。


「確かにポイントを稼ぐ戦法としては定石じょうせきです。弱いものを集中的に狙う。同じ一ポイントなら、強い人間より弱い人間を攻撃したほうが、効率的に稼ぐことができます」


「まー……分かっていたことではあるんだよなー」


 まず開始直後、リリアが包囲されてバルーンを割られた。その時点でトラウマが再発し戦意喪失した彼女は、結局一ポイントも稼ぐことができなかった。続いて、マキネスが防御魔導を発生させようとして、触手とともに玉砕ぎょくさい。マイナスポイントで終わった。


 運動能力が人一倍あるミミは、かえって目立ってしまい動きを掴まれてしまったのが良くなかった。包囲されてバルーンを割られてしまい、結果はかんばしくなかった。


 本番はこれに「パラディン」「ルーク」の二クラスが追加される。

 さらに苛烈かれつな戦闘が予想される。彼女たちが「ナッツ」クラスである以上、集中的に狙われるのは間違いない。


「アイリッシュ卿に手を回してもらいましょうか。対抗戦の結果で退学というのはあまりに横暴すぎます。あるいは主任教師のエーリヒ殿などに交渉すれば、猶予ゆうよはあると思います」


「……いや、それじゃあダメだ」


 ダンテは首を横に振った。確かにアイリッシュ卿なら、校長に交渉して退学基準を変更することはできるかもしれない。バーンズ卿との対立覚悟で動くこともするだろう。


 しかしそれをやってしまったら、今までの授業の意味がなくなってしまう。必死に訓練に励んだ一週間が何の意味も持たなくなってしまう。


「ここは逃げる場所じゃない。俺も、あいつらも何も得られていない。まだ一週間あるんだ。どうにかしてみせる。傷跡を傷跡のままで終わらせる方が最悪だ。きちんと次につなげるのが先達せんだつとしての役目だ」


「袋叩きに合っても、勝てますか」


「やりようなら、幾らでもある」


 相手の戦法の想像が付いているなら、対策は立てられる。劣勢の状態でどう兵士たちを動かすか。作戦判断はトップであるダンテに委ねられている。


「戦場と変わらない。少数部隊を動かすのは得意だ。任せておけ」


「確かに……そうですね。隊長の作戦は完璧でしたから」


 部屋の隅に積まれた幾つもの戦術書を見て、フジバナは懐かしそうに微笑んだ。ダンテが持ち込んだそれらには、大量の書き込みとメモ用紙が挟んであった。いかなる劣勢であれ、ダンテの部隊は戦果を得て帰還した。


「……ですが、今回の場合は、動かす兵士は学生です。精神面での懸念があります。今日の結果で少なからず落ち込んでいますし、それ以前の問題もあります」


「分かってる。シオンだろ。さすがにあれは厳しいな」


 開始前からシオンはずっと上の空だった。本来であれば、このクラスの中で一番落ち着いていて、プラスポイントで終わらせる実力は持っているのだが、心が付いていっていない。


 その理由は考えなくても、想像がついた。


「授業の間もずっと、イムドレッドのことを心配しているようでした。退学届を受け取ったことは伝えたのですか」


「言ってないが……勘付いてはいるだろ」


 丸いテーブルの上にはイムドレッドから受け取った退学届があった。まだフジバナ以外の人間には見せておらず、当然学校側にも提出していない。


「隊長はどのようにお考えですか。本当にイムドレッド・ブラッドを連れ戻すおつもりですか」


「どうだかな。俺が次に動くときは、おそらくロス・エスコバルを相手取る時だ。リーダーのパブロフはずいぶんとブラッドの血にご執心しっしんのようだったからな。ある程度強引に行かないと、交渉は不可能だと思う」


「その時は、お手伝いいたします」


 フジバナは自分の胸に手を置き、「おとりくらいにはなりますので」と言った。ダンテは首を横に振って、苦笑した。


「やめとけやめとけ。イムドレッドは囚われのお姫様じゃないんだ。あいつは自分の選択で、エスコバルに入っている。無理やりさらってきたところで、どうにもならない」


「では、隊長は一体何をお考えなのですか」


 フジバナは興味深げに身を乗り出して、ダンテの言葉を待った。悩ましげにメモ帳を置いた後でダンテは言った。


「対価だ」


「対価?」


「あいつが言ったんだ。確かな対価があるから協力している。その対価を俺たちが代わりに提示できれば、納得するかもしれない」


「それは……いったいなんでしょうか。まさか麻薬……」


「ブラッドの血に麻薬が効果があるとは思えない。だから、もっと別のものだろうな。例えば、金とか」


「いえそれこそ、ブラッド家には潤沢じゅんたくな資金があると記憶しています。彼らの仕事は一級品です。その理由だとは思えないのですが」


「そうだな。ブラッド家には金はある」


 ダンテはあごに手を当てて、先日のイムドレッドとの会話を思い出していた。どうして彼がエスコバルに入ったのか。どうして彼がそもそもアカデミアに入学したのか。


『悪くはなかった。それなりに楽しかったよ』


 あの言葉は嘘じゃなかった。彼は彼なりにこの場所を好いていた。イムドレッドは望んでこの学園にいた。同年代の子どもと同じことを望んでいた。


 考えても分からない。ただ知っている奴は分かる。


「シオンのところに行ってみるか。あいつ自身のメンタル面も心配だ」


 ダンテとフジバナは宿直室を出て、シオンの部屋をノックした。しかし不審なことに全く物音がしない。ドアを開けてみると、部屋の中には誰もおらずストーブも消えていて、シンと静まり返っていた。

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