14時限目 フラガラッハの魔眼(2)


 ブラムの攻撃の前に、ダンテが立ちはだかる。


守護對天ガーディアン


 間に立ったダンテが半透明のシールドを前方に展開した。ブラムが放った炎はダンテの盾の前であっけなく霧散した。


「ブラム・バーンズ。勝負はもう終わりだ」


「俺に逆らって、ただで済むと思うなよ……」


「もう十分、君の父親に罰を受けている。ここは大人しく退いてくれないか。生徒を殴る訳にはいかないんだ」


 ダンテの言葉にブラムは血走った目で取り巻きの男たちを見た。ビクッと肩を震わせた彼らは、腰に刺さっていた剣を抜いて、ダンテたちを取り囲むように迫ってきた。


「おいおい。勘弁してくれよ」


「全員、何も見ていなかった。良いな」


 ブラム・バーンズはもはや怒りで我を忘れてしまっていた。


 ここまでコケにされたのは、彼にとって初めての経験だった。できそこないだと思っていたやつに牙をむけられるなど、こんな屈辱を受けたことはなかった。


 ここで退けばバーンズ家の名折れだ。

 獣のように殺気をむきだしにするブラムを見て、ダンテは少しやり過ぎたと後悔し始めていた。


(こいつらを昏倒こんとうさせるのは簡単だが……)


 自分たちに剣を向けているのは仮にも生徒だ。教師として手をあげれば、間違いなく叩き出される。しかし、剣を収めてくれそうな雰囲気ではない。


 仕方がない、とダンテが覚悟を決めたその時、ピリピリとした空気を打ち破るように野太い男の声が訓練場に響いた。


「そこまでだ」


 ガタイの良い坊主の男が訓練場に入ってきた。体格がダンテの二倍の近くある。ただの一声で、場の空気をヒヤリと冷たくさせるような存在感をまとっていた。


「エーリヒ先生……」


 マキネスが彼の名前をつぶやいた。エーリヒと呼ばれたその男は、太い眉を上げて汗だくのブラムを見た。


「ブラム・バーンズ。なんだまた悪さをしていたのか」


「……ちっ」


「後で教官室に来なさい。……あなたは?」


 ダンテのことを見て、エーリヒは怪訝そうに言った。ダンテは助かったと胸をなでおろして、深々とお辞儀をした。


「助かりました。私はダンテ、この度赴任ふにんしてきたナッツクラスの教員です。ひょっとしてあなたは……不倒のエーリヒ?」


「おぉ、わしの名前を知っているか。これは光栄なことだ!」


 がははと大声で笑った彼は、改めてダンテに挨拶した。


「君がそうだったか。噂は聞いているよ。ようこそ、ソード・アカデミアへ。色々と苦労をかけるな」


「はい、こちらこそ。まさか不倒の英雄が教員になっているとは知りませんでした」


「色々と縁があってな。悪ガキどもの世話がこんなに大変だとは思わんかったよ。これなら前線基地の方が幾分がましだ」


「同意です」


 エーリヒはおかしそうにニヤリと笑った。

 不倒のエーリヒ。この国において、その英雄を知らないものはいない。十人に満たない一小隊で、八〇〇人の兵隊を相手取った東部防衛戦のことは、伝説として語られている。


「なるほど、そのようなことが……」


 ダンテからだいたいの事情を聞いて、エーリヒは困ったようにため息をついた。「ここはわしに収めさせてくれんかな」と言うと彼はくるりとブラムの方を振り向いた。


「ブラム、学内での暴力行為は禁止だ。ましてや多勢で相手を叩きのめそうとするのは、下の下がすることだ」


「……くそ」


「血気が多いのは結構。しかし規律を守るのも貴族としての役目だ。そこまで悔しいのなら、しかるべき場所で行うのが上に立つものとしての規律ではないかね」


「しかるべき場所だと?」


「学内対抗戦だよ。そこで勝てば、君の強さも証明されるのではないかね」


「……そんなぬるい場所で俺が納得するとでも?」


「それが貴族としての礼儀だ。正々堂々と戦え」


 ブラムは怒り狂った様子でエーリヒを見上げたが、側からみると赤子を相手にしているようにしか見えなかった。歯をくいしばり、ブラムはリリアに視線を送った。怯えた様子の彼女を見ると、ちっと舌打ちした。


「仕方ねぇ。行くぞ」


 取り巻きに剣を収めさせると、ブラムは訓練場の出口に向かって歩き始めた。ぞろぞろと帰っていく彼らを見送って、エーリヒはふぅと息を吐いた。


「まったくプライドが高いというのも考えものですな」


「エーリヒ先生」


「何かな?」


「今、ブラムのことむちゃくちゃあおりませんでしたか? あれじゃあ……あいつ、対抗戦とやらでリリアのことを狙ってくるんですが……」


 困惑したダンテの言葉に、目を丸くしたエーリヒは「こりゃあしまった」と言って自分の額を叩いて笑った。


「がはは、すまないすまない。つい癖でな。ですが、これで不意打ちでリンチするということもあるまい。きっと対抗戦まで、ひしひしと今日の屈辱を噛み締めているでしょう」


「しかしあそこまでけしかける必要はなかったんじゃ……」


「そうだなぁ。しかしまぁ、好奇心には勝てんかった」


 きょとんとするリリアのことを見下ろすと、エーリヒは言った。


「フラガラッハの血脈けつみゃく。恐るべき異界物質。わしがどうあっても引き出せんかったこの子の力を、あんたはたった数日で引き出せてみせた。わしはその真価をぜひ見てみたい」


「ようやくスタートラインに立てたくらいですよ。それに、俺が何かを教えた訳じゃない」


「いやいや、アイリッシュ卿もなかなか恐ろしい人材を送りこんできたもんだ」


 蓄えたヒゲを撫でながら、エーリヒは言った。


「対抗戦まではあと数ヶ月だ。ダンテ先生、あなたもこの子たちにできる限りのことを教えてやってほしい。あの狸っ腹のバーンズ卿に目にものを見せてやれ」


「随分と不満がたまっているみたいですね」


「……当然だよ。やはり貴族の空気はわしにはあわん」


 去り際に「楽しみにしているぞ」と言って、エーリヒは帰って行った。嵐のような二時限目が過ぎて、ようやくダンテは一息つくことができた。


「学内対抗戦か……余計なハードルを建てられてしまったな」


 クラス総当たりでの模擬戦闘、学内対抗戦。そこまでリリアたちを「パラディン」と相手にボコボコにされない位に、育てなければいけない。


 エーリヒもアイリッシュ卿と同じで手段を選ばないタイプだ。自分の目的のためなら、無理でもまかり通る。とりあえずの危機は乗り越えることができたが、新しい課題がこのクラスを苦しめることは確かだった。

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