エルエル魔魔魔〜キリキリ魔〜

yukoji

〜エルエル魔魔魔〜キリキリ魔〜 (2話完結の前編)

はたはた迷惑な話だ。と、黒真珠の様な光沢のあるロングヘアーをほぐしながらキリスコは思う。今日、霊界学校に行ったらクラスの話題は私の事でもちきりだろう。「ヒューヒュー」とか「花嫁のご到着だー!」とか、最悪キスコールが起こるかもしれない。

 昨日の夜に発表された『キリスコ、コエンマ、神の命により今週末に結婚!』というニュースは瞬く間に霊界全土に広がり、号外新聞、霊界TV等で大々的に報じられた。もちろん、キリスコは父親であるキリストに抗議をした。「子供の結婚相手を勝手に決めんな!」「もとはと言えばあんたらの仲が悪いからこんなことになったんだろ!」「そもそも、あんな恥ずかしい恰好でテレビになんか出るな!」

「私の勝手でしょ!」

「ミニスカなんて履いてんじゃねーよ!」

「ミニスカートの可愛さが分からないの?」

 うぜぇ。なんだこのクソ親父言いたいのはそこじゃねぇよ。と、キリスコは思う。

 キリスコの父親であるキリストはオカマ。キリスコの物心がついた頃からオカマ。何も知らない幼少期は普通のことだった。が、その異常性に気付いてからはそうはいかない。

「とにかく、この結婚の話何とかしてよ!今週末に結婚とか、あと四日しかないじゃない!」

「あのじじいが真顔で言った命令は絶対なの」キリストは、いつになく本気の顔を見せる。

「そんな・・でも、やだよ!」

「そうは言ってもねぇ・・・」

 この後もすったもんだがあったのだが、これが昨夜のダイジェスト。


 髪をとかし終わり、学校へ行く。キリスコの方は、父親とは違いミニスカートではない。シンプルな白装束。学校へのあしどりはぽてぽてと重く、予想していた通り、近所のおばさま方のうわさ話になっているようだった。視線が刺さりまくってますから。ってか、気さくに話しかけるぐらいだったらちゃんと対応しますよ。わたしは父親とは違いとてもしっかりしてますから。けど考えらんないあぁどうしようなどと悶絶しながらも足を進め、学校まであと半分かといったところで後ろから声を掛けられる。

「キリスコー!」突然の呼びかけにびくっとしたが、すぐに声の主がアホの化身、アホエルだとキリスコは気付き振り向いた。

「なあにアホエル?」

 アホエルが、嬉しそうに駆け足で近付いてくる。

「おはよう!」

「おはよう」

「キリスコ頑張ってね!」

「昨日の事?」

「昨日は霊界魚のソテーと天界草のおひたしを食べたよ!おいしかったよ!」

 キリスコは、とても優しい女の子。

「アホエル、また話が飛んでいるわ。わたしはそんなこと質問していないでしょう」

「えーそうだっけ?アホエルなに話したっけ?」

「キリスコ頑張ってね!」

「あーそうだ!キリスコ頑張ってね!」

「昨日の事?」

「昨日は霊界魚のソテーと天界草のおひたしを食べたよ!」

キリスコは、とても優しい女の子。

 優しいからこそアホエルの事を気にかけ、いつも世話をしているのかもしれない。アホエル自体もかわいい女の子なので、そこが気に入っているのかもしれない。

「アホエル、また話が飛んでいるわ。わたしはそんなこと質問していない」

「えーそうだっけ?アホエルなに話したっけ?」

「キリスコ頑張ってね」

「あ!そうだ!キリスコ頑張ってね!」

「そう、ね」

「昨日は霊界魚のソテーと天界草のおひたしを食べたよ!」

 アホエルとの間ではしょっちゅうのことである。


 何を頑張ればいいのかを懇切丁寧に、耳の遠いご年配の方に伺うかのようにアホエルに問うたキリスコだったが、手に入れた情報は「とにかく頑張って!」という、既に得ているものだけであった。まぁ、アホエルの事だしこの子なりに応援してくれているのだから良いか。と、少し元気になったキリスコ。しかし、二人が学校に近づくにつれて生徒の数が多くなると「大変だね」「昨日、見ましたよ~」みたいにとりあえず声を掛けてくる感じから、「実際のとこコエンマとはどうなんだろうねぇ~」「キリスコさんの親父、オカマだからレズだと思ってた」みたいな事を遠巻きに貰うこともあり、週末に迫っている結婚の二文字がどうしても頭から離れない。生徒の注目を浴び、色々な事を言われ、心の中では反応をしながら今後の対策を考える。頭をフルに使っていたら、いつの間にか教室の前まで来ていたらしい。


 ここ、霊界学校は人間界でいう小学校一年生~高校三年生までが通う一学年二十名前後、二クラス制の霊界者の門戸である。人間の数があまりに増え、仕事が煩雑になった霊界では霊界者の育成が急務になった。そこで出来たのがこの養成機関で、キリスコは霊界学校の一期生に当たり、今年の履修を終えると卒業である。卒業後、キリスコに限らず全ての生徒たちはそれぞれの適性をキリストと閻魔大王に見分けられ、すぐに働く様になる。天国とは何ぞや、地獄とは、霊界と人間界とは?といった基本的な事から、「論理」「農業」「漁業」「経営」「心理」といった専門科目に足を突っ込むような難しいものもある。

 今日の一時間目は何だっけ?という考えは微塵も浮かばず、これから起こるであろう『事の掘り下げ』に対する杞憂ばかりが募る中、キリスコは高等三年Bクラスに入った。

 七割ほどの生徒が登校していた教室は、キリスコの登場により一時静寂に包まれる。あぁ、視線が痛い。痛いわ。あれ・・・でも変ね。いきなり声を掛けられたり、黒板に私とコエンマの相合傘の落書きがあったりはしないのね。などと思いながら、キリスコは自分の席がある教室窓際後方に向かう。

「みんな~!おっはよ~う!」

 キリスコと一緒に教室に入り、普段通りに教卓の前でアホエルが元気に挨拶をするも、クラスメイトの反応はいまいち。いつもの様にアホエルをちゃかしたり、笑いながらおはようと返す声がない。おかしい。何かがおかしい。昨日の神様の発表って、こんな風に重々しいものだったっけ?わたしに同情の声や好奇心の権化となった人がくるはずじゃないの?

「キリスコ、おはよう」

 鞄の教科書を机に入れているときに、子鬼のキス魔、オニキスがようやく声を掛けてきた。

「おはよう」

「昨日の、どうすんの?」さりげなくキスしようとすんなこのクソ餓鬼。

「私もどうしようか考えてるのよ、お父さんに訊いたら神様の命令は絶対だっていうし」いや、それもそうだけど、とオニキスはキス未遂をしながら返す。が、キリスコの何かが止まらなかったらしい。

「そもそもあのコエンマと結婚なんて考えられないんだけどホント勘弁してほしいコエンマのどこに旦那として、いや霊界者としての魅力があるとお思い?」

 おい、おいとオニキスが制止させようとキスを試みるが、慣れた様子でキリスコはひょいひょいと躱す。これまでの不満とオニキスのうざさがキリスコの感情を煽る。 

「だいたいいきなり結婚ってなによ。神様も面倒くさがりすぎなの。あんなバカを好きになる奴なんていないでしょ」

「悪かったわね!」

 毒々しくまくしたてたキリスコの独演会を聴いていたラブエルが、名前とかけ離れた、おどろおどろしい渋顔でキリスコを見る。やっちまった~と頭を担ぐオニキス。「やっちまった~」とか言うならすぐに止めろこの野郎、こっちは朝からフラストレーション溜まってんだ。と思うや否や、ラブエルはキリスコに向かって歩き出す。この時点で、キリスコはより面倒な事態になることを即座に理解した。あぁ、ラブエルさん、あなたはわたしの「あんなバカを好きになるやつなんていない」に反応したのね。そう、そうなのね、あなたはこともあろうにあのバカ、コエンマの事が好きなのね。あんなアホの事が好きだなんてなんだかかわい

「ラブエルの彼氏バカにすんな!」

「は?」

「は?じゃないわよ!ラブエルの彼氏に文句付けるわけ?」

「いやいやいや、え?」

「え?」オニキス、お前は関係ない。

 そういう事なの?とラブエルに問うキリスコ。どんよりとした視線を感じる。アホエルのアホな視線を除くと「え?キリスコなんなの?バカなの?」みたいな驚きと憐れみが入り混じった空気をキリスコは感じだ。脳内でぬる風呂に浸からせられたキリスコは「ぬるっ!」と叫びたくなる。いや、叫ばないけど。 

「人の彼氏奪っといてなんなのこいつ」

 奪ってない。

「まさか知らなかったとかいうつもり」

「知らな」

「はあぁ?まじで言ってるわけ?」

「そうだけど」

「見てればわかんじゃん!こーちゃんの事こーちゃんって言うのラブエルだけだし、こーちゃんだってラブエルのことラブラブって特別な言い方してんじゃん!」

 果てしなくうぜぇ。

「クラスのみんなだって、みんな知ってんじゃん!」

 みんなを重ねんな。一回でわか・・・『みんな』知ってる?それじゃあ「アホエル、あんた知ってたの?」

「なにが?」

「だから、ラブエルとコエンマが」

「昨日は霊界魚のソテーと天界草のおひたしを食べたよ!」

 天才か。「いや、だから二人が付き合ってること、ラブエルと!コエンマが!付き合ってる!事!」分かり易い様に、キリスコはラブエルの事を指さす。コエンマの時は混乱しないように手を下げた。


「!!! しっ!て!る・・・!」


 そうか、お前は知っていたのかアホエル。とすると、このクラスで知らなかったのはわたしだけになるのか。なんてこった。アホエルも気付いてるのに気付かないなんて。どれだけ鈍いんだ、こんなわたしで立派な聖職者になれるのか。

「だから~こーちゃんはわたしのものなの。みんなも知ってるし、ってかなんで気付かないの?なんなのキリスコバカなの?」

「バカだぁ?」

「そりゃそうでしょ、クラスのみんなラブエルたちのこと知ってんのになんでキリスコだけ気付かないのよ。バカじゃん。そんな女がこーちゃんと結婚とかマジありえないんだけど」

「こーちゃんと結婚なんてしたくねぇよ!」物凄いでかい声でキリスコは叫んだ。

「こーちゃんって言ってんじゃねぇよ!」

 確かに。と、クラスメイトは思った。 

「うっせーんだよこの野郎!さっきからこーちゃんこーちゃんてっこっちは迷惑してだよ!」

 キレすぎて見境のなくなったキリスコをやばい!と思ったクラスメイトが止めに入る!キリスコの一番近くにいたオニキスも止めに入る!オニキスはキリスコの足を押さえた!

「てめーこんな時までキスしようとすんな!病気か!」とキリストのニーがオニキスの右頬にクリーンヒット!

「痛ぃん!」と叫ぶオニキスの顔はどこか嬉しそうである。「だだの変態じゃねぇか!」とすかさず突っ込むキリスコ!

「てめぇ!よくもオニキスを!」と、何故か叫ぶラブエル!

「わたしはあいつと結婚する気なんてみじんもねぇ!だから、なんとかしたいんだ!協力しろ!」

 静まり返る教室。

「え?何?神様の決定に刃向うの?こーちゃんと結婚しないの?」

「そうだ!」

「・・・いいやつじゃん!」

 うわぁぁぁ!と謎の結束力がクラスに生まれた!ラブエルもご満悦である!

「そうだよ!いきなり結婚なんておかしな話だよ!」「ラブエルとコエンマは付き合ってるんだしさ」「キリスコかわいいよキリスコ」「ってか、コエンマ遅くね?」

 途中で変な事言ったお前、そうオニキスお前だ。お前のことはスルーしてやる。お前に構っている暇はない、突っ込まないからな。という突っ込みは置いといて、当の本人コエンマである。コエンマに訊きたいことだって沢山あるんだとキリスコが考えていたちょうどその時、授業開始五分前のベルと共にコエンマが教室に入ってきた。

「あれあれあれなにやっちゃてんの?」

「こーちゃーん!」

 ラブエルに呼ばれ、「ラブラブ」と両手にアイラブユーのジェスチャーを作りながらコエンマがこちらに向かってくる。クッソキモイなねぇわ。と思いつつも、「コエンマ」と、キリスコは声を掛けた。

「昨日の神様の話どうすんのよ?」

「なにが?」

「なにがって、今週末に結婚式やるって」

「別にいいんじゃね?ロックじゃん」


「はぁぁぁぁあ!?」


 クラスの全員がそう叫ぶ中、コエンマは一人「ロック!」と決めポーズをかましていた。


 ☆☆☆


「今日のお昼はなんだろな、わーい!霊界魚のソテーと天界草のおひたしだ!やったやったぁ!」

「アホエル、昨日の晩御飯も霊界魚のソテーと天界草のおひたしって言ってなかった?」

「そうだけど?」

 こいつやはり天才か。

「キリスコのおかずは~!やった!今日はぁ・・・これなぁに?」

「幽霊イカの一夜干しとリザードマンの炙り焼きよ」

「おいしそう!」

 お昼休み、キリスコとアホエルはいつもの様に中庭のベンチでご飯を食べる。キリスコ家は二人家族なので、忙しいオカマに変わってキリスコがお弁当を担当している。ケンカをしていた今日でも作る。なんて良い子なのだろう!わたしがお嫁さんになったら絶対良妻になるわ。と、キリスコはいつものように自画自賛。そして、奥ゆかしくもアホエルと同じものを食べる為に自分のお弁当とは別に『おかず箱』も持ってくる。アホエルのアホを優しく見守りながら、楽しくご飯を食べる至福の時間。のはずなのだが、今日はいささかそういう訳にはいかなかった。

「今日は中庭大人気だねぇ。みんなたくさんだね」

「違うのよアホエル。これは違うの」

「なにが違うの?」

 スプーンをくわえながらアホエルがくいっと首をかしげる。アホエルのこういった可愛さがキリスコにはどストラーイク!アウト!アウト!アウトォォォォ!!

「アホエルあなたは可愛いわ。とんでもなく可愛いわ。けどね」

「けど?」

「お前らぁぁぁぁ! ゆっくり飯ぐらい食わせろ!!!」

 元々キリストの娘だということで校内の認知度は高かった。が、昨日のニュースである。休み時間毎に、大勢の生徒が教室の前でキリスコの様子を見に来たのだ。幼少期に登下校を一緒にしていた下級生なんかは「キリスコさ~ん」といってキリスコを呼び、色々と質問をしてきたのだが、その会話の一言一句を逃さん!っといった具合に野次馬共は耳を澄ます。あんまりにも堂々と盗み聞きをされるので、「あの、野次馬しないでくれませんか」とキリスコが勇気を出して言っても、「呼びました?」「え?」「いま野次馬って」「はい、そうですけど」「僕、ヤジウマっていうんです」にっこりと笑ったヤジウマくんに、キリストはぶっ殺すぞと思った。まあ、言わないけど。

 そんなこんなで埒が明かないと判断したキリスコはだんまりを決め込んだ。しかし、それでも野次馬はキリスコを放っておかない。キリスコとアホエルが座っているベンチの半径三メートル位を円にして、どこから持って持ってきたのか分からないブルーシートを敷いている輩もいる。

「あのさ、私たち今ご飯食べてんの!ちょっとぐらい放っておいてくんないかな!」そう言っても白を切る野次馬共に、キリスコの怒りは募る。

「いい加減にして!ゆっくりしたいの!ご飯食べたいの!わたしの事は放っておいてよ!・・・・もういい、アホエル、違うとこでご飯食べよ」と、食べかけのお弁当をたたもうとするキリスコ。アホエルは「なんで?」と言っているが、もう我慢の限界である。こんな場所、早く去りたい。

「ロック、ロックロック!!」ちょっと、ちょっとちょっと!みたいなリズムで群衆の向こう側から声がする。

「ロック、ロック、ロック!キリスコ!ロックじゃねぇよ!」

 どこから湧いてきたのか、コエンマがラブエルと一緒に群衆を掻き分けながらキリスコの元に近付いてくる。ごめんなベイビーだとか、うすら寒いわ。

「キリスコ、そりゃあお前ロックじゃねぇよ」

「ロックじゃないわよ」ラブエルもコエンマに追従する。

 お前らいたのかよ、ってかラブエルなんでまたくっついてんだよ。お前今朝泡吹いてぶっ倒れただろ「こーちゃん、こーちゃん」っていいながらなんか足がウィンウィンしてたじゃん。と、心の中で突っ込むも、面倒なので無視してお弁当をしまおうとするキリスコ。が、コエンマは構わず話し掛けてくる。

「キリスコ、お前のロックは何なんだよ」

 意味がわからない。

「キリスコ、お前のロックはなんだ?」 

 ロックロックうるせぇ。

「ロック!!」

 と、コエンマの顔がキリスコの眼前にいきなりくる。

「ロック!!」

 ラブエルもコエンマに習いキリスコに顔を近づける。

 いい加減にしろこの野郎。キリスコの中で何かが弾けた。

 ロックロック言いやがって意味が分からないしなんでわたしがこんなに悩んでんのにお前はそんななんだよ。今週末に結婚?いや無理だろこんなバカ無理過ぎんだろもうダメだダメだダメだダメだ「ダメだぁぁぁぁ!!」としまいかけのお弁当をコエンマの顔面にぶちかます!舞うおかず!踊る白米!

「この腐れロック野郎!!」 

「こめぇ!」と、コエンマが叫ぶ! 

「こーちゃん!」

「うるせぇ!」と、はあはあ息を切らしながらキリスコは、ラブエルにおかず箱をぶちかます!

「こめぇ!」

「こめぇ!」隣にいたアホエルも何故かリアクションをとる!

「おかずだこの野郎!」びくんとするアホエル!

 キリスコの荒い鼻息がふーふー言っている。そうとうのお冠である。

 野次馬共は静まり返り、ロック馬鹿共は動かない。

「あんたら」キリスコが低くて棘のある声で刺す。

「これ以上わたしの周りをうろついたら」ごくり。と息をのむ野次馬共。

「お弁当箱じゃすまさねぇからな!」

 キリスコはそう言い放つと、ロック馬鹿共の顔面にへばりついているお弁当箱を丁寧に手の平に収めた。

「さあアホエル、違うところでご飯食べよう」

「こめぇ!」

「そうねぇこめぇねぇ」と言い、キリスコ達はどこか他の場所へ消えて行った。野次馬共はキリスコに関わるのはよした方が良いと深く思うと共に、もう食べるご飯なくね?と思った。

 

  ☆☆☆


 「お二人さん、どうにかしてキリスコとの結婚をやめさせられないかな」六時間目のチャイムがなり、夕日に染まる教室。子鬼のキス魔、オニキスがコエンマとラブエルを呼び止めた。

 お昼休みの一軒は瞬く間に校内に広がり、「これ以上、結婚の件についてキリスコに関わるな」という極秘任務が生徒会から全校生徒に発布された。お昼のキリスコたちのやり取りを教室から見ていたオニキスは、そんなの俺の愛には関係ないね。と言わんばかりにキリスコに話し掛けた。が、すぐに殴られるのである。キリスコは本当にすぐに殴る。これはいつも以上にヤバイ、だけどご褒美だな有り難いな。などと最初は思っていたが、本当に嫌そうにキスを避け続けたこと、そして、先ほどアホエルとそそくさと帰るまで、ずっとだんまり俯いていたことに、事の重大さを感じ始めていた。テレビで見たことだからあまり実感がなかったのだろう。だけど、本当にキリスコが結婚してしまうのか。と思うと、どうにかして止めないと、と思い始めていた。

「こーちゃんはロックだから、別にキリスコと結婚しても良いって言ってんだよ?」ラブエルの語尾上がり&上目づかいをちょっと可愛いと思ったが、オニキスはいつになく真剣な眼差しで返す。

「結婚したらコエンマと別れるんだぞ」

 もっともな質問をしたオニキスだったが、ラブエルの口から想像もつかない言葉が出た。

「別れても、わたしはロックなこーちゃんが好き。こーちゃんが結婚してもわたしはこーちゃんのこと愛してる」

 オニキスは、驚きを隠せなかった。ちょっと待てラブエル、お前は本気でそれを言っているのか「それで、ラブエルは平気なのか?」

「わたしも、ロックだから。そんなこーちゃんに似合う女になりたい」そう言ったラブエルの目は少し潤んでいる様に見える。

「でも、今朝は神様に刃向うって、みんなも盛り上がってたじゃん」

「こーちゃんのロックが、一番ロックなの」

 なんだそれは?と思いつつも「本当にそれでいいのか?」と、今度はコエンマに問う。

「あぁ、それが俺のロックだ」

 何を言っているのか分からない。

 だけど、オニキスが思う事、それはただ一つ。「それが、コエンマのロック?だとして、キリスコは嫌がってんじゃん」

 オニキスの一番の関心事は、惚れた女のことである。無理矢理結婚させられてしまう、キリスコの未来である。キリスコがあんなに落ち込んでいる姿を、オニキスは今まで見たことがない。

「ロックじゃないんだよあいつは」コエンマが口を開く。「ロックじゃねぇからわからねぇんだ」

「どういうことだ?」

「あいつは、ことの重大さがわかってない。なんで俺たちが結婚しなくちゃならねぇのか、それに、自分がキリスト様の子供だってことも全然理解していない」

「俺にも分かるように説明してくれよ」

 オニキスの、本心だった。


 ☆☆☆


 キリスコがアホエルと一緒に帰り道を歩く。登校する時も暗い気持ちだったが、今ほどではない。足取りはぼてぼてと重く、隣にいるアホエルも心配そうである。

「キリスコ!」

「ん?」

「頑張って!」

「なにを? 頑張れないよ」

 心細く、か弱い声で返すキリスコ。今日の出来事でとても疲れていたし、『神様の言った事は絶対』という父キリストの言葉が、あんなクソロック野郎と共に過ごしていくという未来が、とても重く、胸が苦しくなる。

「ラブエルとキリスコが交換すればいいんだよ!」腕を真っ直ぐに伸ばし、両手ををぐっと握ったアホエルが、急に口を開いた。

「どういうこと?」

「えっと・・・ラブエルがコエンマを好きな気持ちをキリスコに入れちゃえばいいんだよ。そうしたら、キリスコ嫌じゃないよ?」

 アホエル、何を言っているのかわからないわ。

 うーんと、キリスコは考える。そして、ひらめく。

「それは、わたしの心とラブエルの心を入れ替えるって事?」

 アホエルが自分の言っている事を理解していないようなので、ゆっくりと、ジェスチャーを含めてもう一度伝えなおしたキリスコ。すると「違うよキリスコ!ラブエルがコエンマを好きな気持ちを、キリスコに入れちゃえばいいんだよ!」

 アホエル、何を言っているのかわからないわ。

 えーっと、ラブエルがコエンマを好きな気持ちを、わたしに入れちゃうんだから・・・「わたしが、コエンマの事を好きになればいいってこと?」

「うん!」わかりずれぇよ。それに「それは無理よアホエル。わたし、あんなクソロック野郎のことなんて一マイクロミクロンほども好きじゃないもの。リザードマンの炙り焼きの方が全然好きよ」

「リザードマンおいしいもんね」

「えぇ」

「キリスコは好きな人いるの?」

「ふぇ?」と思わず口から漏れる。唐突だよアホエル。だけど。と、キリスコは考える。そういえばわたし好きな人なんていたっけ?そもそも好きな人って?アホエ・・・?いや、わたしはアホエルの事好きだけど、きっとラブエルみたいな感じのだよな。わたしは料理も出来るし掃除とかもするし、素晴らしい妻になるのは想像つく。今あのオカマにやっていることをすれば大丈夫のはずだ。だけどなんだ。どんな気持ちだ?ん?そもそも、結婚ってなんだ?

「キリスコ?」

 アホエルが心配そうにキリスコを見詰める。

「あぁ、ごめん。なんか色々考えちゃって」

「なにを?」

「いや、結婚について」ちょっと恥ずかしそうにキリスコは言う。

「結婚のこと?」

「そう、結婚のこと」

 キリスコは、目を伏せて、アヒルみたいなおちょぼ口にして髪をいじる。アホエルは少しのあいだ考えて、こう言った。「結婚わね!きっと楽しいよ」

「楽しい?」

「きっと楽しいよ!うちのパパとママ楽しそうだよ!愛してるっていつも言ってるよ!」わからない。全然わからない。「わからないわアホエル」

「コエンマとの結婚もきっと楽しいよ!」

 はっと、キリスコは息をのむ。コエンマとのけっこ「ねえよ」思い描くまでもなくねぇよ。「アホエル、コエンマとの結婚は楽しくならないわ」

「どうして?」

「愛してるなんて絶対思わないし言わないもの」

「そうかなぁ」

「そうよ。アホエルの両親が素敵なだけよ」

 小さい頃から家にはあのオカマしかいなくて、霊界学校に行くまではオカマの職場で天使のおばちゃんたちと話しをして勉強していただけ。『愛してる』なんていう両親の姿をキリスコは見たことがない。むしろ、母親が誰かを知らない。


 ☆☆☆


 何かにつけてロックロックと言うコエンマの話は、オニキスの理解力の前にはろっくに入ってこない。オニキスに出来ることは、「なんでキリスコとコエンマが結婚『しなくちゃ』ならないの?」と、今聴いたことを確認するぐらいだった。

「神様の命令だからだ」きっぱりと、コエンマが言う。

「そりゃ神様の命令だけど」威勢の無いオニキス。

「オニキス、神様がなんの意味もない命令を下すと思うか?」

「さぁ、どうなんだろう?」

 いつもとは違った顔を見せるコエンマに、戸惑いを感じながらオニキスは答える。神様の考えなど分かるはずもない。

「神様は、霊界全体・人間界全体を統括なさっているお方だ。その神様が命令してるんだ。それだけの意味があることなんだ。そして、事実として天国と地獄は仲が悪い」

 そうなの!?とオニキス。

「そうだ。うちの母ちゃん、いや、閻魔大王様とキリスト様は仲が悪いらしい。なんでも、領土がどうだとか、昇ってくる人間の数がどうだとかそんなことをよくお役人さんと話してる」

「だけど、俺たちは仲良くやってんじゃん」

 オニキスの疑問はもっともだった。目の前で、固く手をつなぎ合っているコエンマとラブエル。地獄側と天国側の者である。他のクラスメイトを見渡しても地獄側と天国側という理由でケンカもしないし、みんな平等に仲良くしている。

「俺たちが大人になったら、天国と地獄に振り分けられる。そしてそうなったら、仕事が忙しくてお互いの交流はほぼなくなるだろう。きっとそこが問題なんだと思う。考えても見ろ、俺たちの親で、異種族同士で結婚している奴なんていないだろ」

 確かに、オニキスの親は両方とも鬼種族だ。そもそも、ここに通うようになる時まで、天国側の者と会ったこともない。

「それで、神様は俺とキリスコを結婚させるようにしたんじゃないかな。地獄と天国の交流を創るために」

 ややこしい話だ。とオニキスは思った。自分が思っていたよりも霊界は随分入り組んでいる。そして、話が大きすぎてよくわからない。だけど「キリスコは、嫌がってんじゃん」

 そう。これだけ。

「そこがこーちゃんのロックとは違うの」

 今まで話を聴くだけだったラブエルが口を開いた。

「こーちゃんのロックは、霊界へのロックなの。こーちゃんは、霊界の事を考えて結婚することにしたんだって」

「霊界の事を考えて?」

「仲良くさせるため。立派な霊界にするんだって」ラブエルの声は、震えていた。

 こいつそこまで考えてたのか。とオニキスは思う。閻魔大王の子供だからって、そんなことまで考えないといけないのか、俺と同い年なのに、霊界の事を考えてるのか。

「コエンマ」

「なんだ」

「お前、ラブエルの事好きじゃないのか」当然の質問だった。

「好きだよ」コエンマは優しくも儚げな声で答える。

 ラブエルは、コエンマの隣で一筋の涙を流した。二人を繋ぐ手は、硬く結ばれている。

「だったら」

「オニキス」

「ん?」

「ロックって何だと思う?」  

「・・・さぁ、考えたことないな」

「俺はさ、ロックっていうのは『愛』だと思うんだ」

「愛?」

「そう、愛だ」

 愛ってなんだ。ロックが愛?意味が分からない。

「わからないのか?お前だってロックしてんじゃん」

「俺が、ロックしてる?」

「キリスコ」

「キリスコ?」

「キリスコの事をどうにかしたいんだろ?」

「どうにかしたいっていうか、俺はキリスコの悲しい姿を見たくないんだ。嫌々結婚させるなんてかわいそうだろ」

「それがお前のロック。そして、俺のロックは霊界全部へのロック。そういう事だ」

 それじゃあな。と言って、コエンマとラブエルは教室から出ようとした。ちょっと待てよ、とオニキスが呼び止めたが、「また明日な」とコエンマとラブエルは去って行った。二人が繋いだ手がやたらと印象的にオニキスの目には映った。

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