第4話 辺境星系における消滅した民族と、帝大の学生の特徴

「俺が『エイピイ』に入ったのは、シニア・ハイを卒業してすぐだから、十八の頃だ」


 爆発したランドカーから、少し離れた所に座り込む。水を詰め込んであったはずなのに、取り出せなかったのが残念だった。


「私とそう変わらない頃だったんですね」


 バーディはそう言って、まじまじとジャイティスを見た。まるでそんな時期があったとは信じられない、と言いたそうな顔だった。


「俺にだって、若い頃くらいある」

「今だって、お若いですよ」


 謙遜という言葉を知らんのか、と彼はバーディの頭をこん、と上から軽くげんこつで殴る。

 頭を押さえて、痛いじゃないですか、と言われても、それはあえて無視する。


「最初、フランフランで研修を受けた時、もう言われたな。当時の新人担当に『お前みたいな体力しか無い馬鹿は、一生辺境回りだな』と」

「あ、私も言われましたよ。『君は何で頭はいいのに、そうとろいんだ、一生辺境回りだぞ』って。泣かれちゃいました」


 やっぱりな、と彼は思う。


「で、お前はそれで奮起した、とでも言うのか?」

「いいえ、『あ、ラッキー♪と思いました」


 お前もか、と彼は頭を抱えた。


「だって、元々その『辺境』を回りたいからこそ、一つの会社でこんなにたくさんの星系に営業所のある『エイピイ』を選んだんです。一応うちの大学って、求人票沢山来るんです。で、幾つか私にも声がかかったんですが」


 それはそうだろう、と彼は思う。何せ帝大で、スキップしまくりの秀才だ。その専門関係だったら、引きも数多だろう。


「でもだいたいそういう所って、帝都本星とか、本星付近とか、そんな所の研究所勤めばかりで、私のしたいことじゃないなー、と思ったんです」

「ふーん」

「だから、『エイピイ』には、私、自分で試験受けに行ったんです。うちの学校に求人票なかったから」

「何だと?」

「何ででしょうね? 変ですよねー」


 …しかしその理由は簡単だ、と彼は思う。だいたいそこまで高学歴の奴を引いてくる場合、下手すると帝大に寄付金が必要な場合もあるのだ。


「…やっぱりケチったな、上の連中…」

「何ですか?」

「何でもねえ。ともかく、だ。それでお前はあっさり入った、ということだな」

「はい。何か履歴書だけで、一発OKとなりまして。ラッキーでした」


 それはそうだろう、と彼は思う。

 喉から手が出る程欲しい帝大の、しかも院まで行ってる奴が、わさわざ自分からやって来たのだ。

 本当にそこの学生だったか、ということは、学校側に照会を取ればすぐ済むことだ。


「だがお前の場合は、面接もしておくべきだった、と言われたろ?」


 ジャスティスはにやり、と笑った。


「そうです! 何で判りましたか?」


 判らいでか、と彼は初めて彼女に向かって苦笑した。


「所長は、それで最初から辺境に行かれたんですか?」

「そうだな。まずはコルデバラン星系だった」

「コルデバラン、というと、本当に辺境ですね。確かあの座標は、星系そのものが少なかったんではありませんか?」

「ああ。だがまあ街そのものは、割とあったな。あそこは確かに、星系は少ねえが、超空間航行(ハイジャンプ)しやすい星域でもあるんでな、結構辺境と言っても都会な方だ」

「へえ…」


 彼女は感心したように上司を見た。


「だがなバーディ、俺の行く前、それこそ昔はもっと栄えていた、と俺はその地の当時の所長から聞いたんだぜ」

「もっと栄えていた?」

「このアリゾナもそうだろう? 主要都市なんぞ、本当に指で数えられる程しかない。それが『辺境』の特徴だ。だがコルデバラン星系のミラと言う惑星… 俺が行ったのは、そこなんだが、以前は、そこは住むための惑星じゃなかったんだ」

「住むための惑星じゃ…?」


 彼女は眉を寄せた。


「お前が行きたがっているレーゲンボーゲンもそうだがよ、時々惑星が連星になってるとこや、一つの星系内に居住可能惑星が複数存在する所もある。まあでも、そういう場合、大概、住み難い方を農業惑星や鉱物の算出惑星にして、もう片方を居住惑星にするものだがな、コルデバランも、そういう星系だったらしい」

「…と、言いますと?」

「片方の惑星が、吹っ飛ばれた、と俺は聞いた。戦争の際に」


 え、と彼女は声を立てた。


「ミラとリアルという惑星があった。リアルの方に戦争の頃までは、人間が沢山住んでいた。それこそ辺境で、物資はもう一つの惑星に沢山あるから、まあ結構落ち着いて栄えていたらしい。…だけど、ただ一つ問題があったらしいな」

「問題、ですか」

「リアルに住んでる連中が、希少民族だったんだよ」

「希少民族? …と言いますと、戦争中に絶滅した、って言われてる…あの種族のことですよね」

「ああ。お前と違って俺はいちいち暗記しやしねえから、それをいちいち列挙できねえが、そこだけは覚えている。VV種、っていう簡単な名だったからな」

「VV種は… 確か、何でも身体免疫作用がもの凄く強い種族だった、って聞いてます」

「詳しそうだな」

「一応、そういうのが好きな友人も、学校には結構居ましたから」


 なるほど、と彼は思う。

 そう言えば、帝大というのは、お膝元にありながら、反帝国組織のシンパも結構入り込んでいると彼は聞いていた。

 一般臣民に知らされない知識をも知り得てしまっているからだろうか。その可能性は高かった。


「なるほどな。身体免疫作用、か。…だったら惑星ごと破壊された、という理由も予想がつく。ミラの連中は、リアル自体が汚れているから浄化されてしまった、とか言ってやがった」

「つまり、リアルには『普通の人間には』危険な細菌やウイルスが蔓延していて、…VV種だから生きていられる、ということですか? だから、惑星があっては、いけないと?」

「らしいな」


 そんな、とバーディは口を押さえた。


「でも、ミラの方にもVV種の人たちは居たんじゃないですか?」

「居たな。それも、当時ミラで鉱山の開発とかに出稼ぎに来ていた連中の監督としてな。連中はミラでは特権階級にあったと言ってもいい」

「でも」

「だから、そこで反乱が起きてしまった。労働者が特権階級を襲った。ま、革命と言ってもいいな。古い言葉を使えば」

「反乱… 革命ですか」

「どういう訳か、それは上手く行った。いや、単純に多勢に無勢だからな。武器さえあれば、そんなことは簡単だろう」


 そうですね、と彼女は厳しい目でうなづいた。


「それでVV種の連中は、殺されるか、捕まるか、とにかくミラから――― コルデバラン星系からは一掃された」

「捕まる…って?」

「だから、判るだろう?」


 まさか、と彼女はぶる、と肩を震わせた。


「やっぱり、それも」


 現在の正規軍なのか、という言葉は彼女の口からは出なかった。


「まあ、俺も現地のじじいあたりからの股聞きだからな。そのじじいも、そのまたじじいから聞いてるくらいのことだ。本当のことは、結局判らん」


 言いながら、彼は岩場に背をもたれさせた。


「ただそれは、あくまで例だが、そういうことは、俺が行った辺境で結構聞かれたことだ」

「あちこちで、ですか」

「奴等は戦争の頃、難癖をつけて、あちこちを焼き払った。そして辺境になった惑星、という奴が結構あるってことだ」

「所長は… あの方々に対しては、敬語は使われないんですね」

「俺は基本的には、敬語って奴は嫌いだ」


 葉巻を取った手を、高くかざす。


「俺だって、連中が素晴らしい存在だ、と思ったこともあったさ。一応、それなりに文化の整った惑星系で普通の教育を受ければ、そういうことにはなる。だがどうだ?」


 喋りすぎているな、と彼はふと思う。だが止まらない。

 止まらないのだ。


「俺は逆に、シニア・ハイでろくすっぽ勉強しなかった自分に感謝したぜ」

「ベースボールばかりなさってたのでしょう?」

「おお、そうだ」


 覚えたじゃねえか、と彼は言う。


「そういう意味では、私はずっと、その教育の中にどっぶり浸かっていたってことになりますよね」

「まあそうだな」


 彼はあっさりとそれを肯定する。


「ただ帝大は、違うんです」

「違う?」

「はい。その私が好きな… レーゲンボーゲンに居るらしいという地学者の方もそうなんですが、どんな星系のどんな学校出身だったとしても、まず帝大では、がつんと一発、カルチュア・ショックを味わうんです」

「カルチュアショック?」

「はい」


 彼女の目が真剣になる。


「これは私も、学校関係の人には誰にも言ったことは無いんですが」


 おう、とジャスティスはうなづく。やはり彼女の表情にも他言無用、の文字が浮かんでいた。


「帝大ではまず、それまでの『常識』を捨てさせられるんです。皇族や血族の方々をまず、『人間』として認識させられるんです」

「…」

「所長はどう思われます?」

「…意識したことが、無かったぜ」


 そもそも、帝都も皇室も遠い存在すぎた。


「だけどまず、帝立大学に入ることができる教育を受けることができる場所の学生、というのは、皇族、天使種が『人間より素晴らしいもの』『神の領域のもの』というすり込みがされていることが多いんです」


 彼女はそして一息つくと、こう付け加えた。


「私も、そうでした」

「おい…」

「でも私はスキップしていて、まだ周囲より若かったから、すり込みも早く抜けたんです。帝大の平均卒業時期に幅があるのは、結構それと関係があります。そのすり込みが抜けない限り、学問的には、前に進めないんです」


 ううむ、とジャスティスはうめいた。


「そんなに、そのすり込みって奴はきついモノなのか?」

「学問を追究する上には、かなりの障害になります」


 表情がやや歪む。


「だが、何かいまいち解せんな…」


 ジャスティスはつぶやく。え、と彼女は顔を上げた。


「ってことは、基本的には帝大卒の奴ってのは、帝都政府にとって、危険思想の人間達ってことだろう? 何だってそれを散らばせておいて平気なんだ?」

「…あ、そう言えば、そうですね…」

「お前は何とも思わなかったのか?」


 呆れた様に、彼は声を張り上げた。


「…私、自分の勉強や研究テーマで精一杯でしたから…」


 なるほどな、と彼は苦笑した。


「確かに、そんな学問バカばかりだったら、危険もへったくれもないかもな…」


 それに、考えてみれば、自分の様に大してロクに勉強もしなかった奴とか、辺境で、勉強もへったくれもなかったような者には、果たしてどの程度、帝都に居る「皇族」だの「血族」だのに対する認識があるのだか。


「あ、でも学科によっては、何か色んなポリシーの人々が居たようですよ。音楽科とか、結構、反帝国組織のひとが入り込んでる、って噂もありましたし… 立て看板もありましたし…」


 何となく、彼はそれ以上聞く気を無くした。やっぱり別次元の話だ。

 ジャスティスは基本的にノンポリだった。

 と言うより、自分自身の中にある「正義」の基準に忠実であろうとした。

 モラルも常識も、所変われば物変わる、のだ。あちこちの場所を飛び回っていると、そう思わざるを得ない。だから、それはそれとして客観的に見るために、自分自身の「正義」の基準が必要だったのだ。

 もっとも、その基準そのものは、誰にも口にしたことはない。口にしたところで仕方が無い、と思っている。自分一人が知っていればいいことなのだ。

 大切なことは、自分の中で決めなくてはならない。人に指示されるのでもなく、状況に流されるのでもなく、ただ現在の状況を見て、最善の方法を。もしくは自分が納得行く方法を。


「…まあ当面の問題は、この先どう進むか、だな」


 はい、とバーディはうなづく。


「装備をもっとしてくれば良かった、などと言っても始まらん。どうせして来ていたとしても、あのザマじゃ、持ってきた装備も全部イカレたな」

「そうですね。せめて、水タンクだけでも生きていれば良かったんですが」

「おまけに磁石も時間もきかん… 地図はあっても、戻るにも戻れない、か」

「所長は、どうなさいますか?」

「お前はどうしたいんだ?」

「私は、もちろん進みたいです」


 この女は、そう言うだろう。彼の思った通りだった。


「ここまで来てしまったし、妨害ももう受けてしまってるんです。まだ生きてるだけ上等でしょう? だったら毒食わば皿までです!」

「無謀な奴だな」

「生まれつきです」

「じゃあ、意見は合った様だな」


 彼はにやり、と笑うと立ち上がった。



 あーあ、と彼はかつん、と靴の裏をかち合わせながら、後頭部をひっかく。


「せっかく警告してやったのに、まだあいつら、進むのかよ…」


 見下ろす視界には、二人の男女がとうとう入ってきていた。

 いつもだったら、もっと前でエレカを破壊したり、竜巻やかまいたちを起こしてやれば、大概の奴は、それで震え上がって帰ってしまうというのに。


「何だよあいつらは…」


 初顔の連中だった。

 それでもまあ、今までよりは、ずいぶん退屈しのぎにはなる、と彼は思った。

 レッドリバー・バレーは彼の住処だった。

 荒らされてはたまらない、と思う。

 でもその一方で、荒らして欲しい、とも彼は何となく思ってる。

 そんな自分の矛盾した欲望が、年を追うごとに、何となく、胸の中でむずむずした気分で膨れ上がってきているのを彼は感じ取っていた。

 むずむずむず。胸の中で、くすぐったい。


 さて俺は、一体どっちが本心なのかなあ。


 彼は時々思う。でも答えなんて、出ない。

 自分の考えてることなんて、さっぱり判らない。


 やっぱり荒らされたいのかなあ。


 そう思う自分が不思議に思える一方、そう思えなかったりもする。


 ただ、荒らされるにしても、なまじな奴に荒らされたくなんか、ない。自分にとって、荒らされてもいい、と思える奴じゃなくてはやだ。


 それが彼の偽らざる気持ちだった。

 レッドリバー・バレーは彼にとって、守りたい場所だ。守るべき場所なのだ。綺麗な綺麗な、真っ赤な谷。

 河は無いけれど、レッドリバー・バレー。

 …彼がまだ子供だった頃には、河があった、谷。赤くなかった、谷。

 だから。だけど。

 片足を抱え込んで、足元の二人に目をやる。

 それにしても、何ってえでこぼこなコンビだ。

 片方は、銀に近いブロンドの、ガタイのでかい男。煙草を吸ってる。葉巻らしい。武器は持ってるだろうか。着ているジャンパーの形が何となく怪しいが、さすがにそこからでは彼の目が幾ら良くても、上手く判らない。

 女の方は…細っこく、まだ若い。男の方と一回りくらい差があるんじゃないか、と彼は見る。やっぱり男と似た系統のジャンパーを着て、ついつい早足になってしまう相方の後を、一生懸命付いて行っている。

 確か。記憶をたどる。女の方は、以前彼も何度か見たことがあった。街の方で、だ。

 彼とて、全く街に出ない訳ではない。肉だけでは栄養が偏るのだ。

 一生懸命、たまには、街のとある店で食事をしていたら、窓の外で長いこと話し込んでいた女。

 何処かの会社の女の子ときゃらきゃら笑っていたから、事務でもやってるのかと思ったら、こんな処に来る奴とは。

 女の子には、優しくするんだよ、とあのひとは言った。さてどうするべきか。

 言った当人がかつて女の子、だったことがあったのか、やや彼には疑問だったので。

 でも性別は確かに女だった。自分を産んだのだから。

 だけど「女の子」という言葉とは無縁に感じた。

 何故なら彼女は―――

 さて。

 彼は立ち上がる。


 もう少し連中を脅かしてやるか。


 ふっ、と片手を上げる。すると、そこに炎がさっ、と生まれた。透明な、流れる様な炎。

 それをさっと振りまいて。


 さて連中はどうするだろう?

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