第17.5話 私の名前は黄山玖瑠未。

私の名前は黄山玖瑠未。

素の私は一人称をくるみと言ったのだが、ある日を境に辞めた。

私は今高校一年生だが、これまで心の底から友達と呼べる存在は出来なかった。

私がみんなを避けたから。

正確に言えば、避けるしかなかった。


どうやら私は、あざとく、ぶりっ子らしい。

私自身、そんなつもりは全くなく、男子受けがいいからこうしてるなんてことは微塵も考えてなかった。

人見知りせず、どんな人とも話すことができて、一人ぼっちになってた子に話に行ったりもした。哀れだからとかじゃなく、一人よりも大勢ですごす方が楽しいよと教えてあげたかった。

たくさん私には友達がいると思ってた。

でも、それはどうやら私の勘違いだったようだ。


中学二年生。私の人生のターニングポイント。

私はこの頃、よく告白をされていた。

私には好きな人はいなかったし、中途半端な気持ちで付き合いたくもないので全てお断りしていた。

中地半端な気持ちは相手を傷つけると思ってたから。


夏のおわり。2学期の始業式。私は校庭に呼び出された。

『伝えたいことがある。』そう書いてあった手紙が朝、私の下駄箱の中にあった。

相手はサッカー部の不動のエースらしく、学校一の美少年。

彼のことを好きな女子は数えきれないくらいいて、実際私の周りにもいた。

校庭のど真ん中。

学校一の美少年が女子を校庭に呼び出す。

誰も注目しないわけがなかった。

校庭は全教室から見ることができて、ほぼ全生徒は私とその男子の様子を教室から見ていた。

「黄山さん!ずっと前から好きでした!俺と付き合ってください!」

大きな声。教室にいるみんなにも聞こえていたのだろう。

大騒ぎしている声が私の耳によく届いた。

「えっと、ごめんなさい。」

私は断った。やっぱり好きじゃない人と付き合うのは嫌だから。

その日から、その瞬間から、私の人生は大きく変わった。


まだHRが残っていたため教室に戻った。

教室に入ろうとしたとき、私はいきなり女子20人くらいに取り囲まれた。

知らない人もいたし、知ってる人、友達と思ってた人もいた。

「ねえあんた!なんで告白断ったの!?」

いきなり怒鳴られる。初対面の子に。

「えっと、好きじゃなかったから・・・?」

「はあ!?あんたレベルの子にあの学校一のイケメンが告白したんだよ?何様なのあんた!!」

さらに追い打ち。

「だいたいお前、色んな男子に媚び売りすぎなんだよ!好きな人がお前と楽しそうに話してるの見るといらいらするし、傷つくの!好きでもない男子に近寄んな!」

そっか、分かった。この子たちはきっとあの男子のことが好きだったんだ。

あの男子だけじゃない。私が振った男子を想ってた人も何人かいるのだろう。

そして私の心をえぐったのは友達だと思ってた子からの言葉だった。

「てか、私、あんたと一緒にいたの、あの人に近づけるかと思ってたからなんだよね。振っちゃたらもうあの人もあんたには近づかないでしょうね。だから、分かるよね?もう近寄んないし、逆に近づかないで。あの人にあんな思いさせるとか許せない。」

「えっ・・・?」

衝撃だった。怒りとか驚きとか悲しみとか、そんな感情は何も沸いてこなかった。

無だ。頭が真っ白になった。


私は男子とも仲が良かった。

だから私の周りにいる子は、その好きな男子に近づくために私を利用してるのかもしれない。私は、黄山玖瑠未はただの道具として見られてるのかもしれない。

そう思うと怖くなった。人を信じれなくなった。

あの子も、あの子も、私が目的じゃないんだろうか?

もうわからなくなった。

私が男子からの告白を断ることで、その男子が好きな女子が傷つくこともある。

ならもう誰とも関わらなければいい。

そうすれば傷つくのは、私だけで済む。


次の日から私は人を避け続けた。

朝はギリギリに登校し帰りはHR後すぐ下校。

休み時間は人気のないところをぶらぶらしてつぶしたし、ペアワークのときは寝てるふりをして参加しなかった。

1週間もすれば私に近づく人間はいなくなった。

自ら人を避けたくせに、心が痛くなった。

心のどこかで期待してたんだと思う。

こういう時にこそ寄り添って手を差し伸べてくれる人を、心から友達と呼べる人を。

そのまま時は進み、卒業、高校進学。

高校生になっても私は人を避け続けた。

まだ怖かったから。


休み時間を同じようにブラブラつぶしていた時、ある人に会った。

その人は背が高くて、かっこいいけどどこか残念な感じもして。

いつも人とすれ違う時は、ずっと下を見て目なんて合わせない。

今回もそうやってやり過ごそう。

「すみませーん。」

あれ、何で声掛けたんだ私。

その人が図書室のカギを持ってるのを見ると、図書室に案内してほしいなんて思ってもないことを口が勝手に動く。

なんだか、その人に触れてみたくなっちゃって。

気づけば腕にしがみついている。

ダメ。こんなことしたらまた嫌われる。人を傷つけしまう。

でも、なぜかとても安心する。

なんて考えてると、誰かに邪魔をされる。

白髪のボブヘアで、身長は低いけどしっかり出るとこ出てて、というか胸に関しては出すぎで、何よりすごくかわいい。

そしてすぐわかった。この子はこの人のことが好きなんだなって。

私がこの人と関わるのはこの昼休みで終わりにしよう。

今度はこの子を傷つけてしまうかもしれない。

もう傷つきたくないし、誰も傷つけたくないから。


でも、そう思うようにはいかなかった。

図書室でその人からもらった言葉は、とても暖かくて、嬉しくて。

とてもドキドキもした。なぜかそこから、その人の顔を見てるだけで、声を聴くだけで、鼓動が早くなった。


距離を置かなきゃという気持ちとは裏腹に、気づけば彼のところに足を運んでた。

寂しかったら来てもいいよって言ってくれたから。

私からじゃなくて、向こうから提案してくれたから。


そしてもう一人、彼を想っている人がいるようだった。

赤毛で元気がよくて、いつも彼の傍にいる。彼女もまた私の何倍も可愛い。

彼とその子が二人でいるところを見てると、二人がまるで夫婦のように見えてきて、そのたびに私の胸はチクチク痛んで、どういう感情なのか、この気持ちを何と呼ぶのかわからなかった。


ある日の放課後、彼に呼び出された。

告白かもなんて期待もしたが、全く無関係だった。

彼は私の友達作りをサポートしたいらしく、早速友達候補を紹介したいのことだった。

相手は黒川綾音。彼の妹。

でもまた彼女も傷つけてしまうかもしれない。

私のあざといらしい性格に怒りを感じるかもしれない。

彼女に嫌われたら、彼にも嫌われてるかもしれない。

それだけは、絶対に嫌だ。

人を避け続け、嫌われても平気だったのに、彼の傍にいたいし、嫌われたくない。

たぶんこの感情は――

そして私は猫を被ることにした。本当の私を隠して彼の妹に、彼に嫌われないように。

「よろしく。」

なるべく私を出さないように。気を遣って。

「玖瑠未ちゃん。ここじゃなんだから、場所変えよっか。」

どういうことだろう。なんでわざわざ場所を?

「え?うん。」

とりあえず頷いて彼女についていった。


理科室。

彼の妹は理科の教師と仲が良く、特別に理科室を貸してもらったらしい。

この空間には二人っきりだ。

「ねえ、玖瑠未ちゃん。猫かぶってるでしょ?」

「え!?」

第一声がそれだった。

何でバレたんだろう。そんなにぎこちなかったのかな。

「あはは、図星みたいだね。もっと素の玖瑠未ちゃんでいいんだよ。」

ダメ。私の素はきっと女子には嫌われる。

「玖瑠未ちゃんはあざとくて、元気いっぱいで、時々好きな人をからかっちゃって、って感じでしょ?」

「なっ!」

ずばずばと言い当てていく。なんなんだこの子。

「私こういうの分かるんだー。なにせ敏感だからね。」

こういうとこ、兄妹っぽい。

「あっ!今、お兄ちゃんと一緒のこと言うって思ったでしょ!全然違うから!お兄ちゃんは敏感レベルは1くらいで――――」

どうやらこの彼の妹は本当に敏感らしい。研ぎ澄まされた敏感、というより、ここまで来ればもはや超能力だ。

「あはは、もうこんだけ当てられたら認めるしかないなぁ・・・」

「うんうん。私の前では嘘はすぐばれるからね!」

「わ、わかった、嘘つかない・・・!」


「じゃあ、嘘つかない玖瑠未ちゃんに聞きます。玖瑠未ちゃんってお兄ちゃんのこと好きなの?」

「えっ・・・」

いきなりすぎる。

でも、嘘ついてもどうせバレるんだろうな。

そして本当は私、この気持ちにはずっと前から気づいてたんだ。

「は、はい。多分、す、好き、かな・・・」

「きゃっ・・・」

「な、なに、綾音ちゃんが照れてるの!!照れるのは私の方だよ。」

「わかってたけど、いざ聞くと恥ずかしくなっちゃって・・・」

「もーっ。」

初めて声に出したけど、私もかなり恥ずかしい。

「ねえ、玖瑠未ちゃん。」

いきなりまじめなトーンに変わる。

「な、なに?」

「猫かぶってた理由、教えて?」

「っ!」

ここまで鋭い人が気づいてないわけなかった。

変な言い訳は絶対にすぐバレる。


話したらどうなるんだろう。

楽になれるんだろうか。それとも、自分の惨めさに、愚かさに改めて傷つくのか。

わからない。だからこそ、怖い。

「えっと・・・」

言葉が見つからない。出てこない。

すると――

ぎゅっ。

「えっ?」

頭を胸に寄せてハグしてくる。そして頭をなでてくる。

「大丈夫だよ、玖瑠未ちゃん。」

優しく、とても優しく話してくれる。

「大丈夫だから話して。私たち、”友達”でしょ?」

あったかくて、落ち着く。

私の欲しかった友達という存在。辛い時、手を差し伸べてくれる存在。

「・・・うんっ。」

「こうやって顔見なければ、お兄ちゃんだと錯覚できるんじゃない?多分、同じ匂いだし。」

そっか。彼女の優しさももちろんあるけど、彼女と彼は兄妹。

一緒の匂いがする。だからさらに安心するんだ。

ホントにこうやって目を閉じてれば、彼のよう―――

むにっ。

「って、全然黒川先輩じゃないよ!このおっぱいガール!!」

「てへぺろ♡」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「もうかくかくしかじかでさ!もうさ!ぶええええええん!!」

「あーよしよーし、辛かったね。よく頑張った。」

何もかもすべて話した。

私が人を信じられないこと、その理由。実はずっと寂しくて、辛くて、毎日傷ついていたこと。

やっぱり彼の妹なんだな。聞き上手でとても話しやすい。

同級生だけどなんだかお姉ちゃんのようだ。

「それで、くるみんはふみちゃんや白谷さんを傷つけるのが怖いんだ。」

「うん・・・。黒川先輩のことは好きだけど、その二人も好きだから・・・」

「じゃあ、いいことを教えてあげよう。」

「いいこと?」

「そう、いいこと。私はお兄ちゃんに恋する人を全力でサポートするから、その二人、ふみちゃんと白谷さんともつながりはちゃんと持ってるんだ。」

「うん。」

「それで、綾音ちゃんは聞きました!ずばり!黄山玖瑠未の事をどう思う!?ってね!」

「なっ!」

気になる。すごく。

「知りたい?」

首を思いっきり縦に振る。知りたい。少し怖いけど。

「じゃあどうぞ。」

LIONのトーク画面。

グループ名「兄に恋する人集まれ!」

個人で聞いたのかと思ったらグループで聞いたのかい。


赤『玖瑠未のこと?あの子は危ない子だよ!気づいたら駿の隣にいて駿にちょっかいかけるし!駿は先輩呼びされてデレデレしてるし!とんでもないのに出会っちゃったって感じ。でも、凄いなって思ってる。あんなに全力でアタックして、駿と触れて、私にはとても出来ないから。だからこそ危険なの!まあ、手強いライバルだけど、それ以前に私たちは友達だからね。もし、玖瑠未が選ばれた時が来ても、私は心の底からおめでとうって伝えると思う。まあ、どうせ駿と結婚するのは私だからそんなこと言う日は来ないけどね!うん、こんな感じかな?あと、おっぱい分けろ。』

白『私も概ね同じ意見。駿くんと間接キスしたときはびっくりしちゃった。玖瑠未は数少ない私の友達の一人で、恋敵。一つふみと違う意見なのは、結婚するのは私だから。』

赤『は?何言ってるの?』

白『何をってそのままの意味で考えて。』

赤『おいこら、表出やがれ』

白『上等。』

――黒川綾音が赤海ふみと白谷陽花里を退会させました。――


ホント馬鹿な先輩たちだ。

「ほんっと、どうしようもない二人だね。」

「うん、そうだね。」

そしてもっと馬鹿なのは私だ。つまらないことで悩んで、気にかけて、そんな必要は全くなかったんだ。

だって私たちは、友達だから。初めてできた友達。

「出逢えて・・・ぐすっ・・・良がっだ、なぁ・・・うっ・・・」

「よしよし、泣き虫だなぁ、くるみんは。」


「もう一ついいことを教えてあげよう!」

「なに?」

「よーくききなはれ。お兄ちゃんはね・・・」

「うん。」

「後輩に駿先輩と呼ばれるのに密かに憧れている!!」

「おお!・・・恥ずかしいけど、やってみる!」

「健闘を祈る・・・!」

どこで手に入れた情報なのかわからないが、試す価値はある。

ここはひとつ頑張りどころだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「しゅ、駿先輩・・・!」

勇気を出した。顔から火が出るほど恥ずかしい。

「あれれ~どうしたのお兄ちゃん?顔真っ赤だけど?」

「は!?赤くねえよ!!と、とにかく帰るぞ!」

私から見てもよくわかる。彼の顔は真っ赤だ。

あやねん、ありがとう。

私の人生のもう一つのターニングポイント。

それはあの日彼に話しかけた日だったんだ。

その日から私の毎日は色づいていった。毎日が楽しくなった。

はじめて彼を見かけて声をかけた理由、今ならわかる。

一目惚れってやつだ。

それと同時に、私を、くるみを幸せにしてくれそうな気がしたから。

そうなんだ。これが恋ってやつなんだ。

これがくるみの初恋。


「駿先輩も、また明日!」

「あ、ああ、また明日、玖瑠未・・・」

「はい!」

赤海先輩、白谷先輩。くるみ、負けませんから!

駿先輩と結婚するのはくるみです!!

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