第5話

 本来は耳栓をして使うものをその場で使った。頭が痛いが、来ると分かっていたことでこちらの方が見当識の回復は早かった。

 もろに閃光と爆音を受け、視覚と聴覚を奪われた子供は、位置と姿勢を判断する力を失い、地面にへたり込んでいる。

 とはいえ、手の銃を離していない者もいるので、容易には近付けない。マガジンが空になってる保証もなければ、粗悪品の銃は連射後の熱で暴発したり、銃身破裂でかなり危険だからだ。まずは、銃を蹴り飛ばし、手錠をかけ――担ぎ上げようとしたが、……蹴られた。くそ、足癖の悪いガキだ。

 足も拘束し……ひと塊にしておくと、手錠を噛んだり、抜け出そうと無茶なことをして怪我をする可能性もある、か。もっとも、鋼鉄製の手錠の鎖は噛んだら歯が折れるような代物だし、手足を千切ってまで逃げるとも思えないが。

 とはいえ、慢心するわけにもいかず、適度に距離を空けて適当に地面に転がす。


 肩に担いだら……噛み付かれるか。健康診断なんて受けてないだろうし、なにを保菌しているか分からないガキの唾液や血液に、おいそれと接触する勇気は俺には無い。

 左右でバランスを取るのに両手で一人ずつ運ぶとして、四往復するしかないか。手間は手間だな。川のボートで待機している回収班を呼んでも、こっちに到着するのに、一時間は掛かるだろう。

 他のゲリラが出てこないとも限らないし……。

 日が落ちる前にけりをつけるには、村の付近に運び出すまでは俺が面倒を見るしかないか。


 指揮官をここに残しておくと、団結されて厄介になる。だから、俺と喋っていたリーダー格の少年と、重さのバランスをとるために同じぐらいの歳に見えるもう一人を袋につめて半ば引きずるようにしながら引っ張り――。

「だましたな」

「先に銃を向けたのはお前だろ。俺には、抵抗する権利がある」

 ――口の減らないガキと適当に会話しながら森を歩く。


「おとなの、おもいどおりになんか、ならないからな」

「ああ、好きにしろ。俺は、お前等に可能性を与えること以上をする気はない」

「なんだと?」

「向こうで教育を受けた後は、なにをしようがお前の勝手だ。顔を知られている以上、この辺りには戻れないだろうが、農民になるなり、工場で働くなり、テロリストになるなり、そこは、お前が選ぶことだ。……おっと、途中で施設から逃げようとは思うなよ。こっちは慈善団体とはいえ、お前等を野放しにするほど甘くは無いからな。途中で逃げるなら、お前はただの犯罪者だ」

「…………」

「お前が、もう戻れない場所に居るのかどうか、俺は知らんし興味も無い。ただ、学習の機会を与える。自分の目で世界を見て、自分で判断しろ。なにをしたいのか、なにが出来るか。……その上で、もうそこにしか居場所がないって言うなら戦場で勝手に死ね。それは、俺の管轄外だ」

 結局は当人次第。どんな場所の、どんな場面でもそうだ。

 ただ、俺は……いや、成人した大人なら誰でも、自らの人生を自ら決定できない子供に対し、責任を有している。それが俺のささやかな職業倫理だ。

 決めるのは当人だが、その選択肢を増やす義務は周囲の大人が有している。

「……ふかかいな、おとこだ」

「お前等には負ける」


 森を抜けると、なぜか白に塗装された治安維持軍の車両が出迎えた。ソヘルだ。

「どうした? 手伝いに来たのか?」

「半分は」

 と、苦笑いで応じたソヘルの視線の先には、日本からの支援隊が居た。

 ああ、あの軽トラなら日本人でも普通に動かせるだろうし、俺の次にこの村に来るNGOってのは、コイツ等のことだったのか。

「水道設備をどうするかの予備調査だそうだ。井戸を掘るか、浄水設備を作って、水道管を村々に巡らすか――」

「おい! 子供になにしてる! 待ってろ、今」

 ソヘルの話を聞くとも無く聞き、ガキを適当な村の木に繋いで、森に残りの連中を回収しに行こうとした時。大きな声が響き、軍服ではなく、ラフな格好をした日本人が子供の手錠を外そうと手を伸ばしてきた。

「バカ! 不用意に近付くな」

 男を突き飛ばす、が、一瞬遅かったようで、服の袖の一部と皮膚を軽く噛み千切られているようだった。

「……な」

 尻餅をついて絶句している男を、鋭く睨め付ける。

「阿呆が。何の理由も無く拘束してたまるか。事情を知りもしないで、半端な了見と正義感で手を出すな!」

 で、でも、と、傷を――ああ、皮一枚ってとこか。出血も少ないし、放っておいても平気だろう――押さえながら、男は言い返してきた。

 最初と比べて覇気が無いのは、皮一枚とはいえ、噛み千切られた恐怖が後になって襲ってきているせいだろう。

 止血や感染症予防の手当てを俺がしてやる義理もないので、痛がる仕草は完全に無視したまま、はぁ、と、溜息を吐いて答える。

「お前、既婚者か? ガキを育てたことがあるなら分かり易いんだが」

 首を横に振られたが、見たところ三十五~六歳程度の技術者系の男だったので、年齢的に、ある程度のイメージや、同僚や上司の話し程度なら聞かされていると判断して、話を進める。

「日本でも、育児の悩みなんて山程あんだろ。まして銃まで握ったガキが、そんなに扱いやすいわけあるか。ほっとけば、あっちこっちに迷惑かけて、最後は警察か軍に射殺される。多少乱暴でも、武装解除及び動員解除するしかねぇんだよ」

 男は、それ以上反論してこなかったので、ソヘルに先に連れて来たガキ二人……というか、躾がなってないNGOの連中の監督を任せ、俺は残りを運び出すために森へと戻った。

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