第51話 悪夢の日々が……

 あらわれたのは、同じサウスポーでもオリンピック候補の高橋英樹だった。


「ちょっと待ってくださいよ。何でここでアイツなんですか!」


 部長も顔をしかめる。


「むう、実は丸富もここまでストレート勝ちできてるんだ。このままだと大会の目玉のはずの桃太郎侍の出番がなくなるってことで、急遽第2シングルスに繰り上がったらしい」


 つまりこの最終戦だけ、丸富は第2シングルスと第4シングルスを入れ替えたってことだ。

 マズイ。非常に、マズイ。

 もともとの作戦では、木場先輩の出るダブルスと第3シングルの勝利は確定として、残りの一勝をオレの第2シングルスで取ることになっていた。

 なんといっても、第4シングルスの部長の敗北は鉄板というかダイアモンドというか、カーボンナノチューブなみに堅い。

 したがってオレか荒馬元部長が勝利しなきゃ、この大会の優勝はなくなってしまう。

 オレは隣のコートにいる元部長と思わず顔を見合わせた。

 高橋英樹もそうだが、元部長の対戦相手も関東ベスト8の超高校生級だった。

 試合前の練習球をかわしながら、元部長はすでにその実力差を感じているらしい。怖い顔をさらにしかめて首を振った。


(ってことは、オレが勝たなきゃいけないのか? あの高橋英樹に?)


 ゴクリとツバを飲み込んだ。

 しかしそれは、どう考えても無理な相談だ。

 もちろんオレの目標は「打倒、高橋英樹」で間違いないけれど、それはこれからみんなで練習を頑張ってレベルアップした後、まだずっと先の話なんだ。


 頭の中を、悪夢の記憶が甦る。

 中学三年最後の大会で、高橋英樹と対戦した時の記憶。

 ヤツはサーブからオレを圧倒していた。

 10種類以上のサーブを持ち、特に王子サーブは強力だ。国際大会でも評価が高いという必殺サーブをとうとう一本もレシーブすることができなかった。

 オレは無様に振り回され、空振りし、最後はただ呆然と立ちすくんでいた。

 あんな思いをするのは二度とゴメンだ。

 どうしよう。

 どうせ結果が同じなら、棄権したって……


「おい、三階堂!」


 誰かが呼ぶ声におもわず振り返る。すると、そこには女装姿の羽根園部長が立っていた。


「部長、なんでそんな格好してるんですか!?」


 驚くオレの顔面目掛けて、部長はピンポン玉を投げつけてくる。

 完全に不意をつかれて白球は眉間に命中した。そのままカコーンと音を立てて高々と跳ね上がる。


「何するんですかっ!」

「痛いか?」

「別に、痛かないですよ」

「だろう」


 そう言うと、部長は得意げに胸を張った。


「どんなに負けたって命まで取られるわけじゃない。ドーンとぶつかって来い」

「でも、オレが負けたら卓球部が……こんなことなら毎日ちゃんと練習しておけば……」

「練習はしてたさ」

「えっ?」

「おまえ言ってたじゃんか。毎日、中学最後の試合のことを思い出して胸が苦しくなるって。それはつまり、おまえの脳内では毎日高橋英樹戦のイメージトレーニングが行われてたってことだろ」

(そんな無茶な理屈があるもんか!)


 喉まで出かかったツッコミを、グッと飲み込んだ。

 どうして、この人はこんな風に自分勝手に考えることが出来るんだろう? 自堕落に過ごしていた日々がイメージトレーニングだったなんて。


(でも、もしそれが本当なら……)


 もし本当なら、どんなにか救われることだろう。

 悩んでいた日々が、夢にうなされた夜が、全部意味のあるものだったとしたら……


「わかりました。圭光学園男子卓球部一年三階堂蓮児、ドーンとぶつかってきます」

「よし、行け!」

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