宝玉島の殺人~探偵は無力なり~

沖野唯作

プロローグ

 けたたましいアラームの音で、私は目を覚ました。


 窓から差し込む朝日が眩しい。私はベッドから起き上がり、手早く着替えを済ませた。今日は大事な約束がある。船の時間に遅れるわけにはいかない。


 寝室を出て、リビングに向かう。妻の清子はすでに起きていて、娘の春菜はるなに離乳食を与えていた。生まれてまだ半年しか経っていない春菜は、最近母乳を卒業したばかりだ。


「おはよう。よく眠れた?」


「ああ。なんとか一日頑張れそうだ」


 コップに牛乳を注ぎ、ジャムを塗ったトーストを皿にのせる。朝食をとりながら、私は憂鬱な気分でこれから訪れる翡翠館ひすいかんのことを考えた。幻想的な名前とは裏腹に、あの館には醜い欲望が渦巻いている。


 館の主人、片桐かたぎり蔵之介くらのすけ。男権主義を絵に書いたような男で、所有欲の塊。あの男は殺人を犯そうとしている。一人の探偵として、見逃すわけにはいかない。


 食事を腹につめこみ、空になったコップと皿をキッチンまで運ぶ。私はコートを羽織ると、清子と春菜に声をかけた。


「行ってくるよ」


「はい、気をつけてね」


 妻は心のこもった言葉で、娘はあどけない笑顔で、私を送り出してくれた。


 二十分ほど歩いて、港に到着。待機していた船に乗り、私は翡翠館ひすいかんへと向かった。間に合ってくれと、心の中で祈りながら。

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