第6話 先生に見られちゃまずい物

 まさか先生と俺が一つ屋根の下で共同生活を送るなんて、ついこの間まで夢にも思わなかった。


 初めのうちは先生が半径一メートルほどの距離にいる生活に、常に胸がドキドキしていたし、口には出さなかったが、先生が自分の部屋の風呂場で汗を流しているなんて想像するだけで思春期真っ盛りの俺には刺激が強すぎて鼻血ものだった。


 が、慣れというものは恐ろしい。


 先生と一緒に暮らすうちに、徐々に先生が真横で眠っていても、シャワーを浴びていてもなんとも思わなくなっていた。


 いや、やっぱり時々はドキッとするけど、その頻度は減ってきた。


 そして、早いもので先生との同棲が始まって一週間が経った。


 今日は日曜日だ。先生も俺も完全にオフだったこの日、先生の提案で部屋を掃除することになった。


 先生は家政婦のように頭に三角巾を付けると、雑巾とはたきを持ってせっせと俺の部屋を掃除する。


 俺はそんな先生を尻目に床に座ってお茶を啜っていた。


 何というか罪悪感が凄い。


 勘違いをされると嫌なので説明をしておくと、俺は始め一緒に掃除をするつもりでいた。


 だが、俺が掃除を手伝おうとすると、先生は「近本くんは座ってて。居候させてもらってるんだから、私が全部やるから」とそれを制した。


 が、さすがに自分の部屋は自分で掃除するべきだと考えた俺は何度も手伝いますと提案したが、そのたびに先生から止められ、最終的には「タダで住ませてもらってるのに、これぐらいさせてくれないと先生、申し訳なくて胸が張り裂けちゃうよ」と訴えてきたので俺は渋々掃除が終わるのを待つことにしたのだ。


「意外と埃が溜まってるね。この辺は埃が溜まりやすいから定期的に掃除してないと汚くなっちゃうよ」


 先生は四つん這いになりながらベランダにつながる大きな窓の桟を雑巾で丁寧に拭き取る。


 なんという、けしからん格好だ。


 俺は思わず先生に釘付けになる。


 先生はいつもの大きめのTシャツにふりふりのミニスカートという格好で、俺に尻を向けながら掃除をしていた。


 ミニスカの下は健康的な太ももが大胆にも露わになっており、さらには雑巾を掛ける動作に合わせて腰をくねらせるので、パンツが見えそうでひやひやする。


 相変わらず先生はなんというか……わきが甘い。


 先生との生活に慣れてきたとはいえ、さすがに目の前でこんなことをされたら思春期真っ盛りの俺としては気が気じゃない。


 だが、そんな先生の姿を独り占めできるのは悪くない。


 しばらく、すると先生は窓の桟の掃除を終えたようで「よしっ!!」と満足げに頷いた。


「ありがとうございます。俺、掃除とかあんまりやらないからすげえ嬉しいです」


 俺は先生に労いの言葉を贈る。


 が、先生は首を横に振る。


「掃除しなきゃいけない場所はまだあるよ」


「いや、充分綺麗になりましたよ。お茶でも飲んで休んでください」


 だが、先生は納得しない。


「ダメだよ。ベッドの下とかまだ掃除してないし、まだまだこれからだよ」


「ベッドの下なんて見えないんだし、大丈夫ですよ」


「ダメだよ。見えないところこそ綺麗にしておかないと」


 そう言うと再び四つん這いになると、ベッドの下を覗き込むようにはたきで掃除をし始める。


 そんな先生を眺めながらふと俺は胸騒ぎがすることに気がついた。


 なんとなく、先生にそこを見られるのはマズかったような気がするのだ。


 しばらく先生が掃除するのを眺めていた俺だが、不意にあることを思い出し血の気が引いた。


「ちょ、ちょっと待って先生そこは――」


 俺は慌てて先生を止めようとする……が、わずかに遅かった。


「あれ、何か落ちてるよ……」


 先生は何かに気がつきベッドの下に手を伸ばすと、その何かを取り出した。


 やばいっ!!


 先生の手に握られていたのは何というかその……とてもけしからん雑誌だった。


 その雑誌の表紙には、とても大胆なポーズを取る先生と同じぐらいの年齢の女性の写真が印刷されていた。


 先生はそれがどういう雑誌なのかすぐには理解していないようだった。が、しばらく表紙を眺めているうちに不意にそれがどういう雑誌なのかを理解して顔を真っ赤に染める。


「…………」


 先生は顔を真っ赤に紅潮させたままフリーズしていた。


 俺は慌てて先生の手から雑誌を奪い取ると後ろ手に隠す……。


「な、なんというかこれはその……」


 俺は心臓がバクバクするのを感じながらもなんとか気の利いた言い訳を考えるが、何も思いつかない。


 が、そんな俺を見た先生は顔を赤らめながらも、なんとか口を開く。


「ち、近本くんも男の子だもんね……そりゃ、こういうことにだって興味があるよね……」


「いや、そうじゃなくて……」


 誰でもいいから、今すぐ俺を殺してくれ……。


 俺は恥ずかしさのあまり悶絶しそうになった。


「い、いいんだよ……先生は別に……」


「え?」


 先生は恥ずかしさのあまり俺から顔を背ける。


「先生は別に近本くんが、そういうことに興味をもっていたとしても全然いいと思うよ……」


 先生はちらちらと視線だけを俺に向けて、そう呟いた。


「それに、先生だって思春期のときはそういうことに興味があったし……」


「なっ……」


 先生の爆弾発言に俺は思わず絶句する。


「ね、ねえ近本くん……」


「な、なんっすか……」


 俺がなんとか返事をすると、先生は俺の方へと近寄ってくる。そして、息がかかりそうなほどに俺に顔を接近させるとじっと俺を見つめた。


 先生の顔は間近で見ても、何一つ欠点の見つからない美しい顔をしていた。


「近本くん、先生に手伝えることがあったら何でも言ってね」


「なっ!?」


 俺は先生の言葉に卒倒しそうになった。


 な、何を言っているんだこの人は……。


 が、そんな俺を見て先生は自分がとてつもなく誤解を生む言葉を発したことに気づき、気絶しそうな俺の頬を両手で押さえると「ち、違うの。先生が言いたいのはそういうことじゃなくてっ!!」と自分の方を強引に振り向かせる。


 先生の瞳は今にも零れ落ちそうなほどに涙で潤んでいた。


「ほ、ほら、近本くんだって、たまには一人になりたいときだってあるでしょ? そういう時は遠慮せずに先生に言ってねってことだよっ」


「は、はい、それはもうよ~く承知しています」


 必死にそう答えると先生はようやく落ち着きを取り戻す。が、落ち着きを取り戻すとともに自分の顔と俺の顔が予想外に接近していることに気がつき慌てて俺から身体を離した。


「…………」


「…………」


 嫌な沈黙が続く。


 先生は恥ずかしさのあまり、俺から顔を背けたまま目をきょろきょろさせている。


 俺はなんだか先生にとても申し訳ないことをしたような気がして胸が痛くなった。


 どうやら先生は俺が思っていた以上にピュアな心の持ち主のようだ。


 先生は必死に俺のことを慰めてくれようとしているに違いない。


「先生……」


 緊張のあまり正座をしたままぎゅっと膝の上で握り拳を握っていた先生は俺の言葉にビクッと身体を震わせて「な、なにっ?」と答える。


「先生はやっぱり優しい人ですね」


 そう言うと、先生はしばらく黙っていた。


 が、


「気の利いたフォローができなくてごめんね……。先生不器用だから……」


 と、俯きつつも視線だけをよこした。


 そんな先生の姿がどうしようもなく愛おしくて胸が締め付けられそうになるとともに、どんなことがあってもこの先生を悲しませるようなことはしまいと心に誓った。

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