男子高校生たちは異世界に行っても変わらず楽しくバカをする
笹野谷 天太
第1話 なんでこうなった
その日も何も変わらない日だった。高校生の休日、暇な男4人で遊びに繰り出し、ゲームセンターやら色々な所を周り、その流れでカラオケに行こうとなった。受付を済ませ、指定された個室の扉を開けた。しかし、そこに広がっていたのはカラオケの機械がある部屋では無く屋外だった。
「え?」
カラオケ店の姿も形も無くなっていた。
誰も喋らない、だが当然と言えた。自分たちが居たのはカラオケボックスのはずなのに、目の前に広がるのは青い空と土の地面。左右にはレンガや木材で作られた建造物が並び、人の往来がある。
人間は極限まで理解できない状況になると騒げないらしい。そして古典的な行動に出る。
心志は自分の右の頬をつねった。
「痛い」
間違いなく現実だと突き付けてくる。
だが、
「こ、これは」
全員が思考停止になっている中、1人だけ状況を理解しかけている男がいた。アニメ・ゲーム・漫画・ライトノベルどんと来いのオタク、
「これは、異世界転生、なのか?」
「異世界、転生?」
聞き返す心志に敬輔は頷く。
「お前たちにもライトノベルを勧めただろう? 主人公が死んで地球以外の別の世界に転生するんだよ。そこから始まる冒険譚が魅力の人気コンテンツだ」
確かに敬輔に勧められ、ライトノベルも2冊ほど読んだ。その状況に似ていなくはないが、自分たちの身に起きている事とイコールで結びつけて良いものか迷う。
「散々、お前の話を聞いてたから俺も何となくわかるけどよ。何をもって異世界なんだよ」
鋭い目つきで、ともすれば威嚇しているようにも見えるが、本人にはその気は全くないという周囲に誤解を与え続ける男、
それに対し、敬輔は軽くため息をついて説明する。
「いいか? 景色を見ろ。明らかに現代日本の建築物では無い。中世っぽい感じだ」
「確かに」
「そして、そこの屋台の食べ物も見たことが無い色をしている」
「……まぁな」
「そしてなにより、往来する人は明らかに日本人って感じじゃない。コレは間違いないだろ!」
敬輔はQ.E.D.を終えたとばかりに息を切らせて清々しい笑顔を作った。
そこに新たな疑問をぶつける手が上がった。
顔の造形は可愛らしく整い、背も小柄であり艶やかな黒髪を伸ばした少女だった。
10人いれば10人とも恋に落ちかけない容姿なのだが、彼は立派な男だった。本人曰く、気分によって男の恰好も女の恰好も楽しめて人生2倍お得だよね。という考え方を持っているため、学校では異性同性を問わず告白などを受けている
「私的に疑問なのは、『転生』の部分なんだけど。死んでないよね私たち?」
敬輔は、フッと笑い全員を見回した。
「よく思い出せ。俺たちは暴走したトラックか乗用車にはねられたはずだ」
「いや、カラオケボックスに居ただろ」
「俺たちは死んで、魂だけ天界に昇り、気が付くと目の前には女神が居た」
「ドアを開けたら此処だったじゃねーか」
「そして俺たちは聞かされた。世界の運命を救うのは貴方たちしかいない。と」
「何1つ当てはまってないけど」
それぞれが、しっかりと否定を口にしたことで敬輔は黙った。
「…………なら異世界転移だ。死ぬのではなく、王や姫に召喚され異世界にやって来た。理由はこの世界を滅ぼそうとしている魔王を倒すためにだな」
そこまで喋っていた敬輔が、突然右手を前にかざし、左右にスライドさせ始めた。
「何やってんの?」
友人の奇怪な行動に、恐る恐る声をかける心志。
「異世界ではステータス画面が一般的だ。こうやると画面が出てくるはず」
10回ほど左右に手を振るが、なにも出てこない。今度は上下に振るが当然何かが現れる気配も無い。
そんな敬輔を、友人たちは哀れな生き物を見る眼差しで見ていた。
(バビルサ、だっけ)
心志が心の中で思い描いた可哀想な動物。それはイノシシに似た姿をしており、上に伸びる牙が長ければ長いほどメスに持てるというものだが、牙の成長は生涯止まらず、しかもどんどん弧を描くように曲がっていく。個体によってはその弧を描く牙が自分に突き刺さるとか刺さらないとか。
その生態をテレビで知った時と同じ位悲しかった。
暫く敬輔のパントマイムを見続けたが、意を決した心志が彼の肩に手を置く。
「諦めろよ」
その言葉が胸に突き刺さったのか、敬輔は愕然とする。
「俺が、間違っていたのか?」
無言で頷く。
膝から崩れ落ちる敬輔を眺めながら、心志は天を仰ぐ。
「なんでこうなった」
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