羊たちは短足

神田かん

第1話

明日に向かって歩き出してから、もう3日が経ちました。


 


もうそのころには明日が何なのか、今日がほんとに今日なのか、わからなくなっていました。


 


朝、覚悟を決めてみたはいいものの、それをうまく「飲み込めずに、いる」と結局は断られていたことをほんの数分前にやっと気づいたのでした。


 


まるで自分の足に脳みそがあるのではないかと思うくらいこの足だけが先へ先へ動いてしまっていて、もう自分ではどうもこうもできませんでした。


 


「きっと北枕で寝たのがいけなかったのよ」


 


そんなのまったく気にしていなかっただけに、今こうして考えるとその言葉が何度も何度も回り続けるのです。


 


 


 


9月中ごろに退院できたのは奇跡でした。


 


「ただの盲腸よ」


 


そう諭されてもまだ、頭はわかってくれないものです。


「あんたはカントにでもなったつもりかい?もしくは、やつに説教者の教えでも説いてもらったのかい?」


 


家に帰ると、片っぽだけの子ども靴とあとは自分たちの靴が玄関をいっぱいにしていました。


 


「きれいなおうちはすてきです」


 


下駄箱の上に貼ってある自分が働く不動産のポスターを見つめ、ため息をつき。


 


「もう片っぽの靴、どこに落としてきたんだ?」


 


結局2時間探し回ってやっと近くの河原でもう片っぽの赤いリボンのついたのを見つけた。


 


心細くて心細くて仕方がない。腹の底に涙がたまっていくのがわかって、でもそれが明らかに前とは違うどこか新鮮な気持ちに自分をさせてくれたのが唯一の救いでした。


 


9月の河原のあの独特の、水と魚と刈られた草の匂いで幾分か若くなれたような気がして。


 


「しかたないか。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る