ヒーローと悪役

ある日、僕は謎の生物に襲われた。触手が何十本もある気持ちの悪い怪物だ。必死に逃げて、そして戦った。


「おめでとう。君は正義のミカタになったんだよ」


戦いのあと、仮面をつけた男にそう言われた。正義のミカタなんてそんなの、どうでも良かった。生き延びたことだけに安心していた。

ところが厄介なのは、この正義のミカタとやらは他の人に存在を知られてはならないらしい。この、正義のミカタになった瞬間から、僕はもう、他の人の前に姿を表すことはできなくなってしまった。仮面をつけて、怪物と戦うとき以外はどこかよくわからない森の中の家に隔離されていた。


正義のミカタになってから半年が過ぎようとしていた、ある、夏のことだった。

仮面の下は汗で蒸れていて、気持ち悪かった。セミが怪物のわめき声よりも煩く鳴いていた。照りつけるような日差しが体力をどんどん削っていく。なのに怪物はタフらしく、ちっとも日陰に来てくれなかった。


「最悪だな」


吐き捨てたセリフは怪物を挑発してしまったらしく、怪物が更に暴れだす。ああ、本当に最悪だ。

怪物の触手がビルに触れればそのビルは崩壊してしまうし、線路に触れれば線路が歪んでしまう。倒し終われば「不思議な力」が働いて元通りになるし、それを見ていた人たちの記憶からも怪物との戦いはなかったことになる。それでも、街が壊れていくのをみるのは気分がいいものではない。けが人なんて尚更だ。


今日は言葉通り「最悪」だった。


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