第70話 メレンゲ
「いいか?誰でも命は惜しいだろう?」
穏やかにそう言うと、倒れた死体に目配せをした。護衛の兵士たち2人が、同時に夜盗の1人に斬り込んだ。夜盗は、思わず後ろに後退りする。その時、もう1人の夜盗が、もう1人の護衛の前に一歩出ている右足を斬った。
一瞬の油断だった。足を斬られた護衛が、刀を持ったままバランスを崩し地面に倒れる。斬り込んだ護衛が、後ろを振り返った瞬間、右手に激しい痛みを感じた。右手首が刀を掴んだまま、ドサリと地面に落ちた後だったからだ。夜盗に刀で斬り落とされたのだ。
「ぎゃあああ」
護衛の兵士は、失った右手首から溢れ出る血を止められず、思わず地面に両膝を着いてうずくまった。左手で噴き出る血に驚きながら泣き叫んでいた。
もう1人の護衛の兵士は、刀の先が震えるほどガタガタとビビッていた。夜盗が近付こうとすると、足をきられた兵士が刀を左右に振り抵抗する。もう1人の夜盗が、護衛が右手首が握ったまま落とした刀を拾い、素早く空いていた護衛の兵士の左脇から腰までを、寿司飯を詰める魚の腹のように斬り裂いた。奇声を上げ絶命した。
残った2人の護衛の兵士たちは、完全に怯えてしまって動けなくなっていた。
「うわあー!」
それでも覚悟を決めて声を上げながら斬り込んで来た。するとあっさり胴を刀で抜かれて斬られ、そのまま草むらに突っ込んで倒れた。最後の1人になった護衛の兵士は、すっかりパニックに陥った。刀を放り投げると、真っ暗な闇の中を駆けて行った。
王允と南銘だけが残った。夜盗の1人が、王允の顔の中心を刀で突き立てながら近付いて来た。
「おい、命だけは助けてやろう。女と金目の物を置いていけ」
南銘を庇いながら王允の身体は、馬車で路面の悪い所を通っているかのようにガタガタと震え出した。
その時だった。
後ろにいた夜盗の1人が5メートルほど身体をジャンプさせると、「ドサリ」と上から墜落し、王允に向けて刀を突き立てている夜盗のすぐ横に落ちて来た。
何事が起こったのかと夜盗が振り返ると、そこには、方天画戟を持ち身構えた呂布が立っていた。どうやら5メートルほどジャンプしたきたと思った男は、方天画戟で引っかけられ、メレンゲを飛ばすように上に放り投げられたようだ。倒れた背中から、血が吹き出し穴がが空いていた。
「呂布様!」
王允は思わず叫んだ。
呂布は、方天画戟を振り回しもう1人の夜盗の身体を上下で半分っこにした。王允に刀を向けていた夜盗が、呆然とそれを見ていた。
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