第72話 He is back!(奴が帰って来た!)

           ※

王允は、6日ぶりに洛陽に戻るとすぐに黄琬が自宅にやって来た。黄琬は、貂蝉の様子を知りたかったというより、ある人物を紹介するためだった。客間に通されると、長旅で疲れた王允が座っていた。

「どうした?」

「相国(董卓の就いた役職)はこの間、弘農王(劉弁)の妻唐姫に酌婦をさせていたんだぞ」

「なんだって?」

「ああっ。相国は、まるでキングメーカーのように振る舞い方をしている。そして横暴に振る舞い、宮中の女官を性の道具としか見ていないんだ。これ以上は我慢ならない」

黄琬が、憤懣やるかたないといった様子で訴えた。


「しかし今は、我慢するしかないだろう?」

そう少し乱暴に答えた。旅先から戻ったばかりで、王允は霞んだ目を手の甲で擦った。身体の疲れも残っていた。

黄琬が、王允に右の手のひらを見せて制止した。

「ちょっと待ってくれ」

そう言い残して客間を出て行った。トイレにでも出かけて行ったのかと思って待っていると、王允が1人の男を連れて部屋の中に入って来た。


「久しぶりだな」

何処かで聞き覚えのある声だった。思わず黄琬の横に立っている髭面の人物を凝視した。

「も、も、孟徳(曹操の字)か?」

そう訊ねると、ニヤリと一瞬笑って頷いた。髭面になっているので、話しかけられても一瞬、これでは誰かわからない。


黄琬は他の宦官たちを説得に成功して、地方の役人に追いやられていた曹操を呼び戻す事に成功したようだ。曹操は、真面目に仕事をして来たのであろう。日に焼けて精悍な顔つきになっていた。


王允は曹操に目の前の椅子を薦めると、心の中で『さあ、これから大変になるぞ』と思った。

「心配しなくていいぞ。おとなしくしているからな。ははは」

そう言って、笑いながら向かいの席に2人が腰掛けた。

王允が、一瞬自分の心の声が外に漏れたかと思い動揺し自分自身に問うた。

「ははは。心配するな、おまえは心の声を外には漏らしていないから」

王允は、ギョッとした。董卓は心の声が聞こえているかのようだ。

「地方にも相国(董卓の役職)の傍若無人のふるまいは聞こえてくる。みんなの人力のおかげで驍騎校尉(ぎょうきこうい)という役職に就けてもらい、再び洛陽に戻ってくる機会を得た。お礼に、君たちの頬っぺにそれぞれチューをしたいくらいだ」

それを聞いて、王允が思わず苦笑いをした。

「そんな頬っぺのチューのお礼より、他の物は無いのか?」

黄琬が、曹操にそう言った。王允はもう少しオブラートに包めば良いのでにと思った。




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