第249話 進撃


 地上へと降り立ったグレイは、着地し片手を地面についた姿勢から、ゆっくりと身体を起こした。

 

「さて、バカ息子よ」


 そして、芝居がかった口調でおどけたようにそう言いながら、右眼の眼帯に片手をかける。

 グレイたちの前方には、彼らを迎え撃つかのように平原を埋め尽くすほどの黒鎧たちがひしめいていた。


「今日の父さんはちょっと怖えぞ」


 そう言いながらグレイは眼帯を取り払い放り捨てた。


「なんせ、俺もこの魔装マギスをまともに使うのは初めてだ」


 一度隣のネレスを見やり、グレイはマナを練り上げながら口を開く。


「しっかりと手綱を握っててくれや」


「任せな、バカ親父」


 ネレスが堂々と腕を組み、口の端を吊り上げる。

 同時に、グレイの潰れ塞がった眼がゆっくりと開いた。


「《復讐者リベンジャー》」


 その声と共に、眼球のなかったグレイの片目には蒼く輝く炎のようなオーラが灯る。


 敗北した相手と対峙した場合のみ、グレイの能力を爆発的に高める魔装――《復讐者》。


 元は片眼を奪われた相手との再戦の為の魔装だった。

 しかしグレイの心情はともかく、片眼を奪われた事を敗北とは認識せず、使用できなかった魔装だ。


 だが、今回は完膚なきまでの敗北と屈辱を味わった相手である。奪われたものの大きさが違う。


 《復讐者》は、その力を如何なく発揮した。


「《狂戦士バーサーカー》」


 続けて、グレイの身体を黒紫の鎧が包み込み、その片目からは《復讐者》の炎が溢れ出た。


「ついてこれるか? ナクリ」


 その状態でグレイは一度友へと声をかけ、彼の隣にナクリが並ぶ。


「無論だ」


「《君の隣にアイウィッシュ》」


 そしてミントが彼の隣へと歩み出ると、両手を胸の前で組んだ。その手から淡い光が発すると、徐々にそれは一振りの剣の形となり、ナクリの前で静止した。宙に浮く光の剣の柄を握ると、ナクリは半身の姿勢で切っ先を前に向けて構えを取る。

 ナクリとミント、二人の身体が淡い輝きを放った。


 《君の隣に》。


 それはかつての少女の願いの形。

 力の足りなかった彼女が、それでも彼の力となる為に生み出した魔装。


 原理や効果はノエルの《伴侶パートナー》と酷似しており、対象者に力と武器を与える。


 ナクリのための、ミントの第二の魔装だ。


 ナクリが強大な敵を前にした時のみ発動が許されるその力は、何処までも彼への想いに満ちていた。


「ひっさびさに見たなそいつも」


「お前を倒して以来だな」


「あー嫌な思い出だ。な、ミント?」 


「本当ですよ。ね、ネレスさん?」


「私はコメントし辛いんだが⋯⋯」


 ミントがいたずらっぽく笑みを浮かべ、ネレスが若干眉を顰めて頬をかく。


「大丈夫だ。この力はもう、正しき事にしか使わない」


「素敵な能力ですね」


 ナクリがそう言うのと同時に、白と赤のドレス――《披露宴ウェディング》を纏ったノエルが四人の背後から声をかけた。彼女の足元には空になったマナボトルの瓶が三本並べられており、ノイルの血を既に摂取した事が見て取れる。加えて、瞳が平時とは異なり夕陽色の輝きを放っていた。


「ちょっと、どさくさに紛れて人の両親にまで取り入ろうとしてるんじゃないわよ」


 そんな彼女に、ミーナが不快そうにしかめっ面を向ける。彼女も既に、薄紫の輝きを放つ鉄甲とブーツを身に着け、黒い衣を全身に纏った姿となっていた。


「そんなつもりないけど」 


 しかしノエルは笑顔でそう言うと、手に持っていた小さなナイフで――自身の手首を切った。突然の行動にミーナが更に顔を顰める。


 ノエルの手首からは小さな傷にそぐわぬ異常な量の血が流れ出て――地には落ちず彼女の周りに浮かび上がった。


「〈血の誓いブラッドオース〉」


 ノエルの声と同時に、彼女の周りを漂う血がその形を変える。複数の小さな盾と短剣は、ノイルの使用する《守護者》と《狩人》の武器と酷似していた。


 彼女の《披露宴》は、あくまでも二つの魔装を同時に発動させただけのものだ。ネレスのアドバイスにより判明した、ノエルの隠された力は別にあった。


 それは、自身の血液の操作能力。

 血を流す事を辞さない覚悟で発現させた《深紅の花嫁ブラッドブライド》の隠されていた能力だ。


 落ち着いた精神状態であれば、ノエルは自身の血液を自在に操る事ができる。


 とはいえ、血を流し過ぎれば当然ながらノエルは貧血状態に陥るため、基本的には体外に多量な血液を完全に放出する事はできない。


 しかしノイルの血を摂取した状態ならば、その分だけはノエルの血液の代わりとなってくれた。


「キモ」


「ん?」


 その能力を見たミーナが、シンプルな感想を漏らし、ノエルが彼女に笑みを向ける。


「にしても、襲ってこないわね」


 ミーナはノエルを無視して、空を見上げたあと前方の黒鎧たちと『破滅の死獣』へと視線を戻した。


 空では既に激しい戦いが繰り広げられている。絶え間なく巨大な魔法の花が咲き乱れ、絶えず閃光が迸り、轟音と衝撃は地上まで轟いていた。

 少なくない黒鎧たちも地へと落下し、消滅している。


 しかし、ミーナ達の前方にひしめく黒鎧たちは、彼女たちに向かって来ることなくじっと『破滅の死獣』の周りを覆っていた。


「アレも兵を無限に生み出せるわけじゃないんだろう。それに、『断罪の赤光スカーレットフレア』を脅威だと認識したはずだ。竜人もミリスも居るあちら側をまず潰そうと考えるのは当然だね」


 エルシャンがミーナと同じく一度空を見上げながらそう言った。


「それに、フィオナの力は――『魔王』にとっても想定以上だったようだ。いや、彼女たち、かな」


 空を自在に超高速で飛行するフィオナは、上空で戦う者たちの中でも一際異常な戦力を誇っていた。魔法士により強化された魔弾はその一発一発が高火力を誇る。それを風の魔法で操作し、フィオナは途切れさせる事なく宙空を魔法で埋め尽くしていた。


 圧倒的な機動力と殲滅力。そして、多種多様な魔法は鮮やかに暗い空を染めている。竜人であるネアとラキに比べても、単体の戦闘力は明らかに今のフィオナが上だと言えた。


「空中戦では、今の彼女たちにはボクでも敵わないね」


 銀翼に纏う風と、そこから噴射する様々な魔法で加速するフィオナの機動は、もはや慣性すらも無視し、その速度は瞬間移動かと見紛う程だ。もはや、黒鎧たちなど置き去りにしている。


 そして、異常なのは彼女だけではない。黒赤の馬車を駆るシアラとテセアも、圧倒的な戦力を誇っていた。

 彼女たちの場合は、本当に瞬時に別の地点へと移動しては、黒鎧達へと弾丸のように突撃し蹴散らしている。突進が終わればまた別の場所へ瞬時に移動し、反応すら許さず蹂躙していた。


 時折反撃を受けようが灰色の盾が敵の攻撃を弾き、その猛進はまったく止む事がないどころか、加速し続けている。


「つまり何? あっちに手一杯でこっちに構ってる場合じゃないって事?」


「あれだけの数で防衛すれば、突破はできないと踏んでいるのでしょう」


「舐めてるわね」


 ミーナの不機嫌そうな問いに、ソフィが淡々と答えるとその言葉を残し彼女の姿がふっとかききえた。


「ソフィはミントさんの護衛についてくれ」


「かしこまりました」


 同時にエルシャンが指示を出し始め、ソフィが頭を下げると《役者魂アクターソウル》を発動する。エルシャンに酷似した風がソフィを包み、幾本もの土剣を周囲に纏った彼女は、ミントの側へと歩み寄った。


「ミントさんはボクに任せてください。必ず護り抜きます」


「だってなーくん。思いっきり戦っていいからね」


「ああ」


 エルシャンになりきったソフィの言葉に、ミントはくすくすと笑み、ナクリが前を向いたまま頷く。


「クライス――今は何人出せる?」


「んー、これっくらっいかな!」


 エルシャンに問われたクライスは、一度ターンを決めると歯を輝かせ《俺がいっぱいパーフェクトワールド》を発動させた。


 あっと言う間に、エルシャン達の周りをクライスの分身体が囲う。その数は、今回も百体を優に越えていた。

 本体も、分身体も一斉にターンを決めると、きらびやかなマントを纏い、輝く剣を同じ姿勢で構える。


「頼りになりそうだ」


「マイフレンドの居ない世界は、少し寂し過ぎるからねぇ」


 エルシャンが笑むと、クライス全員が声を揃えてそう言った。


「それで、あなた自身は役に立つの?」


 ノエルが問いかけ、エルシャンは彼女の方を向く。


「以前も言ったけれど――調子に乗るなノエル・シアルサ」


 そして、綺麗な笑みを浮かべると片手を前に翳す。


「キミは確かに強くなった。けれど、ボクには到底及ばない。強さも想いもね」


「へぇ」


「第一、その血液でノイルの力を再現したつもりかい?」


「だったら何?」


「話にならない――本物を見せよう」


 片手を翳したまま、馬鹿にするかのように肩を竦め、エルシャンは口を開いた。


「〈精霊顕現〉――比翼連理」


 その言葉と共に土が、草が岩が、木々が――およそ大地に関わる全ての物質が、エルシャンの周りに集まり彼女を包み込む。


 そして、またたく間に多量のそれらは一つの形を成し始める。

 見上げる程に巨大な――ノイル・アーレスの姿に。


 風のフードがついた衣を纏い、水の弓に炎の矢を携え、透き通る氷の短剣を逆手に持ったそれは、何処までも精緻にノイルの姿を再現していた。


 まるで虹彩を宿すかのように、瞳には雷が輝き、それは完成する。


 ノエルも――ソフィ以外の味方の誰をもが、一度驚いた様にその巨体に目を奪われる中、エルシャンは口を開いた。まさにノイルとしか言いようのない姿を纏った彼女とシンクロするかのように、幾数もの精霊たちが創り上げたそれも口を開く。


『これがボクの愛の力だ』


「いや、精霊の力でしょ」


 目を細めたノエルがすかさずツッコんだが、エルシャンはそれを気にもしない様子で言葉を続ける。


『さて、これだけやれば流石に放っておく気はなくなったようだね』


 彼女の言葉通り、前方では黒鎧たちが一斉に動き出す。地を蹴り、次々とエルシャン達へと濃紫の剣を構え向かい出した。

 こちらも潰すべき脅威と改めて認識したのだろう。しかし同時に、『破滅の死獣』本体の護りも薄くなる。


 そこに――ミーナが突如として現れた。


 エルシャンの創り上げたノイルに注意が引き付けられた一瞬の隙。

 《狩人》の最も優れている点は、その隠密性である。黒鎧たちも、本体すらも、それを十全に活かし切ったミーナの接近には気づかなかった。


 獲物が狙われていると悟った瞬間には、もう回避は間に合わない。

 その動きは――まさに野生の狩人そのものだ。


 手甲から薄紫の輝きを放つ光の爪を伸ばし、『破滅の死獣』の顔下からミーナは地を蹴り跳び上がると、その爪を振るう。


「〈狩人の獣爪ハンティングクロウ〉ッ!!」


 薄紫の剛爪は――確かに『破滅の死獣』を捉え、甲高い金属音のような音が響き渡り、僅かにその巨体を揺るがせた。


「舐めてるからよ」


 そう言い残したミーナは、反撃を受ける前に再びふっと姿を消す。黒鎧たちに一瞬迷いが生まれたかのように動きが止まった。


『行こうかノイル。ノイルを取り戻そう』


 ミーナが攻撃するタイミングを聞くまでもなく理解していたエルシャンが、その隙を見逃すわけがない。


 既に弓に矢を番えていた彼女は、黒鎧の軍勢の上空へとそれを放った。超速で放たれた炎の矢は、空中で分散し黒鎧たちに業火となって降り注ぎ、爆炎を巻き上げる。灼熱の地獄に落とされた黒鎧の軍勢は、しかし次の瞬間には一斉に凍りついた。それだけには留まらず、氷は一瞬で雷に変化し敵を打ちつけ、穿いた幾本もの雷はそのまま土の槍と化し、内部からは爆風を伴い弾ける。

 吹き荒れた風が旋風を巻き起こし、既で回避した黒鎧たちまでもを巻き込み切り刻むと、ようやくエルシャンの――たった一本の矢による攻撃は止んだ。


 大きく数を減らした黒鎧の軍勢と、嵐のような攻撃により荒れ果てた平原をエルシャンは睥睨する。


『これは誅伐だ『魔王』。今から行われるのは一方的な蹂躙だよ。ボクからノイルを奪った事を、ノイルの力により後悔するといい』


「ふーん⋯⋯まあノイルはもっと凄いけどね」


 エルシャンの攻撃を見て、その言葉を聞いたノエルが顎に手を当てながらそう言った。


『それはわかっているさ。だがキミよりはボクの方が彼に近い』


「そもそも、まだ私動いてないから」


『見なくとも差は歴然だ』


 言い合う二人の声を聞きながら、グレイが呟く。


「ノイルの周りの女性陣はおっかねぇなぁ⋯⋯」


「頼もしいよまったく。将来は安泰だね」


 それに、ネレスが肩を竦めながら答える。


「ちげえねぇ。俺たちもいっちょやるか」


「ああ、《手綱は我が手にオールシングスコントロール》」


「〈全開放リリースソウル〉」


 大剣を上に放り投げたグレイの首にネレスの手から光が繋がり、鎧が膨張し獣のような姿へと変化する。四肢をついたグレイは咆哮を上げると、降ってきた大剣を裂けた口に咥えた。


「ネレス、《心無き盗賊ハートレスシーフ》は使わないのか?」


 《君の隣に》を構え直したナクリが、光の手綱を握るネレスに訊ねる。


「必要ない。これだけに集中する。その方が強いし――息子の前で使うような魔装じゃないだろう?」


「⋯⋯ふふっ」


 グレイの頭を撫でたネレスが照れ臭そうにそう言うと、ミントが嬉しそうに笑みを零した。


 ネレスのもう一つの魔装は、他者から魔装を盗み自身のものにする魔装だ。ストックできる魔装は一つのみだが、持ち主に返還する事で入れ替え好きな魔装を保持する事が可能だった。


 ネレスはもう一度信頼するかのようにグレイを撫でると、前を向く。


「さあ、やるよ」


 その声にグレイが応えるように咆哮し、ネレスたちは進撃を開始した。

 

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