第235話 なんでも屋の店員ですが、正直もう辞めたいです⑤


『ふむ⋯⋯ちと疲れた、のぅ⋯⋯』


『久しぶりに、力、使い切った、よね⋯⋯』


 頭の中にマオーさんと勇者さんの非常に眠たげな声が響く。どうやらこの二人もそろそろ限界らしい。あれ程の力を貸してもらったのだから当然だろう。


 ――ありがとうございました。


 今にも《英雄ヒーロー》が解除されそうな中、お礼を言うついでにそういえば思い出した事も伝えておく。


「やっぱり、うんこでいいと思いますよ」


「えっ」


 呟くと、エイミーがこちらを目を瞬かせて見た。失敗した、口に出すんじゃなかった。


『むぅ⋯⋯?』


『んん⋯⋯?』


 二人のぼんやりとした疑問のような声が聞こえ――《英雄》が解除された。

 視界も、髪も目も元に戻り、純白の右腕が勇者の剣へと姿を変え、地面にふわりと刺さる。


 エイミーがおっかなびっくりとした様子で勇者の剣を突いたあと握り、そっと地面から引き抜いた。そして、目を丸くする。


「え? ええっ、抜けちゃいました!」


「封印が解けたからね。流石に二人と話はできないだろうけど。二人が起きてないと何も斬れないし、安全だよ」


「へえぇ⋯⋯」


 エイミーにぶんぶん振り回される、眠りについたマオーさんと勇者さんを見ながら、僕は僅かに口元を綻ばせた。


 この二人が何故笑いの道を極めようとしていたのかずっと疑問に思っていたが、きっと記憶は失ってしまっても、心には残っていたのだろう。


 ――ちなみにどんなギャグじゃ? 我が好きな感じのやつかのぅ――


 カリサ村で、店長はそんな事を言っていた。

 あの時は、あなたの好きなギャグなんか知らないよと思っていたが――例のあれの事ではないだろうか。


 何故そんなに子供のような――子供を喜ばせるようなギャグに謎の自信を持っていたのか。

 遠い昔、実際に笑わせていたからではないだろうか――まだ幼かった、この人を。


「ふむ、お揃いじゃったのにのぅ」


 そう思いながら、僕は笑みを浮かべて振り向いた。そこには今にも倒れそうな、それでも微笑んでいる店長が立っていた。


 いやまあ、まだマオーさんと勇者さんが何の意味もなく笑いに目覚め、残念ながらセンスはなかったという線もあるが、そうではないと信じたい。


 というか、あなた大人しく寝てなさいよ。


 どうやら立っているのもやっとの身体を引きずって、ここまで下りてきたらしい。

 まったく仕方のない人だ。


 僕はそう思いながら、店長へと歩み寄り――ふらついたその身体を受け止める。

 ほら、やっぱり限界じゃないか。


 僕の胸に身体を預け、穏やかな笑みを浮かべている店長の背に左腕を回し、背をぽんぽんと叩いた。


「ほら、寝ろ」


「もっと言い方というものがあるじゃろう」


 少しくらい強く言わないと言う事聞かないじゃん。いや、強く言っても聞かないけど。

 しかし、店長は頬を膨らませながらも満足そうに目を閉じた。


「あ、そうだ。エイミー」


「は、はい」


 店長の背に手を当てながら名前を呼ぶと、何やら複雑そうな表情をしていたエイミーは、はっとしたように勇者の剣を持ったまま駆け寄ってくる。


「預けたポーチの中にさ、笛があると思うんだけど⋯⋯」


「え? あ、ちょっと待ってください」


 エイミーが少し迷ったように、自身の腰につけていた僕のポーチのベルトに勇者の剣を挟むように差した後、中を探り小さな木彫りのような笛を取り出した。


「これですね」


「ありがとう。ついでに勇者の剣も、とりあえずそのまま持っててくれるかな」


「もちろんです!」


 嬉しそうに顔を輝かせたエイミーからそれを受け取り、店長の顔の前に差し出すと、彼女は薄目を開ける。


「返しときますよこれ」


 何の役にも立たなかったし。『神具』なんていつまでもいくつも持っていたくない。もし『願望鏡デザイアミラー』のように壊してしまったら事だ。『私の箱庭マイガーデン』はともかく、これはもうあなたが持っててください。


「それはノイルにあげたものじゃ⋯⋯ 返す必要はない⋯⋯『蛙面カエルカエール』もな」


 しかし店長は、『呼笛コール』を一瞥するとそう言って再び目を閉じた。『蛙面』は壊れてしまったが、どうやら店長は二つも『神具』を僕にくれたつもりだったらしい。太っ腹というレベルではないが、そういう事なら大人しくもらっておこう。


 一つ息を吐き、僕は『呼笛』をとりあえずポケットにしまう。売ったらいくらくらいになるだろう。いや⋯⋯やめておこう。『神具』を売買すれば目立つし、それに今後はちゃんと役に立ちそうだ。


 そう思いながら、僕は再び店長の背に左手を伸ばす。


 さて、今から色々と――本当に色々とやらなければならない事がある。


 そう思いながら、改めて円形闘技場――友剣の国を見回した。


 ⋯⋯復興にはどのくらいの月日がかかるのだろうか。失われた罪もない命は、一体どれ程だろうか。『魔王』を倒したからと言っても、取り戻せないものは沢山ある。


 できるだけ被害が及ばないよう、『魔王』とは戦うつもりだった。けれど、それはやはりあまりにも甘い考えだったらしい。


「ノイルさん⋯⋯これはノイルさんのせいじゃありませんよ」


「ん?」


 辺りを見回していると、エイミーが不安げな顔で僕を気遣うように声をかける。


「アレがノイルさんを狙っていたんだとしても、ノイルさんが居なければ、誰も止められなかったんです。だから、ノイルさんのせいじゃありません。絶対」


「⋯⋯うん、ありがとうエイミー」


 真っ直ぐに僕を見てそう言ってくれたエイミーに、笑顔を向ける。


 わかっている。僕が居ようが居まいが、『魔王』はいずれ暴れ出していた。それはどうしようもなかった事で――だから僕にできる事は、自分にできる事を精一杯やるだけくらいしかない。


 だから少しでも復興の手伝いを。傷ついた人々の手助けを。犠牲になった人々の弔いを。


 こんな僕にもできる事に、ただ力を尽くそう。


 もう少し上手くやれていたら、なんて無駄な事は考えない。

 たらればを考えて、悩んで足を止めている暇はないのだから。


 まずは、各地で眠っている皆の所へ――


「ノイル!!」


 そう思った所で、闘技場に女性の声が響いた。


「二号さん⋯⋯?」


 声の方に首を振り向かせた僕は、思わずそう呟いた。


 闘技場に息を切らし現れたのは、『紺碧の人形アジュールドール』の元二号さんだった人だ。姿を消したと聞いていたが⋯⋯いや、それよりも何故こんな所に⋯⋯?


「ああ、良かったよ! 無事だったんだね!」


 僕らの側まで近づいた二号さんは、心底安堵したように息を吐き――


「え⋯⋯」


 外せないと言っていた筈のサングラスをそっと取り払った。

 エイミーが驚いたように呆然と声を漏らし、僕は目を見開く。


「『魔王』を、倒したんだねノイル」


 そして嬉しそうに微笑んだ。

 僕によく似た顔で――まるで母が、愛する子に向けるかのような笑みで。







 やめろ⋯⋯。


 ネレスは、『魔王』に侵食され自我を失いそうになりながらも、心の中で必死に抵抗する。


 やめろ、やめろ――やめろッ!!


 まるで頭の中をぐちゃぐちゃにかき回されているかのような感覚に、呑みこまれてしまわぬよう、激しい憤怒を抱き猛然と抗う。


 私の身体で、私の声で、私の顔で、私の子に笑いかけるなッ!!


 しかし、それも虚しく、ネレスの身体はまるで彼女のように動き続ける。


「――母さん⋯⋯?」


 ああ――


 『魔王』に支配された全身から、それでもネレスは力が抜けるような感覚を覚えた。


 ずっと、たった一度だけでもいいから、そう呼んでみてほしかった。


 何と皮肉で、何と残酷な話だろうか。


 ネレスの最も叶えたかった望みは、最も望まぬ形で叶った。

 

「ああ、そうだ。ノイル⋯⋯今まで傍に居てやれなくて⋯⋯悪かったね」


 まるでネレス本人かのように、悔恨の情と、愛情を向けるかのように、『魔王』は小さく声を漏らしたノイルに応える。


「どうしても、ノイルの傍には居られない理由があったんだ」


 そしてつらつらと、自身の事、予言の事、どれだけ想っていたのかを、『魔王』は語る。初めて手に抱いた瞬間の事も、遠ざける選択をどれ程悩み選んだのかも、何処までもネレスの記憶をなぞって『魔王』は演じた。


 やめてくれ⋯⋯。


 こんな瞬間を夢見ていた。『魔王』の脅威が消え去り、何の憂いもなく息子に正体を明かせる日を。

 ネレスは元々真っ当な身の上ではない。故に例え予言がなかろうと、母親としてノイルに接する事はできなかっただろう。母子ははこの関係など、とうに諦め――それでも夢想していた。


 絶対に叶う事はないと思いながらも、胸の内に膨らむ想像は止まなかった。


 もしも、母として接する事が出来たのなら、どんな風に話しかけよう。

 ノイルは受け入れてくれるだろうか。


 もう一度――抱き締めさせてくれるだろうか。


「でも、もう偽る必要も、距離を置く必要もない。ノイル、アンタが許してくれるのなら⋯⋯私は親子の関係を、取り戻したいんだ」


 不安げで、それでいて心からそれを望むかのような微笑みを浮べて、『魔王』はノイルへと両手を差し出した。


 やめ、ろおおおおおおおおおおおおおおッ!!


 ネレスの悲痛な絶叫は、しかし声にはならない。


「⋯⋯エイミー、店長を頼めるかな」


「は、はい」


 一度、眠ってしまっているミリスを見たノイルは、彼女をエイミーに任せ、『魔王』へと一歩足を踏み出した。


 彼が進む度に、ネレスはその近づいてくる息子の姿に、声なき声を張り上げ藻掻き続ける。


 目前まで迫ったノイルが、優しげな笑みを浮かべ、左腕を伸ばし、『魔王』は笑みを深めた。


 そして――


「――大丈夫だよ、母さん」


 ノイルは――しっかりと母親を・・・抱き締めた。


 その言葉と、背に回された左手は、疑いようもなくネレスへと向けられたものに他ならない。安心させるかのように強く握られた背中、大きく成長した息子。


 ああ、この子は全部わかって――


 解放されたネレスの目が見開かれ、口元が震え涙が零れ落ち、彼女は意識を失った。







 僕は、母親というものを知らない。


 けれど、それについて何か思う事はなかったし、気にした事もない。


 物心がつく頃には、世界一可愛い妹と、『六重奏セクステット』の皆が居てくれたし、一応父さんも居た。寂しいどころか充実した子供時代で、一応居た父さんさえ居なければ、むしろ恵まれていたと素直に言えるだろう。


 僕の子供時代の悪夢である父さんは、母親について話した事はなかったし、僕も訊ねた事はなかった。知らなくても、別に何の問題もなかったからだ。


 ただ、なんとなく、生きてはいるんだろうな、とは思っていた。僕の汚点である父さんは、まだ若く女性に好かれ、女性を好きだったにも関わらず、誰かと本気で交際しようとはしていなかったからだ。まあ、それは僕とシアラが居たから、というのも大きいだろうが、きっと一番の理由は僕の知らない母さんを、まだ好きなんだろうなと、子供ながらに考えていたのを覚えている。


 あの見るだけで、その日一日が良くないものになると感じる父さんの事だ。愛想を尽かされても仕方がない。とはいえ、冷静に考えてみれば、生まれたばかりの子を放り出したのは中々に酷い話だ。何か事情があったのかと少しそんな事を考えた時もあったが、夢に出そうな父さんの遺伝子を継いだのならそれもやむなしと、僕は一人で納得していた。


 生きているのなら、まあ多分、過ちで生まれてしまったのであろう僕の事など、忘れた方がその人の為だろう。

 だから僕も、この先一生関わる事などないし、家を出てからも捜してみようなどと一度も思った事はなかった。


 つまり何が言いたいかと言えば、僕にとって実母というのは、その程度の存在でしかなかったのだ。生まれてこの方、思いを馳せた事すらない。


 まあもし、万が一再会したとしてもだ。

 ああ、この人がそうなのか、と。

 冷たいようだが、何の感慨も抱かないその程度の感想しか浮かばないだろうなと、そう思っていた。


 実際それはその通りで、突然現れた二号さんがサングラスを外した時、僕はいくつかの疑問と、ああ、そうだったのか、くらいしか思わなかった。

 胸にあったのは、だからあの時気になってしまったのかな、とその程度の気持ちで――同時に、僕に『魔王』が移ってこの人が助かるのなら、それでいいかな、と思った。


 《英雄》を直前まで使っていた影響だろうか。僕は彼女の瞳を見た瞬間、『魔王』がその中に居る事に感覚的に気づいていた。


 ああ、くそ、こっちが本命だったのかと。


 最初から力を分けていたのだと思う。

 おそらく、ミツキの方に残っていたのは、僕と戦った時点で殆ど残滓のようなものだったのだろう。

 だから表に出て来なかった――いや、出られなかったのだ。思えば、あまりにもミツキは感情的に過ぎた。『魔王』の影響が薄れたことで、彼は彼に戻りつつあったのだろう。


 まあだからといって、どちらにしろ手を抜けるような相手ではなかったが、僕らはまんまと一杯食わされたわけだ。


 『魔王』は油断し心を開いた所を一気に乗っ取りたいのか、二号さん――母さんが僕と距離を置いていた理由を説明した。多分、この話は嘘ではない。色々と納得できる部分も多かった。


 そして、母さんは僕を想ってくれていたんだと、知る事ができた。まあなんとも親不孝な息子である。そんな母親の事をどうでもいい、自分の人生には関係ないくらいに思っていたのだから。流石は汚属性だ。


 まあだから⋯⋯尚の事少しは親孝行しなければならないと思ったわけで。

 僕の事を生み大切に想ってくれていた母さんを、救える道は他になかったから。


 やるしかないな、と僕は思ったのだ。


 それに、もう皆戦える状態じゃない。今真っ向から挑めば間違いなく負ける。いや、『魔王』の策にもう負けていた。


 ならば、一旦僕を手に入れて満足してもらおう。


 大丈夫、伊達に普段から胃を痛めてきたわけじゃない。簡単には支配されたりしないさ。

 『魔王』を取り憑かせ、ちょっと時間を稼ぐとしよう。


 僕の狙いは――まあ上手くいった。


 自身の身体を巡る悍しい感覚に、僕はその場に崩れ落ちそうになる。


 まだ⋯⋯ダメだ。膝を着くな。


 身体の内部をくまなく抉られているかのような激痛に、心臓のもっと奥――魂を直接無遠慮に撫で回されているかの如き寒気。激しく揺さぶられ、思考が飛びそうになる頭。勝手に動き出そうとする身体を、必死に抑えつけて、クールに笑い振り返る。


「の、ノイルさん⋯⋯?」


 エイミーが呆然としたように僕の名を呼んだ。一体今、僕の身体はどんな風になっているのか。視界の端に黒紫の靄が見えるが、まあ耐えられている内はどうでもいい。


「ぇ、えみぃ⋯⋯」


 声が、上手く出せないな。潰れたカエルみたいだ。


「え、イミー」


 今度は、なんとか聞き取れる程度の声を発する事ができた。割れたガラス片を、頭の中でシェイクされているかのようだが、なんとかなる。


 錆びついたバルブを回すように、僕は倒れている母さんを一度見て、もう一度エイミーへと視線を向けた。多分、かなり気持ち悪い動きだろう。エイミーが泣きそうになっている。


「み、みみんな、を⋯⋯に、げ、て⋯⋯」


 やはり上手く喋る事ができない。まあ、伝わればそれでいい。


 と、突如激しい風が吹き、闘技場の上空には一隻の立派すぎる飛空艇が現れた。


 ああ⋯⋯都合がいいな。避難の準備は、進められていたわけか。


「い、嫌です⋯⋯いや⋯⋯」


「おね、がい⋯⋯だだ⋯⋯」


 皆を連れて、今すぐここを離れるんだ。いつまでこうしていられるかわからない。


 エイミーは震え涙を流し首を横に振っていたが、僕が安心させるように再びクールな笑みを浮かべると、きゅっと口を引き結んだ。


「のいる⋯⋯?」


 厄介な時に起きるなよ。


 せっかくエイミーが動き出そうとしてくれていたのに、彼女に肩を支えられていた店長が薄っすらと目を開けやがった。まあこれだけ飛空艇からの風が来ていれば、起きても不思議ではない。


「なん、じゃ⋯⋯なに、が⋯⋯」


 安心して寝ていた所すいません。えらい事になりました。でもまあまだ寝てていい。ここは僕に任せてください。あなたの出番はゆっくり休んでからです。


「ぇぃ、ミー」


「っ⋯⋯」


 声を絞り出すと、エイミーはぐっと何かを堪え――しかし頷いてくれた。

 店長の肩を引き、僕から遠ざけ始める。


「な、何を⋯⋯はなせ⋯⋯いやじゃ⋯⋯まだノイルが⋯⋯」


 ほら、もうエイミーにも敵わないくらいぼろぼろなんだから。とりあえず逃げてください。

 店長は焦ったように、しかし全く力の入っていない抵抗をエイミーにしているが、体力もマナもとっくに底を着いている身体でどうにかできるわけがない。


 離れていく僕に眉を歪め、泣きそうな表情で店長は片手を伸ばす。そんな彼女に、僕は三度――クールな笑みを向けた。


 今はゆっくり休んで――それで後で助けてください。僕一人じゃどうにもならなそうだ。

 頼りにしてますから。


「いや、じゃ⋯⋯いやじゃ⋯⋯! のいる⋯⋯!」


 遂に、エイミーが店長を無理矢理に抱き抱えた。彼女の腕の中で藻掻いているのが見えたが、何もできないだろう。


「ノイルッ!! ネレスッ!!」


 と、円形闘技場の崩れた外壁におっさんが現れた。隣には、薄緑の髪の――どことなくミーナに似た女性が立っている。


 はは、ていうか何だその顔。

 必死そうな表情が死ぬ程似合わない。


 身体がバラバラになりそうじゃなかったら、腹抱えて笑ってる。


 全身がバキバキに砕けそうな感覚を覚えながら、僕はゆっくりとしゃがみ、側に倒れていた母さんの襟元を失礼して左手で握る。

 そして、おっさんにぶん投げた。


 かなり乱暴だが、まあ緊急事態だし許して欲しい。おっさんは慌てた様に母さんを抱き止める。その狼狽したような表情が、またおかしかった。


「か、ぁ、さん⋯⋯ヲ」


 笑いの代わりに声を絞り出す。聞こえたのかはわからないが、おっさんは――何泣きそうになってるんだ気持ち悪い。おっさんのガチ泣きは笑えない。


 僕はしっしとおっさんに片手を振る。震えまくりで上手く動いていないが、まあ伝わるだろう。


 さっさと行ってくれ。その人の事が好きなんだろ。


 今は僕よりその人だ。

 あんたの無茶苦茶な子育てに耐えた息子を信じろ。


 しばし僕を見ていた父さんと薄緑の髪の女性は、顔を悔しそうに歪めるとその場を離れた。おっさんの顔が気持ち悪かったせいで、僕の気力がちょっと減った気がする。


 そうしている内に、飛空艇からは翼の生えた獣人族の人たちが数人闘技場へと舞い降り、意識のないフィオナたちを飛空艇へと運んでいく。エイミーが、必死な様子で説明と指示をしていた。


 僕を残して闘技場からは人が居なくなり、飛空艇は更に高く上昇し始める。そして、一気に加速し飛び去っていった。


 それを確認した僕は、ようやくその場に膝を着くことができた。


 ポケットを探り、小さな木彫りのような笛を取り出す。


 手がブレまくるせいで上手くいかないが、それでもなんとか僕は『呼笛』を取り出し、顔の前に運ぶ。


 さて、僕は理論上なら、あと一つ魔装を創造できる。


 色々と魔装を使ってきたが、僕自身の魂から発現した魔装は、《白の王》一つだけだからだ。


 そして僕の最強の奥義は、アレに決まっている。

 イメージは簡単だ。


「ま、ぎ、す⋯⋯」


 このまま『魔王』に呑み込まれても、そこに来てもらおうじゃないか。いつも通り空気を読まずに。全てをぶち壊して、僕を助け出してくれ。


「《白の道標ホワイトロード》」


 魔装が発現し、僕の意識は闇の濁流に呑まれた。


 それと同時にこう思うのだ。


 今回無事助け出してくれたのなら、流石にまあ少しくらい、考えるのを控えてもいいかもしれない。


 ――なんでも屋の店員ですが、正直もう辞めたいです、と。

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