第135話 採掘者協会


 採掘者街を代表する建物は何かと問われれば、誰もが採掘者協会だと答えるだろう。


 それだけではなく実のところ、王都イーリストの中核を成しているのは、王城ではなく採掘者協会だ。

 今でこそ王城が都市の中心に位置しているが、王都イーリストはここから全てが始まったのである。


 何故かといえば、都市の基礎となった採掘跡――【湖の神域アリアサンクチュアリ】が真下に位置している為だ。

 

 しかしかつての人々は何とも豪気なものだと思う。


 いくら採掘跡が中に入りさえしなければ害を成すものではないとはいえ、その上に都市を建造してしまうとは。

 まあ、裏を返せばちょっとやそっとじゃ崩れることのない、現在の技術では再現不可能である絶好の基盤が初めから存在していたとも言えるが、僕だったらそんなよくわからないものを利用するなど絶対にできない。


 とはいえ、長い年月を経ても無事で、ここまで都市が発展した事を考えると、当時の人々の選択は正解だったのだろう。


 時には大胆な手段を取ることが正解に繋がるのだ。だから大胆な手段など取ることのできない小心者の僕は一生大成することはない。

 もっと根本的な所に様々な問題がある気がするが、大成などする気もないので問題はないだろう。


 しかしまあ、そんな僕の人生においてこの場所を二度も訪れる事になるなど、想像もしていなかった。というか来たくなかった。


 僕は目の前に聳える採掘者協会を見上げる。


 所々に丸窓が設けられた艶のある石材で造られた円柱形の高い建物だ。いや、改めて見ても高い。何でこんな無駄に高いの?

 その権威を知らしめる為なのだろうか。流石は国際組織。上の方とか何の施設になってるんだろう。


 何階建てかは知らないが、採掘者協会はイーリストの何処からでも目にする事ができる程に高い塔だ。世界各地に存在する採掘者協会はどこも似たような建物となっているので、一目でわかるようにしているのかもしれない。

 若干最上階まで登ってみたいという好奇心が湧き上がってくる。そんな事はしないけど。


「いこうか、人払いは済んでいるはずだ」


 エルが先導して優美な装飾が施された重厚なオーク材の扉を開けた。

 人が居ないというのは非常に助かる。前回来た時はそれなりに採掘者マイナーや協会職員の方々が居たため、僕はひやひやしながらアリスちゃんの自動人形に扮していた。


 今僕はただでさえ採掘者の噂となっているらしいので、可能な限りは目立ちたくない。ランクSの採掘跡にアリスちゃんや『精霊の風スピリットウィンド』の皆と挑むなどと知られたら、平穏な人生は二度と帰ってこないだろう。今が平穏な人生かと問われれば激しく首を傾げるが。


 なので事前にエルやアリスちゃんが根回しをしてくれていたとしても、念の為今回も僕は外套を深く被り、アリスちゃんの自動人形へと扮していた。無論店長も同様である。

 今の状況では、可能な限り面倒事を避け速やかに【湖の神域】に入る事にアリスちゃんも協力を惜しまない。

 僕と店長は黙って彼女の後について歩き、採掘者協会の中へと入った。


 採掘者協会の一階は、ガラスで仕切られた複数の受付カウンターに、普段は様々な依頼が掲示されている大きな依頼掲示板、そして依頼人や採掘者が利用するためのテーブルや椅子、ソファが複数並べられたスペースがある。

 円形の間取りの中央には一本の太い柱が立っており、上階へと続く螺旋階段が設けられていた。柱には、全体的に瀟洒な周りの雰囲気とは明らかに毛色の異なる無骨な鉄扉が取り付けられている。


 あの扉から柱の中に入り地下へと続く螺旋階段を降ると【湖の神域】入り口へと辿り着くのだが――


「来たか『死にたがりスーサイド』共」


 扉の前には協会職員の制服を着こなし、白髪を逆立てた逞しい精悍な顔つきの老齢の男性と、怜悧そうな切れ長の瞳に赤縁の眼鏡をかけた長い栗色の髪の女性が立っていた。


 いるじゃん、人。


 いやまあ完全にもぬけの殻には出来ないだろうし、そりゃ居るだろうけどさ、よりにもよって何か凄い偉そうな人が居るじゃん。


 もう僕には予想がついてるけど、この人あれでしょ? 偉い人でしょ?

 わかるよ、雰囲気で。隣に秘書っぽい人も居るし、わかるよ。やだなぁ⋯⋯採掘者協会イーリスト支部、支部長とかだったらやだなぁ。


「ヴェイオン、見送りは不要だと言ったはずだ」


「見送りじゃねぇ、最後の説得に来たんだよ」


 エルが凛とした声でそう言うと、ヴェイオンと呼ばれた男性は大きな溜め息を吐き出し、組んでいた腕を解いて疲れたようにガシガシと頭をかいた。


「あれは、支部長のヴェイオン・ライアートさんだねぇ。隣にいる美しい婦人は秘書のサラ・レルエさんさ」


 ほぉらね。


 いつの間にか隣に来ていたクライスさんが、笑顔を浮かべたまま囁くように僕と店長に説明してくれる。嫌な予想が当たったことに僕はげんなりとしてしまった。


 まあ、バレなければ特に問題はないだろう。僕は影の薄さには自身があるんだ。店長は知らない。でも多分大丈夫、店長だから。


 内心びくびくしながらも、僕は二人に歩み寄る皆に続く。


「⋯⋯無駄だとは思うが、もう一度言うぞ。馬鹿な真似はやめろ」


 近づいた僕らを改めて見たライアートさんは、瞳を鋭く細め、言い聞かせるように口を開く。


「黙れクソ老害、さっさと退きやがれ。ジジイは大人しく茶でも飲んでボケてろ」


 アリスちゃん⋯⋯ちょっとちょっと。

 目上の方は敬おう?

 偉い人には謙ろう?

 そうやって穏便に生きていこう?


 それに多分この人顔は怖いけど心配してくれてるんだよ。顔は怖いけど。


「ヘルサイトさん、採掘者の品位を下げる発言により、減点一です」


 ほらなんかレルエさんに減点一されたよ?

 バインダーに何か書き込まれたよ?

 失礼って概念覚えたほうがいいよ。


「あ? うるせぇぞ行き遅れが」


 気、立ってるなぁ⋯⋯。まあ仕方ないけどさ。


「⋯⋯減点百」


 さっきのは一だったのに。

 すごい減った。

 大丈夫これ? 取り返しつかない程減点されてない?

 自業自得だけど理不尽じゃない?


「はぁ⋯⋯あのな、確かにお前らは採掘者で、【湖の神域】に挑む権利がある。だが、立場ってもんを考えろ」


 ライアートさんが再び大きな息を吐き、腕を組んでアリスちゃんとエルを交互に見た。


「かたや現『創造者クリエイター』、かたや森人族族長の一人娘。お前らは採掘者協会だけじゃなく、国や世界にとっても重要人物だろうが。お前らがただの採掘者なら自由意志を尊重するが、協会側として、そんな二人をみすみす死なせるわけにはいかねぇんだよ」


「責任を問われ、ヴェイオンさんは間違いなく首を切られるでしょうね」


「嫌な事言うな」


 眼鏡を指でくいとかけ直したレルエさんに、ライアートさんは顔を顰める。


 やべぇや二人のほうが偉かった。

 創人族のアリスちゃんはともかくとして、エルが族長の一人娘ってなに? 初耳なんだけど。

 つまりどういうこと? 簡単に言えば王女みたいなものってこと?

 何それ何で言ってくれないの?


 謙り損ねたじゃん。


 いや、今からでも遅くは⋯⋯遅いな。


「一族としての立場は関係ない。ボクの選択の責任は、全てボク自身にある」


「そういうわけにもいかねぇだろうが⋯⋯」


「それに、手は打ってあるだろう?」


 ライアートさんは「あー⋯⋯」と声を漏らし顔を上に向けた。


「アリス・ヘルサイトと『精霊の風』が【湖の神域】に入った事実を公的記録に残さないことで、万が一内部で死亡した場合は皆謎の失踪を遂げたものとし、そこにイーリストや採掘者協会の関与は一切なかったこととする」


「ああ、そのためにボクらはそれぞれ直筆の書き置きを残してきた。特にボクのものは、森人族の者が見れば確実にボクが書いたものだとわかるようになっている。国や協会の関与がなかったことの裏付けにはなるはずだ。責任は及ばないよ」


 エルたちがそんな事をしていたなど、僕は知らなかった。今改めて、彼女たちが本気で覚悟を決めて協力しようとしてくれていた事を思い知る。


「⋯⋯無茶苦茶言いやがる。この間も『浮遊都市ファーマメント』の件で情報改竄したばかりだぞこっちは⋯⋯大体何なんだありゃあ、何でお前らが勝手に『浮遊都市』を落とした事実を隠蔽するのにうちが手を貸さなきゃなんねぇんだ。意味がわからねぇ」


 上を向いたまま疲れたような声でぼやいているライアートさんに、エルはくすくすと笑う。


「でも、キミはやったんだろう?」


「国からの圧力に屈したんだよ。本部にバレたら殺されるな」


「違うね、キミなら協力すると判断したから国もキミに事実を打ち明け、隠蔽の協力を仰いだんだ。キミはそういう人間だ」


「おかげで私も付き合わされました。口外厳禁の国家レベルの極秘事項を知った身としては、とても今の給金では割に合いません」


 レルエさんが再び眼鏡をくいと上げ、ライアートさんを横目でじとりと睨めつける。ライアートさんは「う⋯⋯」と声を漏らし、眉を顰めながら顔を戻して僕らを見た。


「⋯⋯だが、今回の話はまた別だぞ。うちにメリットが何もねぇ。ただ有能な採掘者を失う可能性が高いだけだからな」


「舐めんじゃねぇぞクソジジイ。アタシたちが死ぬと思ってやがんのか」


「お前らの実力は疑ってない。それでも危険すぎると言ってんだ。はっきりとした勝算はあんのか?」


「あるに決まってんだろクソボケ」


「そりゃあ――後ろの二人のことか?」


 と、ライアートさんは外套を被った僕と店長へ目を向けた。一瞬焦ったが、それでも僕は自動人形に成りきり、微動だにせず何の反応も示さない。無駄な足掻きかもしれないが、意地でも顔を知られたくなかった。


「八人で臨める採掘跡にわざわざ六人で入るバカはいねぇ。頭数はきちんと揃えるはずだ。そいつらが例のミリス・アルバルマとノイル・アーレンスか」


 ダメだこれ。完全にバレバレだわ。調べられてるわ。

 いやまあ、『浮遊都市』の件を知っているのならば当然といえば当然なのだが。


「イエ、ボクハアリスチャンノゲボクデス」


 だが悪あがきはやめない。僕はできるだけ人形っぽく言葉を返した。


「なんじゃ、もう取ってよいのか?」


「ナンデトッチャウノ」


 しかし店長が何の躊躇いもなく外套を取り払い堂々と姿を見せやがった。僕の往生際の悪さを見習ってほしい。

 こうなってはもう仕方ないので、僕も一つ息を吐き、しぶしぶ外套を脱ぐ。


「何で頭を下げようとしてんのよ⋯⋯」


「いやつい」


 そして、床に頭を着けようとした所、ミーナに呆れたような声をかけられた。しまった、つい癖で。偉くて怖そうな人見たら身体が勝手に動いてしまうんだ。

 気を取り直して、僕は珍妙なものを見たと言いたげな表情をしているライアートさんと向き合う。レルエさんが目を細め、品定めするように眼鏡をくいと上げた。


「あ、どうも。ノイル・アーレンスです」


 僕がぺこぺこと頭を下げつつ挨拶するとライアートさんは額に手を当て、レルエさんは物凄いしかめっ面でバインダーに何か猛烈に書き込み始める。

 何が悪かったのかはわからないが、多分僕の第一印象はよろしくなかったのだろう。


「⋯⋯なんでも屋、だったか。ミリス・アルバルマはともかく、ノイル・アーレンスの方はその⋯⋯大丈夫か?」


 不安にさせてしまったらしい。

 ごめんなさい。常に予想を下回るんですよ僕。


「わかっちゃいたが、とてもあの『狂犬マッドドック』の息子には見えねぇな⋯⋯気づかねぇわけだ」


「え?」


 と、額から手を離し、ゆっくりと頭を振るライアートさんの言葉に僕は思わず声を発してしまった。


「父さんを、知ってるんですか?」


「ああ、問題児だったからな。よく覚えてるよ。今は何してんだあいつ?」


「王都に来てますよ」


「何だと? いや⋯⋯そうか。あいつロゥリィを⋯⋯」


「んなこたぁいいんだよッ!!」


 うわびっくりした。


 僕がライアートさんと話していると、アリスちゃんが突然ブチ切れたように怒声を張り上げた。


「こんなとこでくっちゃべってる暇はねぇんだボケがッ!! もういいだろうがさっさとそこをどけクソジジイッ!! 時間の無駄だッ!!」


 そして、ライアートさんに歯を剥き出しにしながら詰め寄ると、胸ぐらを掴む。


「アタシたちは行く。これ以上止めるようならブチ殺す。もう口を開くな」


 吐き捨てるように至近からライアートさんに言葉をぶつけたアリスちゃんは、強引に彼を脇に寄せると、一人鉄扉を開き柱の中へと入っていった。


「⋯⋯ヴェイオン、安心してくれ。キミはノイルの実力を疑っていたようだが、『浮遊都市』を落としたのは実質ノイルとミリスの二人だ。彼らが居れば失敗はありえない。必ず帰るよ」


「⋯⋯ったく、馬鹿どもが」


 エルが苦笑しながらそう言うと、ライアートさんはその場にどかっと座り込んだ。レルエさんが咎めるような視線を向けたが、彼はもはや気にした様子もなく瞳を閉じる。


「さっさと行って、さっさと帰ってこい」


 そして煙草を取り出しくわえたところで、レルエさんにバインダーで頭を叩かれた。


「ここは禁煙です」


「⋯⋯すまん」


 そんなやり取りを横目に、僕らは鉄扉の向こうへと入っていく、僕の後に店長が二人の前を通る際、若干しょんぼりとした様子のライアートさんに、ふいに声をかけた。


「お主は相変わらずじゃのぅ」


「お?」


 怪訝そうに眉を顰めた彼とレルエさんを置き去りに、店長は鉄扉を閉める。


「店長、ライアートさんを知ってたんですか?」


「何のことじゃ?」


 僕が問いかけると、店長はきょとんと小首を傾げた。何だこの人。


「いや、だって今⋯⋯」


「何のことだかわからぬのぅ」


「いやいや」


「何じゃ、そんなに我の事が気になるのかのぅ?」


「んーならないですね。僕店長のこと嫌いですし」


 にんまりと笑みを浮かべて尋ねてきた店長を見て、冷静になった僕は大して気にならないことに気づいた。

 まあ、店長だしな⋯⋯。

 別にどうでもいいか、なんかムカつくし。


 そう思いながら皆の後を追い螺旋階段を下り始める。


「何でじゃあ!!」


 すると、背後からはそんな叫び声が聞こえてくるのだった。

 

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