第30話 歓迎会


 その後の学園生活については特に語ることはない。二年の終わりには釣り堀は無事に完成し、僕はほとんどの時間をフィオナと共にそこで過ごしていただけだ。

 そして卒業するや学園を飛び出しイーリストへと向かい、今に至る。


 彼女の成長は目覚ましく、どんどんと明るくなり、僕が卒業する頃にはほとんど今のフィオナと変わりない立派な女性になっていた。成長期って凄いなと思った。


 フィオナが後に発現させた魔装マギスのおかげで釣り堀も早く完成させることができたし、僕の学園生活の大部分というか殆どは彼女との思い出しかない。


 卒業する際にはフィオナは「必ず追いかけます」とこの世の終わりかのように泣きながら言っていたが、まさか本当に『白の道標ホワイトロード』に現れるとは思ってもみなかった。


 卒業後の進路とか何も考えていなかった僕は、彼女にどうするのか尋ねられても答えをはぐらかしていたのに、どうやって僕の居場所を特定したのだろうか。

 学園長にでも聞いたのかな。とりあえずイーリストに釣りにでも行きますと伝えた時に、彼は頭を抱えていたが。


 しかしそういえば、あの釣り堀はまだ残っているのだろうか。可能な限り自然の池の環境に近づけた自信作だったので、僕の研究成果として学園に寄贈すると言ったら学園長は微妙な顔をしていたけれど。


「釣り堀ってまだあるのかな?」


 フィオナに抱えられて空の旅を終えた僕は、『白の道標』前でそう尋ねた。僕の《馬車》よりも遥かに速い速度で帰り着いたが、流石に太陽は完全に沈んでしまっている。


「絶対に残しておくようにおじいちゃんに言っておいたので大丈夫です。誰も近づけさせないようにとも。二人の思い出の場所ですもんね」


 彼女は凄く良い笑顔で答えてくれたが、使われない釣り堀など意味があるのだろうか。もうそれただの池じゃん。せっかくだから釣り好きな学生に有意義に使ってもらったほうが嬉しいのだが。


「そっか⋯⋯ところでよく僕が海に向かってるってわかったね」


 なんとなく『白の道標』に入り辛い僕は、今更ながらそんなことを尋ねる。意気地が無いと思われるかもしれないが、ノエルにも店長にも、どんな顔をして会えば良いのかわからなかった。


「私は先輩のことなら何でもわかりますから」


「あ、はい」


 何よりも誇らしい事のように胸に手を当ててフィオナはそう言い切るが、正直怖い。

 まあ、僕の思考など単純過ぎるので行動を読まれても仕方ないのだけれども。


「それに――ほら、見てください!」


 彼女は服の襟元を開ける。妙に色っぽい鎖骨や豊満な胸元に目が行きそうになるが、注目すべきはそこじゃない。フィオナの首に嵌った黒色の首輪だ。

 お洒落なチョーカーというよりは、ペットに着けるそれに近い。正直なことを言っても良いのなら、そんな物着けないほうがいいと思う。


「それって⋯⋯もしかして魔装?」


「はい! そうなんです! 私の新しい魔装です!」


 嬉しそうに答えたフィオナは、うっとりとした様子で首輪の魔装を無でる。


「《ラヴァー》という魔装なんですけど、効果は先輩の奴隷になることなんです!」


「なんて?」


 おかしいな。 

 僕の耳が狂ってしまったのだろうか。それともこの世界が狂っているのだろうか。

 ああそうか、聞き間違いだなきっと。


「先輩の奴隷ですっ」


 聞き間違いじゃないわこれ。

 となると狂っているのはこの世界だな。どうやら僕はいつの間にかイカれた世界の住人になってしまっていたらしい。

 一体どこで選択を誤ってしまったのだろうか。間違いだらけの人生を歩んできた僕には見当もつかない。


「この首輪が着いている間は、先輩は私に何でも命令できるんです。もちろんこんなもの無くても私は先輩に命令されたら逆らいませんけどね。ふふ⋯⋯でもこれは強制なんですよ! 私の意思に関係なく先輩は私を操ることができるんです。それに、奴隷は主人の傍に居ないといけませんから、先輩の居場所が常にわかりますし、命令以外で先輩から離れると徐々に首輪が締まって自動的に私に罰を与えてくれるんですよ? 凄いですよね! 先輩にお仕置きされてるみたいで! 私が先輩の所有物なんだって強く感じられてとっても素敵⋯⋯。もちろん任意での解除はできませんし、それに⋯⋯ふふっ一日離れていると首輪が完全に締まって死んじゃうんです! まさに愛ですよね! ずっとイメージはあったんですけど、帰ってきて先輩の顔を見たら気持ちを抑えきれなくて⋯⋯創っちゃいましたっ。似合いますか?」


「あ、はい」


 きらきらと瞳を輝かせ、喜々とした様子でフィオナは自身の新しい魔装について説明してくれるが、正直全くついていけない。


 何だその魔装。呪いのアイテムかな?

 デメリットしかないよ。デメリットの詰め合わせだよそれ。

 僕の《馬車》の比じゃない。狂気の沙汰だ。


「何か命令してみてくださいっ」


「え、じゃあ自由に生きて」


 本当に。


「それは一生俺の傍に居ろ。ということですね!」


 どうしてそうなるのかな? この世は不思議である。


 しかしまあ⋯⋯フィオナがこうなってしまったのって僕のせいだよなぁ⋯⋯。


 僕が人手欲しさに適当なことを言ってしまったのが原因なのは間違いないだろう。昔の僕に出会ってしまったのが彼女の最大の不運だ。

 ならば、僕はフィオナの人生を狂わせてしまった責任を取らなければならないのだろうか。


 ⋯⋯よし、とりあえず何か彼女が望むことをしてあげよう。僕も一応大人の男だ。


「あー⋯⋯、フィオナって僕に何かして欲しいことってある?」


「結婚ですかね」


「⋯⋯」


「キスとか」


「そろそろ中に入ろうか」


「はいっ」


 フィオナと視線を合わせないように僕はそう言って『白の道標』の扉を開けた。

 何か聞こえた気もしたが、そんなの知らない。

 責任感の無さにおいて僕は他の追随を許さない男だからね。それに今のはきっとフィオナなりのジョークだ。ははっ、おもしろい。

 まあフィオナには今度何かあげるとしよう。飴玉とか。


「ノイル!」


「おお、帰ったかのぅ」


「⋯⋯ただいま」


 僕らが『白の道標』の中に入ると、ノエルが駆け寄ってきて僕の身体をぺたぺたと触り、店長は普段通りソファに深く腰掛けてお茶を飲んでいた。まるで例の一件などなかったかのようなその態度に、僕の肩の力は抜ける。


「大丈夫? どこも怪我してない? ごめんね、私のせいで」


「だ、大丈夫だから」


 僕の身体に触れながら謝るノエルの肩に手を置いて、落ち着かせながら苦笑する。

 やはりというか何というか⋯⋯ノエルは僕に対して過保護過ぎる気がする。まるでちょっときつく叱ったせいで、家を飛び出していってしまったやんちゃ息子が帰ってきたかのような対応だ。

 どうせなら飴玉もくれないかな。それをフィオナにあげるから。


「本当にごめんね⋯⋯」


「いや、別にノエルだけのせいってわけじゃないし⋯⋯まあ、喧嘩はしないでくれると助かるかな」


 申し訳なさそうな表情を浮かべているノエルに頭をかきながら応えると、彼女は頷いて振り返る。


「うん、それはもう大丈夫。だって――」


「私たちには、お互いよりも優先するべき相手がいますからね」


 ノエルの言葉を引き継いで、僕の隣に立ったフィオナが笑顔でそう言った。二人の視線は我関せずといった様子で優雅にお茶を飲んでいる店長へと向けられている。

 何だか空気が一瞬張り詰めたような気がしたが、店長は二人の視線を全く気にした様子もなくカップをテーブルに置くと、立ち上がり腰に手を当てる。


「よし、ノイルも帰ってきたことじゃし。行くとするかのぅ」


「行くって、どこにですか?」


 僕今帰ってきたばかりなんだけど。あんまり寝てないから今日はもう友情について考えながら寝たいんだけど。


「やっておらんかったじゃろう? ノエルの歓迎会じゃ。フィオナの帰還祝いも兼ねてのぅ」


 そう言って笑う店長を見て、まあそれなら仕方ないかと僕は思うのだった。







 僕たちは商業区南にある宿場街、その中でも比較的目立たない場所にある『炭火亭』を訪れていた。


 炭火亭は『白の道標』行きつけの酒場だ。

 然程広くない石造りの店内には、いくつか丸テーブルが置かれおり、その中央には網が敷かれ、注文した食材をそこで焼いて食べるというスタイルのお店である。


 この炭火亭を『白の道標』がよく利用するのは、単純に目立たないからだ。知る人ぞ知る、というほどではないが、それでも他の酒場や食事処に比べれば失礼かもしれないが地味なお店だと言えるだろう。

 お客はそれなりに入っているが、満員になっているのは見たことがない。

 しかし決して悪い酒場ではないのだ。騒がし過ぎず居心地は悪くないし、食べ物も飲み物も美味しい。あくまでも僕基準だが。

 

 店長ははっきり言って目立つ。その優れた容姿で周りの目を引いてしまうのである。

 本人は全く気にしないが、一緒に行動する僕は違う。というより大体僕への風当たりが厳しくなる。


 まあ、黙っていれば絶世の美女と言っても差し支えない店長の隣にいるのがパッとしない男な上、いつもお金を支払うのはほぼ店長なので、何だあのクズ⋯⋯と思われても仕方ない。僕も事情を知らなければそう思って石を投げる。

 

 しかしたまに石を投げられたり、そういった目を向けられるだけならば僕はプライドの無い人間なので問題ないのだが、絡まれてしまうと話は別である。

 店長と酒場で食事していると、酔っぱらいに絡まれることが少なからずあったのだ。「おい姉ちゃん、そんな男より俺らと遊ばない?」というやつである。


 割ともっともな意見だと思うが、その人と遊んだら死が待っているのを僕は知っているため、大体そういう時は僕が対処しなければならなくなるのだ。

 店長がキレる前に事を収めなければならないので、中々に胃に悪かった。

 まあそれでも、店長だけならば出来るだけ地味な格好をしてもらうなどの対応だけでどうにかなっていた。


 だが、そこにフィオナが加わってしまえばそうはいかない。二人の美女と出歩く僕に対する投石の頻度は上がったし、今度は「おう兄ちゃん、良いご身分じゃねぇか?」と絡まれまくるようになった。


 その上ちょっかいを掛けてきた相手に対してフィオナは割と容赦がない。というより僕に害意を向けた場合に容赦がない。確実に相手の心に深い傷を残し、僕の胃はそれと同じくらい痛む。

 僕への投石は止んだが、同時に出禁になったお店もあるくらいだ。


 なので、トラブルを避けるために――というか僕の心の安寧を保つ為に、『白の道標』メンバーで食事する際にはこの炭火亭をよく利用する。

 もう少しお洒落なお店のほうがノエルは喜んだかもしれないが、申し訳ないがそれは出来ないのだ。


 彼女が加わって更に僕の肩身は狭くなった。ここまでの道中も周りから感じる視線が痛かったので、そういうお店には僕抜きで行って貰おう。


 いつも通りぽつぽつと客が入っている炭火亭の一番奥の席に通され、僕は適当に壁側の席に座る。するとノエルが右隣、フィオナが左隣に流れるように座った。

 そして、昔僕が苦肉の策でプレゼントとした地味な服と帽子を被った店長が、僕の正面の席へとゆっくり腰掛ける。


 そういえばフィオナも欲しがっていたし、同じ服をプレゼントするのも悪くないかもしれないな。全然お洒落じゃないけど。


 僕がそんなことを考えていると、店に入るのと同時に注文しておいた飲み物が届いた。


 僕らはそれぞれの飲み物を手に取る。店長とフィオナと僕の三人がジョッキになみなみと注がれたエール。そしてお酒を飲んだことがないらしいノエルが、同じくジョッキに入ったよく冷えたお茶だ。


「私も同じのにすればよかったかな?」


「無理しなくていいと思うよ。飲んでみたいなら僕の少しあげるし」


「先輩のは私が飲みますよ?」


 何で? 自分の飲みなよ。


「さて」


 嬉しそうな笑顔のノエルと、何故か悲しそうなフィオナ。そして困惑する僕を他所に、店長がジョッキを持ち上げた。

 それに合わせ、僕らもジョッキ掲げる。


「『白の道標』に新たな仲間が加わったことと、フィオナが無事戻ったことを祝い――」


 乾杯じゃ! という声と共に、僕らはジョッキを打ち合わせるのだった。

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