第45話

 最初に文句を言い出したのは、イシイ組と呼ばれていた女三人であった。

 彼女たちはテーブルを囲む皆の姿を遠巻きに眺め、髪をいじりつつ、つまらなそうにあくびをしてみせる。


「つか、なんでウチらがセツカに従わなきゃいけないワケ?」

「うけるんですけど」

「だるいでしょ、戦争とかやりたくないしー」


 そいつらの名前は……くそ、名前忘れてしまったな。

 柴犬みたいな顔してるやつと、パンダ。あとはウーパールーパー。

 とにかくそういう感じの見た目の女が声をあげたのだ。

 すると、待っていたかのように追従する奴がいた。


「僕も疑問に感じていたよ。セツカ君はイシイ君たちを結局どうしたんだい? 僕たちに何の説明もないじゃないか? なのに僕たちにはダンジョンでレベルを上げておけだなんて、まるで奴隷のように指示を出しておいて!!」


 秀才グループのナカジマだ。

 こいつは誰かが声をあげるまで待っていた姑息な奴だ。言いたいことがあるなら一番最初に言えばいいものを。

 そして秀才グループの男どもは「確かに」「一理ある」「QEDですな」とか意味不明なフォローをしてナカジマの意見に賛同した。

 せっかく皆の勢いが戦いに向いていたのに、全く面倒な奴らだ。


「ばか野郎!! セツカにどれだけ世話になってるか、てめえらわかんねえのかよっ!!」

「あきれますよナカジマ君たち。あれほどイシイには苦労してたじゃないですか?」


 オニズカとサカモトは、鬼のような表情で怒りを露にした。


「ねえ、こいつら殺していい?」


「ダメだぞミリアお前国王だろ? そんな言葉づかいよせ」


 ミリアも激怒していた。三人の女の子たちは俺が抱き締めている。なぜなら離したらきっとナカジマたちをボコボコにしてしまうからだ。

 しかし、これほどまでのアホならミリアの気持ちもよくわかるというものだ。

 俺は、アホのクラスメイトにもわかるようにゆっくりと説明してやる。


「まず最初に、俺はお前らをダンジョンでレベル上げしろだなどと強制した覚えはない。ひとつのアドバイスとして、この世界で生きていくならレベルという概念があるかぎり上げておいたほうがいいと忠告しただけだ。ひとりぼっちになるのが嫌で、結局クラスメイトについていきダンジョンに向かったお前たちが俺にぶつくさ言う資格はないぞ?」


「ぐっ。でも、イシイはどうしたんです? 僕はまだセツカ君の言ったことを信用できない」


「はぁ。イシイのことは忘れろと言った。頭の良いお前なら理解できると思ったんだがな。偏差値の高さでは世の中の仕組みが理解できなかったらしいな?」


「バカにするなっ!! そうやってわけのわからないことを言って、煙に巻くから……」


「殺した」


「…………は?」


「イシイは、俺が殺した」


 実際は死んでいないが、死ぬよりも非道な目にあっている。

 なので俺の言った言葉は間違っちゃいない。

 ナカジマは俺が放った言葉の重みを理解できないようだ。

 クラスメイトがクラスメイトを『殺す』。この世界ではそういうことが起こり得るということを。


「うそ……」

「セツカ、イシイ様をほんとうに、殺したの?」

「なんで、同じクラスメイトじゃん!!」


 イシイ組の三人は取り乱した。

 こいつらはイシイに従っていたから、可愛がられていた女だ。

 こいつらのせいでイシイが増長し被害にあった奴らもいるからイシイと同罪といえば同罪なのだが。

 俺は三人に宣言する。


「お前らはもう喋るな。自覚しろ。イシイはいない。そして、この国が俺たち秀名クラスメイトを守るたったひとつの共同体だ。意味わかるか? この国が滅びたら俺たちのクラスを支援してくれる存在はいなくなる。ものめずらしさに利用され、犯され、研究され。骨までしゃぶられる最後が待っていてもおかしくないということだ。理解できたか? 俺たちがアンデッドの軍勢を止めないと居場所がなくなるんだ」


「はぁ意味わかんないし」

「イシイ様だってそのうち戻ってくるしー」

「うざいんすけど、説教」


「そうだそうだ。国なんかの言いなりになった覚えはない!」


 あくまで聞かないというわけか。

 なら、仕方がないな。






 と、その瞬間。


「ガルルルルゥ!! どこだ、この国の王とやらはぁ!?」



 ドガァッッッッッ!!


 天井を突き破り降ってきたのは、筋肉の固まり。

 毛玉に包まれたモリモリの鋼鉄筋肉は、真っ赤なたてがみを怒らせて叫ぶ。


「ガルゥ!! 俺は獣王ハウフル。ちょっくらウチのレイブンが世話になったみたいだな? どれ、俺も遊んでくれや?」


 魔王のひとり、獣王ハウフルの突然の襲撃であった。

 驚き固まる皆の間で、辛うじて反応できたのはミリア、レーネ、スレイ、フローラのみ。

 クラスメイトたちは全然気がついていなかった。まったく、先が思いやられる。

 ハウフルはじっと俺の顔を見て、大きな牙を覗かせながら豪快に笑った。


「がははっ、てめえか? 相当やべーな。レイブン油断したんだろ? あいつ家に帰ってわんわん泣いてるだろうぜ」


「天井に穴が開いてしまった。どうしてくれる」


「がはっ! そんなことどうでもいーじゃねーか。てめえが国王なんだろ? 俺とヤりあおうぜ。レイブンが負けたって聞いていてもたってもいられなくなってよ。スリザリに殺される前にいっちょヤっときてえと考えたのよ」


「残念だが、国王はあっちだ」


 俺は迷うことなくミリアを指差す。

 ミリアは顔を青くしながら、(なんでこっち指差すのよぜったいに強キャラじゃないのこいつ!)みたいなしかめっ面をしていた。


「ひえっ。わ、わたし!?」


「おう。ねーちゃんが国王なのか。なら、俺とヤろうぜ?」


「ぜ、ぜったいにイヤ!!」


「ふられちまったぞ、がははっ」


 ハウフルは豪快に笑い飛ばし。

 ぶっとい腕の先についた丸太のような指から、鋭い爪をシャキンと伸ばす。


「じゃ、ヤろうか。てめえがレイブンをヤったんだろ? 俺はそいつをぶちのめす。ゆるさねーよ」


「その前に約束してくれ」


「あん? なんだ?」


「俺はこの国で静かに過ごしたいんだ。お前と戦ってやってもいいが、被害が出るのは困る。ここにいる国民は守りたい。面倒なので余計な手出しはしないで欲しいんだ」


「がははっ。そんなことか。もとよりてめえ以外に興味はねえ」


「おっと、もうひとつ忘れていた」


 俺は、ナカジマ以下秀才グループとイシイ組の女三人を指差しこう言った。


「あいつらはこの国の国民ではないらしいから、遠慮はいらない。餌にしてくれてもいいぞ?」


「くっくくっ。がはははっ! お前おもしれえなっ。あいつらつまみにして食ってもいいのかよ?」


「俺はかまわない。本人たっての希望だからな」


 協力する気がないなら、国民でもないしクラスメイトの邪魔だからな。

 ナカジマと、イシイ組の女三人の顔に絶望が走る。

 ハウフルの気配だが、俺はレイブンや他の強敵と戦ったことがあるため慣れているが、クラスメイトにとっては初めての強敵クラス。

 それもかなりの圧倒的強さを誇る存在の登場に、ほとんどの者は尻餅をつくか震えながら立つのがやっとという状況だ。

 そんな強大な気配をもつハウフルに睨まれた彼女たちは。


「はうぅぅごめんなさいごめんなさい……ゆるしてくださいぃ」

「なんで……こんなすごい敵がいるの? 怖いよう」

「お城の中なら安全だと思ったのにぃ。きゃぁあ」


「せ、セツカ助けてくれっ。僕たち殺されちゃうよっ!!」


 情けない奴らの言葉を聞いて、ハウフルは顔を歪める。

 ナカジマたちの態度が気に障ったらしい。


「こんな奴ら食っても腹の足しにならねーわ。殺そ」



 ハウフルの豪腕が振るわれる。

 ナカジマと女三人は、肉塊になって消し飛んだ。



「ん?」



 はずだったが、俺は人差し指一本でハウフルの筋肉隆々な腕から放たれる爪の一撃は受け止めた。

 ■――ハウフルの爪から与えられる運動エネルギーを『殺し』ました。


「ま、マジかよ。俺の爪……指一本とは、んなバカな。ドラゴンの首だって狩れる威力なんだぜ~!?」


「その程度なら大したことないな」


「が、がははっ。……おもしれえからてめえぶっ殺す!! 流血惨爪(りゅうけつさんそう)!!」


 力にまかせた爪のみだれ突き。

 鍛えぬかれたハウフルのボディから放たれるその技は、それだけで山をひとつ消し飛ばす。

 

「おらおらおらおらおらおらぁ!!」


 ひとつひとつが人の腕ほどの大きさもある爪から放たれる破壊のエネルギーで、相手を粉々にする。

 テクニックのレイブンだとすれば、パワーのハウフルであった。

 が、俺は顔色ひとつ変えなかった。


 ■――危険を自動で『殺し』ます。オートインターセプト完了。


「ふぅ」


「ななな、なっ……小指、だとっ!?」


 俺はすべて小指でさばく。

 ハウフルの技、たいしたことないな。

 というか、こいつ本気出してないな?

 だったら都合がいい。スキルに指示を出す。



 ■――重力を『殺し』反重力エネルギーを拳に乗せます。



「帰れ」


「がっはぁあああっ!?!?」



 普通のパンチ!!

 しかし受けたハウフルは、くるくると回転をしながら自分が開けた穴を通って吹っ飛んでいったのである。

 まるで国民的ベーカリーヒーローが悪い菌をやっつける時みたいに空の彼方へと消えていった。

 死にはしないだろうが、そうとうダメージは負っただろう。あいつもレイブンのように手加減するからそういう目にあう。


 やれやれ。こっちは忙しいのに、問題ばかり起きる。

 どうやらハウフルもスリザリとは関係なく襲撃してきたらしいな。本当にやめてほしい。

 ナカジマはへたりこみ、涙を流していた。


「…………セツカ君。僕、やっぱり間違ってたみたいだ。もうここは日本じゃないんだね。受験もないし、イシイはいなくなった。僕たちが考えて行動しなければ、さっきの奴みたいなのに簡単に殺されちゃう。君が一番クラスのことを考えていたよ。僕たちは一度追い出したのに……ごめんなさい」


「理解できたか? 簡単に死ぬぞ、この世界は」


「はい。わかりました。教えていただき、ありがとうございます」


 一方の女三人組は、抱き合いながらぶるぶると震えていた。


「死ぬかとおもった」

「マジさいあく」

「なんなの、あのライオン」


「お前ら、もう邪魔をするなよ?」


「……フンっ」

「べつにたすけてなんていってないしっ」

「こ、こわくなんてなかったもん」



 餌にしてもらえばよかったか? こいつらは。

 しかし大人しくはなった。これでやっと全員参加で作戦会議に移れたのだ。



 長い時間にわたり会議は続き、次々とクラスメイトと兵士たちの配置が決定したのだった。 

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