第7話 魔王を×しよう!
街で売ったりんご飴は、いくつかの金貨や銀貨へとかわった。
これで数日分の生活の稼ぎにはなった。なかなかだな。
しかし、直接売ると目立つから今度からはギルドを通すか、どこかの商店に卸そう。
またガネウチのような変なのに絡まれると嫌だし。
レーネとスレイは帰り道、とても上機嫌で鼻唄を口ずさんでいる。
初めての経験をして喜んでいるレーネとスレイを見ているとこちらも嬉しい。
「とってもたくさん売れました。さすがご主人様です!」
「やっぱり、セツカ様のひらめきは天才的でした。秒速で金貨を稼ぐ男です~!」
「それほどでもないよ。ん? 誰か家の前にいる?」
そうして森のなかを三人並んで歩いていると。
……家の前に、怪しい人影が三人。
「くっ!! なんという防御力!!」
家に戻ろうとしたら、玄関の前になんかいた件。
黒いローブを着用した三人組が俺の教会に向かって手をかざしてなんか叫んだり騒いでいる。
怪しいマントが一人と、小柄な女が二人か。
やれやれすぎる。ガネウチの次は不審者か?
その中の一人、とげとげの兜を着用したマントの不審者男は大きな声を張り上げ大げさに嘆いているようだ。
「くっ、我輩の第五位階魔法、コールドランスでも扉が無傷だと……なんという建物だ。おそるべき力を感じて偵察にきてみれば、まさか配下であった強者エンシェントオークが殺されているとは。そしてこの面妖な建物。堅く扉が閉ざされ、不気味なほど新しい。きっと中にオークをやった本人が隠れているに違いない。はやく破壊して中を調べねば魔王としての面目が立たぬではないか。しかし中にいるきゃつめ。きっと我輩の力に臆して隠れているに違いない」
二人の幼いおかっぱ少女は男の台詞にあわせ謎のポーズをとり、台詞をハモらせる。
「魔王グリフィン様、たぶんそうです」
「魔王グリフィン様、きっとそうです」
「よし……ドールαとドールβよ。離れていろ。我輩の全力に近い魔法、第三位階エターナルブリザードを使わせてもらう。ふん。この魔法で倒せなかった者は古の勇者くらいか。ふふ、まさか建物ごときに使うことになるとは……いや、悠長なことは言っていられんな。一刻も早くこの中の者を倒さねば。いつまでも隠れていられると思うなよ下郎め!」
「グリフィン様、お願いします」
「グリフィン様、やっちゃってください」
そう言うと、グリフィンと呼ばれた黒マントトゲトゲ兜は俺の家に手をかざし何かをしようとした。
■――攻撃魔法の反応があります。自動で攻撃魔法を『殺し』ますか?
あいつ俺の家に魔法をぶち込むつもりか?
オートで危険を『殺し』てくれているから、多分守られていると思うけど。なんか嫌だ。
レーネとスレイを下がらせ、俺はそいつの前に出る。
「おい」
「……なっ、誰だ貴様。いつの間に我輩の近くにいたのだ。魔力感知にひっかからないだと? 貴様、ただの人間か? はぁ、しかし見たところ雑魚だな。どうしてここにいる。家に早く帰れ。今日は運が良かったな、我輩に貴様を相手する時間はない。この家の中に隠れている強き存在をどうにかするのが、今の我輩の急務だ」
「そうだぞかえれー」
「いますぐかえれー」
トゲトゲ兜の男は、しっしと手を払い再び俺の家へと腕を構えた。
ドールα、ドールβと呼ばれた少女たちは、いーっとあっかんべーしてくる。
話を聞くつもりがないらしい。
「俺の家がそこなんだが? 勝手に傷をつけるな」
「なんだと……ふははは!! 冗談はよせ。貴様のような力なき者にこの屋敷に対する高度な防御魔法は不可能だ。選ばれし勇者か、もしくは神族クラスの力を持つならば別だがな。我輩の第五階位魔法で傷一つつかないのだぞ? そいうえば自己紹介が遅れたな。我輩の名はグリフィン。すまぬな、もう怯えても遅いぞ。かの有名な魔王グリフィンぞ。高らかに仰ぎ見るがよい」
「魔王様ですー」
「魔王様だぞー」
胸をはり偉そうにする自称魔王。
そして二人の少女は花吹雪をまいて拍手をする。なんだこの茶番は?
俺はあきれた顔でそいつらに伝える。
「お前など知らないな。いい加減にしないと怒るぞ? 子供たちも疲れてるんだ」
「なっ、我輩を愚弄するかこわっぱめ。人間は愚かよの。死なねば学ばん者が多すぎる。貴様が支払う対価は自らの命だぞ、やーいこわっぱ。我輩は急いでいる。何故ならばこの建物の中の存在を倒しておかなければいけないからだ。貴様に使う時間など数秒も惜しいが、我輩を馬鹿にしたとなればそれもいたしかたなし」
「しかたなし!」
「やっちゃえ魔王様!」
教会の中には誰もいない。
もしかして俺のパッシブ『殺す』スキルの防御のせいで、中に誰か立て籠っていると勘違いしているのか、こいつ?
魔王とやらは、こっちに向けて手を構えなおした。
魔法でも撃ってくるつもりか?
……めんどくさいな。
街でやたら人に絡まれるからスキルで気配を『殺し』てたんだけど。
意味ないから解除しちゃうか。
■――気配を『殺す』を『殺し』ました。
魔王と少女ふたりはじわじわと冷や汗をかいていき……。
「ふはは、くらえ第三位魔法、エターナりゅ!? ひゃぁぁぁぁああぁぁ!? な、なんだその気配はぁっ今までなかったのに、つよっ、つよすぎっやばいっ!? はぁっ!? く、くるなっこっちを見るなっ。ほわぁあぁぁ!? こっ、こわいぃぃぃ!? こわすぎてこわすぎて? このグリフィンが、このグリフィンああぁぁぁぁっ……こわすぎゅぅううううう!?!?」
「……ほわわわぁぁあ!?!?」
「……きょわわぁぁあ!?!?」
ジョバジョワー。
股間からあふれだす水分が、森の土をおおいに濡らす。
魔王は尻餅をつき、涙目になった少女二人は内股になりながらぺたんと座り込んだ。
ないわー。
マジでないわー。
仲良くお漏らししながら抱き合っているお前らが魔王なわけがない。
俺が知っている魔王はもっとなんていうかこう……ちゃんとしてる。
「はふぅ」
「魔王さまぁ……っ」
「魔王さまぁ……っ」
魔王グリフィンと女の子二名は滝のように失禁して気絶してしまった。
俺のすぐ近くにいるレーネやスレイが平気なことから、これも敵にだけ発動するスキルの効果か。
あまりにも情けない光景だったので、レーネとスレイを抱き寄せ目をふさいでおいた。
彼女たちには絶対に、ああいう大人の影響は与えてはいけないな。
家の中へと入り一息つく。
お茶を淹れて休憩したいのだが、
「はほっ、あのっ、すみません。あなた様のお力が強すぎて立てないです!! すこし抑えては頂けませんでしょうか!?」
などと外から息をふきかえした魔王とやらが言ってくる。
もう帰れよ面倒だな。
■――気配を『殺し』ました。
「ありがとうございます、ありがとうございます……すみません、図々しいお願いなのは百も承知なのですが、その……何か体をふくものをお貸しして頂いても?」
「うるさいな。人の家の庭で漏らすんじゃない」
「ひぃい……そんなに睨まれるとこわいです。どうか慈悲を、お恵みを」
「おめぐみをー」
「おゆるしおー」
手もみしながら窓の外で縮こまる魔王たち。
無視。
可哀想なものを見る目でレーネとスレイが彼らを眺めていた。
結局タオルを運んであげる彼女たちはとても優しい。
なんていうか、見ていられなかったのだろう。
「ふふ、改めて紹介させて頂こう。我輩は魔王グリフィン。こちらの女どもは部下の吸血鬼ドールαとドールβだ。セツカ様、我輩は最初から貴殿のお力を知っていたのである。試すようなことをして悪かった」
「失礼いたしました」
「ごめんなさいです」
やがて体をふき終わったのか、窓の外で勝手に話し始める魔王グリフィン。
そして二人のおかっぱ少女たち。彼女たちは吸血鬼なのか。
「いや、お前ら拭いたならさっさと帰れよ。試すってか漏らしたんだろ?」
「言わないでっ!! くれるとありがたいです。どうか我輩の頼みを聞いてくれないだろうか? この出会いは偶然の好機。是非セツカ様と魔王陣営との同盟を取り付けたい。人間陣営からしてもこの申し出は好機だぞ?」
「嫌だぞ」
「へっ……?」
「同盟とか面倒だから嫌だぞ? こっちにメリットも無さそうだし、じゃあな」
「まっ、待ってくださぃ。すみません、すみません……どうか、どうか魔王陣営への攻撃だけは。魔族の領地に攻め入らないという約束だけはして帰らないと他の魔王たちに示しがつかないのですぅ!!!」
勝手に同盟とか言い始めた魔王。
もうめんどくさすぎだな。
俺は森の中で静かに暮らすから魔族の領地に攻め入るなんて考えないんだが。
「まずは誠意としてこれを受け取ってくださぃ……マジックアイテム『迷宮尺皮袋』です。普通のアイテム袋ではありませんぞ? 巨大迷宮ひとつ分の物体を楽々入れることのできる、我輩が持つ中でもトップレベルの中身の広さをもつかなりレアなアイテムなのです。鑑定すれば特Sクラスは出るでしょう。あと、手持ち……α、β! ありったけ金を出せ。このお方に嘘は通じん。全て受け取ってもらい、あとは判断を仰ぐのだ」
「承知しました魔王様」
「セツカ様、どうぞお納めください」
なんか皮の袋を取り出して勝手に置いたみたいだが。
はぁ。貰う理由がないので断っておく。
「いや、受け取る気はないぞ?」
「そんなぁ!? お願いします。ただ受け取るだけでいいですから」
「だってそれを貰ったら同盟の話を聞く必要があるのだろう?」
「いえ、そう、そうだ! 今回はただこの場所にアイテムを置きに来ました。我輩……グリフィンはセツカ様とお話して帰ることが出来ました。これだけで充分です。セツカ様とのつながりが出来ただけで……もしよろしければ、またお会いする機会を頂きたいのですが……」
「俺はもう二度と会いたくないが?」
「そこをなんとか、そこをなんとかーっ!!」
「まあいい。こちらは攻撃を仕掛けられないかぎりどこにも攻め入ったりしないから、そういうつもりで接してくれ。わかったか?」
「あっ、ありがとうございます。では、早速魔王会議にてセツカ様のお望みどおりになるようにとりはかるよう、周知徹底してまいります。どうか心穏やかに」
「それは相手次第だな。お前のように家を壊そうだなんて輩には容赦しない」
「ははぁーっ。大変申し訳ございませんでしたぁーっ」
変な奴らだったな。
魔王たちはそうやって帰っていった。
俺は思ったんだが、アレはニセモノなんじゃなかろうか。
あんなのが魔王だったら勇者も苦労しないだろうな。
「さて、勝手に置いていくとは言っていたが」
全然いらなかったんだが、魔法のアイテム袋と、皮袋いくつかにパンパンの金貨を置いていった。
机に出して数えてみると、なんと貴族が数年遊んで暮らせる金額が納まっていたらしい。
金貨500枚。
本当に迷惑だよな。
「ごっ、500まい。ご主人様……やっぱり、ご主人様が働くとぜんぜん価値がちがうのですね。へんなひとをお叱りになるだけでこんな金額を手に入れるなんて」
「セツカ様は商売の天才でもいらっしゃったのですね。まさか無から有を作り出すとはこのスレイも想像出来ませんでしたの。ノーコストハイリターンですわ!!」
ほらな?
せっかくりんご飴を売る喜びを噛み締めていたのに、子供たちに悪影響が出ている。
簡単にお金が稼げると勘違いしちゃうじゃないか。
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