第24話 エチュード
「それでは続いてエチュードに移ります」
緊張がほぐれ、身体も温まってきた受講生に向かって江木が言った。
「エチュード」という聞き覚えのあるようなないような言葉に、多村は興味深げに視線を送った。
「前回もやりましたけど、どうですか?苦手っていう方もいると思うんですけど」
その問い掛けに何人か首を縦に振っているのが多村からも見えた。
「頷いている方がいますねぇ。僕も最初の頃は苦手だったんですが、数をこなすうちに慣れて引き出しも増えていきますから。初めから上手にやる必要はないので、慣れるためだと思ってやってみてください」
江木の隣で大山が箱を2つ手にしていた。抽選箱のような丸い穴の開いた四角い箱だ。
「時間は前回と同じ3分間です。まずは二人1組から。どなたかトップバッターに立候補しませんか」
江木が声を掛けると、前の方にいた薄いピンクのパーカーを着た子が手を挙げた。その子に促されて隣の白のスウェットの子も続いた。二十歳ぐらいの大学生風の女性二人組はシアターゲームの時から積極的だったから、同じ高校の演劇部出身といったところだろうか。
江木に指名され二人は前に出た。他の受講生はその場に座り、二人に注目している。
「それではまずテーマを引いてください」
ピンクのパーカーが『お題』と書かれた箱の中から紙を引き、江木に渡した。
「テーマは・・・『告白』です」
江木は少しもったいぶったように紙を掲げてそこに書かれている文字を受講生たちに見せた。
「それでは次は『場所』を引いてください」
白のスウェットの方がもう一つの箱の中から紙を引く。
「場所は『部屋の中』です」
また江木は紙を示した。
二人は見つめ合い、頷き合っている。会話はないが何か企み合っているように見えた。
「もうすぐクリスマスですから、この中にも誰かに告白しようと思ってる人がいるかもしれませんけど、どうでしょうか?」
江木は教室内を見回して言った。
「寒くなってお鍋の美味しい季節になりました。寄せ鍋、もつ鍋、キムチ鍋、色々ありますが、皆さんは何がお好きですか?鍋もいいですが、人肌が恋しくなる季節でもありますよねぇってこうやって間を繋いでいるので、今のうちに目一杯イメージを膨らませてくださいね」
二人に声をかけると、他の受講生に笑みが漏れた。
「前回もいいましたけど、エチュードは自由ではあるんですが、1つだけ、『イエス・アンド』が決まりです。相手の言ったことを否定しない。相手の話を受け止め、自分のアイデアをプラスして発想を広げていくのがエチュードです」
『イエスアンド』
聴き慣れない言葉を、多村は頭の中で繰り返して咀嚼した。
「そろそろ大丈夫ですか?」
江木の問い掛けに二人は「大丈夫です」としっかりと返事をした。
「それでは行きますよ」二人を正面に残して江木は脇に避け「よーいスタート」とピッとストップウォッチを押した。
「あのさ、ナミって口堅いよね」
ピンクのパーカーの子がさっそく口を開いた。
「なに?」
白のスウェットが怪訝な顔を浮かべる。
「話しておきたいことがあるんだけど、誰にも言わないで欲しいんだ」
ピンクのパーカーが深刻な顔で続けた。
「絶対言わないから話して」
「実は私、宇宙人なんだよね」
見学している受講生から笑いが漏れた。
「うそ・・・うそ」
白のスウェットは一度呟き、声を大きくしてもう一度言った。
「おどろいた?」
「当たり前じゃん。どこから来たの?」
「火星」
「火星人なの?」
「見える?」
「地球人にしか見えない。この服、地球っぽいけど、火星で買ったの?」
ピンクの袖を引っ張った。
「えっと・・・、これは地球で買った。地球人になりすますために」
「似合ってるね」
「ありがとう」
「火星人って普段どんな服着てるの?宇宙服?」
「えっと・・・、基本裸かな」
「裸なの?火星人って裸なの?」
「みんなそうなわけじゃないけどね」
「じゃあただの好みじゃん。あんたが裸が好きなだけってこと?」
教室に笑い声が溢れた。
「まあそうかな」
「火星関係なくない?」
「うーん・・・、そうかな」
「寒いでしょ」
「火の星って書くぐらいだから、結構あったかいんだよね」
「それ日本語じゃないの?火星人も自分たちのこと火星人って言うの?」
「えっとねぇ・・・あの、ほら、たまたま、偶然被ったんだよね。すごくない?」
「日本語と火星語が被ったの?めっちゃすごいじゃん。火星語って一つだけなの?」
「火星語にも色々あるんだけど」
そこでピピッとストップウォッチのアラームが鳴った。
「ありがとうございました」
江木が間に入り、見守っていた受講生たちから拍手が送られた。
二人は「ありがとうございました」と頭を下げ、照れ隠しなのかそそくさと元の場所に戻った。
「さすが、真っ先に手を挙げただけありますね。告白っていうと恋に関するものだと思ってしまうんですけど、まさか宇宙人だったとは。意外な展開で面白かったですね。一つアドバイスをすると『部屋の中』という設定なのでそれをもう少し感じさせられるとよかったですね。短い時間なので難しいとは思いますが。でも大変よかったと思います。それでは次、やりたい方」
今の二人に触発されたのか、すぐに手が挙がった。今度も若い女性だが、先ほどよりは年長で20代半ばぐらい。二人とも小柄で、一人が緑色のジャージでもう一人が紺のスウェット。紺のスウェットの方は黄色いバンダナで髪をまとめていた。いずれも美容師のアシスタントか古着屋の店員のようなカジュアルな雰囲気をまとっている。
抽選箱から引いたのはお題が『三角関係』で、場所は『カフェ』だった。
「二人で『三角関係』は少し複雑ですが、その辺がアイデア勝負ですね。場所が『カフェ』なのでそれが見えるようにするといいですね」
江木はまた少し雑談をして時間を稼いでから「よーいスタート」と号令をかけた。
緑のジャージが、スティックシュガーを入れてスプーンでかき混ぜ、カップに口をつけるジェスチャーをしてから口を開いた。
「あんた、私の彼氏に手ぇ出したでしょ」
眉間にはシワを寄せている。
「え、彼氏?」
紺のスウェットは架空のグラスを手に取り、ストローに口を付けようとして、その手を止めて言った。
「とぼけないでよ。ヒロトだよ、知ってるでしょ。ユミがあんたと歩いてるところ見たって言ってたんだから」
「ヒロト、キミエの彼氏だっけ?」
「ふざけてんの?人の男に手だして、何その態度」
「でも彼女いないって言ってたよ」
「え・・・、あ・・・、うそ、何アイツとぼけてんの」
「彼女だと思ってないんじゃないの?」
受講生から笑いが起き、紺のスウェットは思い出したようにストローに口を付けた。
「浮気を疑ったら、自分が浮気相手だったってパターン?」
グラスを置いてそういうと、笑い声が大きくなった。
「何ふざけたこといってんの。いい加減にしてよ」
「知らなかったんだから、しょうがないじゃん」
「ごめんの一言もないの?」
「ていうか歩いてただけで、何もないから」
「二人きりいるのがダメでしょ」
「それぐらいよくない?」
「いい加減にしてよ」
緑のジャージはカップの中身を紺のスウェットにぶちまけた。
「何すんのよ」
紺のスウェットもグラスの中身を掛け返した。
そこでピピッとアラームが鳴り、受講生たちから拍手が起こった。
「面白かったですね」
江木の言葉に二人は「ありがとうございました」と頭を下げた。
多村は目の前で繰り広げられた光景に目を奪われていた。その奇妙な、嘘と現実が入り混じったつぎはぎな会話が記憶と重なっている。とらえどころない不快感は、あの映像からもたらされたものと同じだった。
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