エピローグ1.テロル
第一話 秘密を追って
五十畑と宮木が自動運行車内でほんの少しだけ親交を深めて以来二週間ほどが経っていた。と言っても実際にはかぐらに行く頻度が今までより少しばかり増えて、宮木が五十畑の話を少しばかりよく聞くようになった結果、あまり酔い潰れなくなった程度の変化しかなかった。
そんなある日、五十畑はいつもより一時間以上も早く
「おはよ、朝早いのに今日もお綺麗ですね五十畑Cdf」
「ぅひゃっ」
背後から至近距離で、しかも息が耳にかかりそうな、いや本当に息を耳にかけて囁きかけてくるものだからまた妙な声を出してしまう五十畑。振り向いて声の主をきつく睨む。相変わらずこんなことする奴は一人しかいない。
「あんた! 朝から何また破廉恥な事してしてるのよ!」
「あははぁ、最近ちゃんとした会話がなかったからねえ」
「何言ってんのっ、これがちゃんとした会話なわけないじゃないこのっタ」
五十畑が手を振り上げ平手で宮木を
宮木がエレベータホールの向こう側を見つめながら呟く。
「レオナルディで一番近い店ってこの辺じゃないよね」
「え? ええ、まあ、一番近くてニューダベンポートだったかな」
ニューダベンポートはここから二時間以上はかかる場所にある。
宮木がエレベーターホールの時計を見る。七時十三分。レオナルディの開店時間は七時だ。ほとんど皺のない紙袋にも目をやる。
「レオナルディの紙袋ってさ、白にオレンジだったよね。」
「え? ああ、あの人の事? あの緑に黄色の包みは夏至と冬至のキャンペーン用。知らないの? まあ三ヶ月以上前の袋にお弁当包むなんてあんまり……どうしたの?」
広いエレベーターホールの向こう側へつかつかと歩みを進める宮木。次第に歩みを早めその男に近寄ろうとするも間に合わず、男はエレベーターに滑り込むように乗りこんだ。五十畑は宮木のそばまで小走りで駆け寄る。閉じられたエレベーターの扉を苦々しく見つめる宮木の表情に緊張感が走っているのが感じられた。何かが、起きようとしている。
「あのさ、ここから離れて。出来るならビル出ててね」
「えっ?」
「お願い。いい子だから言うとおりにして五十畑」
「う、うん」
中学の頃から見知った宮木の顔と声からは想像もつかない表情。
五十畑は素直に宮木の言葉に従いこの場を離れエレベーターホールの外に出た。
しかし、乗ったエレベーターの隣のエレベーターに宮木が乗ったのを見届けた五十畑は踵を返す。宮木が乗ったエレベーターがどこで止まるか確かめる。この時間帯ならエレベーターの利用者も極端に少ない。エレベーターは九十二階で止まった。しばらくエレベーターの階層表示を見ても動く気配はない。宮木は九十二階へ行ったのは多分間違いない。おそらくはあの男を追って。
緊張感に満ちていた様子の宮木とは別に、五十畑は昂揚感に包まれていた。もしかするとこれで宮木の正体がわかるかもしれない。何かある。宮木にはきっと何かある。
◆次回
エピローグ1.テロル 第二話 格闘
2020年10月3日 21:30時 公開予定
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