第27話 戦い終わって日も暮れて

 バレーボールGH組の祝勝会は盛大に催された。換気が間に合わなくなって店内が煙に包まれるほど肉が焼かれ、デザートバーには何度もスイーツが補充された。そこでの希美代は、上機嫌なだけでない、どこか落ち着いた柔和な顔つきをしていた。


 出場選手と捻挫をした選手一人と希美代、計八人の中で一番の注目を浴びたのはやはりシリルであった。同じクラスの栄原えはら太賀たがはシリルもいぶかしむほどに、まるで人間と同じような親しさで接してくる。坂田智代などはまだアンドロイドに対する違和感を拭い切れていないが、それでもずっと態度は軟化した。

 たった一人でこれほどたくさんの人間に囲まれて会話する機会がなかったシリルはひどく困惑した。それでも希美代が色々助け船を出したりしたおかげで、学内で生徒に見せるシリルの無感情で冷たい姿も幾分柔らかくなり、今までよりは多少穏やかに会話ができるようになったと自分でも思えてはきた。それでも食事という無駄な行動はかたくなに拒否した。


 宴が盛り上がるにつれ、次第にシリルは質問攻めにあうようになった。所有者のこと、機能のこと、感情のこと。

 シリルが一番恐れていたのは伊緒との交際に関する質問だった。案の定三城みきがその質問をぶつけてきた。そ知らぬ振りを決め込む希美代以外の全員が興味津々でシリルを見つめる中、アンドロイドは誰かを好きになる機能がないのだ、と嘘を吐いた時は辛く寂しかった。本当は自分の大好きな人について胸を張って話してみたかった。しかし、自分にバグがある事を知られるわけにはいかないし、自慢話でウザがられて嫌われるのも本意でない、と自分に言い聞かせるしかなかった。


 祝勝会のメインイベントは、八人でチーム選定MVP投票だった。そしてシリルが最多得票を得る。当初はそれを固辞するシリルだったが、希美代だけでなく坂田や吉井までがシリルを高く評価してMVPを強く薦めた。もっとも栄原や三城や太賀は面白がっていただけかも知れないが。マスコミ研究会も観戦者投票もシリルを推すに違いなく、同校初のアンドロイドのMVPを獲得するのは間違いないだろう。


 シリルが今日の試合を思い起こし時折小さな笑みを浮かべながら帰宅すると、門扉の前には伊緒が待っていた。


「伊緒。驚いた、待っていてくれたの」

「うん。たのひかっら?」

「え、ええ。ねえ伊緒どうかしたの?」


 前触れもなくシリルにしがみ付いてくる伊緒。シリルの嗅覚センサーは嗅ぎ慣れない臭いを検知する。伊緒に相応ふさわしくない臭いだ。力が抜けたような伊緒の両肩をがっしり掴んで引き剥がしにらむ。


「ちょっと伊緒、こっちに向かって息吐いて」


「はぁーい、ああーあーあー」


「声は出さなくていいのっ。やっぱり! 伊緒あなたアルコール摂取したのね! だめじゃないもう! 0.12ミリグラムもある!」


「あひゃぁ、ばれたかぁ」


「あひゃぁ、って、何呑気なことを…… 法律違反なのよ。あなたまだ高校生なんだから」


 再びシリルに緩く抱き着いてくる伊緒。


「うーん、もうちょっとこのままれ……」

「うん…… 大丈夫?どこかで酔い覚まさなくていい? うちでお水でも飲んでいく?」


「……楽ひかっらね」


「え、ええ、そうね。楽しかったわね」


 しかし、正直今のシリルは、ゆっくり今日を振り返っている気分ではない。


「シリルもこれでクラしゅのみんあと馴染めるよぉになるかにゃ」

「伊緒……」


 伊緒は伊緒なりに自分の事を気にしてくれていたのかと思うと嬉しくて胸が苦しい信号が流れる。嬉しさが溢れてくる。


「ねぇシリル」


「何、伊緒」


「愛ひてる」


 酒臭いキスの不意打ちに面食らうシリルだったが、いつの間にか二人は長々とキスを続けてしまった。


 伊緒がシリルから唇を離す。そしてそのままずるずるっと全身をシリルに預けてしまった。


「ちょっと伊緒? ねえどうしたの伊緒。まさか寝ちゃったの? ああ、もうどうしよう……」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 荻嶋希美代は12街区の超高級住宅街に建つ自宅に意気揚々と帰宅した。シリルの家をはるかにしのぐ豪邸だ。広いプールだけでなく、沢山の職人のきめ細かい手入れが必要な大きな花壇もある。だがここの家には希美代以外がいる事は稀だった。たった一人を除いては。


 希美代が帰りつくと一人のメイドが出迎える。カールした金のミディアムショート、高い身長、均整の取れたスタイル。シリルにはかなわないが非常に美しい姿形をしている。そして、希美代に向ける愛に満ちた眼差し。

 希美代は廊下のずっと向こうにそのメイドの姿を見つけると全速力で駆け寄り、全力で抱きついた。


「ああジル!」


 慣れているのか、驚く様子も見せず、穏やかな声を発するメイド。


「まあ、お嬢様、帰って来るなりどうなすったんですか?」


 思いっきりしがみ付いている希美代を優しくかき抱く。


「もう少しこうしてていい?」


 伊緒やシリルが聞いたら目を剥いて驚くような鼻にかかった甘え声を発する希美代。


「うーん、それではあと十五秒だけ」

「三十秒」

「ふふっ、仕方ありませんね。じゃあ間を取ってあと二秒」


 「ジル」と呼ばれたメイドはいたずらっぽい声で主をからかった。


「減ってるじゃない!」


 がばっとジルから顔を起こし怒った顔と声になる希美代。


「冗談です。お気に召すままどうぞ。今日は何かいい事でも御座いましたか。ご機嫌麗しいとお見受け致します」


 主従の節は守った言葉遣いだが、その行いは主従のそれには似つかわしくない。ジルはそっと希美代のぱさついた髪を撫でる。


 希美代はアンドロイドのメイド服に顔を埋めたまま甘いため息を吐くように呟く。


「うん。凄く良い事……かな。吉兆」

「まあ、吉兆」


 希美代はまた面を上げた。ジルの目を正面から見つめる。


「ジル」


「はい。いかがなさいましたか?」


「あるんだ」


「何がでしょう? お嬢様」


「ジルにも心が、きっと。いや、絶対間違いなく」


 突然真剣さを帯びた希美代の眼と声。そしてその真剣な眼光には強い確信も添えられている。


「果たしてどうでございましょう。不肖ジリアンには皆目見当もつきません」


 希美代の真剣さとは裏腹に少しからかうような口調のジル。


 希美代がジルの首に手を回そうとすると、ジルは少し屈んでそれを受け入れる。


「ねえ、ジルを、これからもジルを一番に愛してもいい?」


「はい。わたくしもお嬢さまの事を誰よりも愛していますよ。今までも。これからも。ずっと」


 二人は見つめ合う。伊緒とシリルのように、これはもう一人と一機のコミュニケーションの範疇を超えている。


「うん。約束。約束してよね」


「はい。お嬢さまに誓ってお約束いたします」


 二人は申し合わせたように唇を重ねた。



【次回】

 第28話 奇跡の試合

 5/12 22:00 公開予定


※2020年10月8日 加筆修正をしました。

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