第23話 シリル奮闘す

 シリルの脳機能に巣食っているWraithレイスという得体の知れない自律感情系バグは、本来の脳機能であるWドゥブルヴェや身体機能プログラムの能力を遥かに超え、急速に相手と息を合わせることを学習し始めていた。他プレーヤーのレシーブしそこなった球を拾い坂田に正確にトスを回せるようになり、時には上手くないながらもアタックを仕掛けるまでになっていた。

 そんなアタックが由花を強打する。運動神経の鈍い由花では拾いきれない重い球だったのだ。由花は悔し涙さえ浮かべてコートに立ちすくんでいた。シリルをにらみながら。気遣わしげな表情で何か声をかけようとしたシリルだが、由花の激しい怨みの目にたじろぐだけだった。

 ただバレーボール経験者の坂田さかた智代ともよ吉井よしい帆夏ほのか、それに急速に力をつけつつあるシリルの三人だけでは無理があったようだ。三人の欠員もあれば交代すらできない。一方対戦相手のEF組は数合わせの由花たち二人を除いてバレーボールの経験者で、クイックやフェイントなどを仕掛けてはGH組を翻弄した。

 12-8辺りからシリルは自身の躯体に異変を感じるようになった。身体がますます重くなり、動きもますます鈍ってきた。それだけではない。駆動系の激しい稼働で躯体全体に熱が溜まりつつある。しかしヒューマンモードでは冷却機能も制限されている。場合によっては最悪オーバーヒートするかも知れない。この状況にシリルは困惑するばかりだった。

 それに気づいた伊緒いおは二階席から不安気にシリルを見守るしかない。

「シリル、何だか動きが重くなったみたいだけど」

「凄いわねこのモデルは。ヒューマンモードで疲労も再現されるのね」

「凄くないよ! ねえ何だか心配になって来たんだけど大丈夫かな」

「大丈夫。彼女を信じましょう」

 そして24-13。相手のマッチポイント。3セットマッチでセットカウントは1-1。これを取られれば試合は終わってしまう。坂田も他の選手も以前までの闘志はすっかり失せてしまった。

 しかしシリルはそうではなかった。希美代が約束を守るかどうかは別にして、この試合に勝たなければ希美代との取引は成立しない。何があっても負けるわけにはいかなかった。しかし、相手のサーブは強烈だった。バレーボールに不慣れな栄原えはら千枝ちえがこれを辛うじて片手で拾う。が、ボールは大きく外へ。全員が試合終了を確信し弛緩した瞬間、シリルがボールに向かって駆けていた。辛うじてボールに手が届き、辛うじて手の甲でボールに触れ、辛うじて大きな山なりのボールがコートに帰る。シリルはそのまま体育館の壁に背中から衝突し、館内に大きな衝撃音を響かせる。体育館内の生徒の多くがその音に驚き、あちこちでプレーが中断する。シリルのフレームが隅々まで激しく震動する。人間ならどこかしら骨折していただろう。いかにヒューマンモードでも躯体の頑丈さが変わるわけではない。しかし痛覚はある。シリルは苦痛に顔を歪めた。

「シリ――!」

 二階観戦席の伊緒は思わず叫び出しそうになる。

「いいのよ。大丈夫」

「大丈夫じゃないよ!」

「大丈夫だから。矢木澤さんはそんなに弱い人じゃないでしょ」

「……」

 シリルは痛む躯体を引きずるように走って自陣に戻る。

 チャンスボールを手にした相手が再びスペースにアタックを仕掛ける。これも飛び込みながら拾うシリル。次第にラリーの様相を呈してきた。次も、その次の球も、とにかくしつこくシリルが拾う。パイプ椅子に衝突しそれを踏み壊しながらも拾う。そのうち他の選手も積極的に動くようになってきた。十球以上も攻められながらも最後にシリルが拾った球は坂田と吉井が決めた。24-14。シリルは自分でも気づかないまま自然と声をあげていた。


「拾います! 私絶対拾いますから!」


 五人が、そして二階観戦席の二人が驚きシリルに視線を向ける。初めてラリーを制した昂揚感がシリルと他の選手を包んでいた。


 シリルが、皆が必死になって拾い続けた球を決めた興奮で、坂田も思わず声を上げた。

「じゃ矢木澤さん頼むね。さあみんなこのセット取るよ!」

「うん」

「はいっ」

 太賀たが弥栄やえ三城みきかえでが思わず答えてしまう。それがシリルには無性に嬉しかった。



【次回】

 第24話 熱戦の行方

 5/8 22:00 公開予定

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