第18話「ひどい・・・そんなことまでするなんて」
「・・・奴らって?」
「メタルギルドの連中だ」
マロンの父から知らない単語が返ってきたので、傍らのマロンに小声で聞いてみた。
「なあ、
メタルギルドってなんだ?」
マロンは呆れたような顔をしたが、すぐ同情心に溢れた優しい表情に戻った。
記憶喪失の影響だと思ったのだろう。
「メタルギルドは金属製品の製造を、
独占している企業だ」
「独占・・・」
「そう。
武器屋で売っている武器、
道具屋で売っているハンマー、
調理器具屋で売っている包丁・・・
すべて、メタルギルド製だ」
モエカは頷いた。
「その話は知ってる。
父はメタルギルドのことを
すごい嫌ってた。
ろくでもないものを
売りつけてくるって」
マロンの父が言葉をつないだ。
「そう。
奴らが今の地位を手に入れたのは、奴らの実力ではない。
暗殺、暴行、恐喝、破壊工作・・・。
あらゆる手口で競合を潰してきたからだ」
彼の腕が怒りで震えているのが分かった。
辛い過去の記憶が蘇っているのだろう。
「我々もかつては町で暮らしておった。
だが、独自に金属製品を作り始めたところ、
奴らに察知され、夜襲を受けたのだ。
クロム・・・お前の両親もその時に・・・」
殺されたのか・・・クロムの両親は。
ひどい話だ。
他にも多くの命が奪われたのだろう。
なぜこんな不便な場所で暮らしているのかと疑問だったが、彼らはメタルギルドに見つからないように隠れ住んでいたのか。
モエカは改めて自分の剣を見つめていた。
「ひどい・・・
そんなことまでするなんて・・・」
「メタルギルドの非道ぶりが分かったか?
わかったら、
その剣は表に出さず、
大事にしまっておくことじゃ」
「・・・」
モエカは少し考えていたが、やがて首を大きく横にふった。
「ご忠告には感謝します。
でもこの剣を隠すことは、
自分を偽るのと同じ・・・。
それは父の教えに背きます!」
マロンの父はしばらくモエカの真剣な目を見ていたが、やがて説得を諦めたようだった。
「ならば、
お互い奴らから狙われる身・・・
同士というわけじゃな。
来なさい。
我らの工房を案内しよう」
彼は振り向くと歩き始めた。マロンはついていくようにと俺の腕をひっぱった。
**********
工房と呼ばれている建物の内部は、熱気と炭の匂いに包まれていた。
鍛冶に使われる小型の炉では炭が燃えており、手前に置かれた鉄床(かなとこ)やハンマーを赤々と照らしていた。
床には鋳造用の鋳型(いがた)らしきものや、その破片が散らばっている。
いくつか並べられた作業台の上には、加工中の金属片や、木製の部品、冶具(じぐ)や道具が無造作に置かれていた。
マロンは鍬(くわ)のような農具をひとつとると、俺に手渡した。
「見てみろ。
ここで作っている道具は、
メタルギルドの量産品とは違うぞ」
俺はメタルギルドの製品を見たことがないので違いも分からなかったが、その鍬の刃は複雑な形状をしていた。
現場で使いながら、少しずつ改良を加えていったのだろう。
マロンの自信に溢れた目を見ても、その品質の高さが伺える。
「どうだクロム、
なにか思い出したか?」
俺を見つめるマロンの目は期待に満ちている。
気まずい。
そもそも記憶喪失じゃないんだから、思い出しようがないのだ。
「この工房は素晴らしいよ。
君たちが作っているものも凄い。
・・・でも、すまない。
俺はミノルだ。
君の知っているクロムじゃない」
マロンはがっくりとうなだれた。
どうすればいいのだろう。
期待している彼女を失望させるのも辛いが、クロムが死んだことを彼女に悟らせるのはもっと辛い。
そもそも俺は、ここにいるべきじゃないのだろう。
「俺たち、もう行くよ。
ミリアンのお爺さんを探さなければならないからな」
俺がそう言うと、周囲の村人たちに動揺が走った。
「冗談だろ?」
「帰ってきたばかりだというのに、
また出ていくのか!?」
「外は危険だぞ」
みんなから親愛の情を感じる。
村人たちは、クロムのことが好きなのだ。
かといって、いつまでもここに留まるわけにもいかない。
不本意ではあるが、隙きをついて、こっそり抜け出すしかないか。
「ちょっと・・・疲れた。
休ませてくれ」
俺は工房の椅子に腰掛けると、精神を集中させタイゾーの光景を思い浮かべた。
**********
100円ショップで手早く買い物を済ませて帰ってくると、俺は村人たちに戦利品を次々と手渡した。
・五徳ヤスリ(300円)
・ミニ万力(200円)
・ロッキングプライヤー(200円)
・モンキーレンチ(200円)
・パイプ用のこぎり(150円)
・鉄工ヤスリ(100円)
・ペンチ(100円)
・ニッパー(100円)
・金切のこ(100円)
========
合計 1450円
村人たちから驚嘆の声が上がる。
シンプルなものばかりだが、ミニ万力は少し分かりづらいかもしれないので、手本として実際に作業机に固定してみた。
材料をしっかりと固定できることを示すと、再び歓声が上がった。
「なんて精巧さだ!」
「このプライヤー、
がっちりつかんで離さねえぞ!」
「この切れ味、見てみろ!」
工具の奪い合いになった。
彼らは我先にと材料を曲げたり、切ったり、叩いたりを始め、工房は騒然となった。
狙い通り、周囲のことは目に入らなくなっている。
今がチャンスだ!
俺はモエカとミリアンに目で合図すると、こっそりと工房を抜け出した。
**********
何も悪いことはしていないはずなのだが、後ろめたい気持ちに抗いながら、俺たちは村を後にした。
「これで、
よかったのかな?」
モエカも心にわだかまりがあるようだ。
「しかたないさ。
クロムが死んだと知ったら、
みんな悲しむだろうしな」
クロムは新たな目的を見つけて旅立った。
村人たちにはそう信じていて欲しかった。
そのとき、背後から何者かが勢いよく現れた。
暖かな腕が、俺の腰にまとわりつく。
「クロム!」
慌てて振り返ると、それは満面に笑みを浮かべたマロンだった。
「マ、マロン!」
彼女は金属の武器を背負い、いつのまにか旅支度を整えている。
「ミリアンを助けたいのだろう?
私も手伝うぞ!」
「え・・・
いやあ、でもなあ・・・」
俺がリアクションに困っていると、彼女はとんでもないことを言い出した。
「苦楽を共にするのは当然だろ。
婚約者(フィアンセ)なんだから!」
な・・・なんだってーっ!!!
***** つづく *****
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