第16話「恋人どうしなんですか?」

森の中を歩きながら、ミリアンが素朴な疑問をぶつけてきた。


「ミノルさんと、

 モエカさんて、

 恋人どうしなんですか?」


ぶっ!


俺とモエカは同時に吹いた。


わかっている。ミリアンは悪気はない。

完全に純粋な気持ちで聞いているだけなのだ。


モエカは可愛いし、気持ちがまっすぐで魅力的な女の子だ。

ちょっと食い意地が張っているところはあるが、それも素直さの現れだろう。

もしモエカが日本にいたら、学校や会社のアイドルになるだろうし、芸能事務所がスカウトするかもしれない。


そんな子と寝食をともにしながら旅をしてるなんて、冷静に考えたら人から羨まられるようなシチュエーションだ。

それでも俺がモエカと恋人になろうともしていないのは、この異常な状況のせいだろう。

自分がここにいる理由も分からないのだから、恋愛感情も熟成しない。


「いやいや。

 そんなんじゃないよ。

 まだ出会ったばかりだし・・・」


おっと。

咄嗟にそう答えてしまったが、この言い回しは「今後は恋人になるかも」というニュアンスを含んでしまっている。

俺はなんとかフォローしようとして言葉をつなげた。


「モエカには何度も命を救われた。

 俺にとっては恩人だし、

 頼りになる仲間だ」


本人が目の前にいるのに、本人の目を見ることができずに話すのは、なんとも気まずい状況だ。

ミリアンは何も言わず、問いかけの目線をモエカに送った。

モエカは答えを求められていることに気づくと、頬を赤らめながら、ちいさな声でつぶやいた。


「ミノルはね、

 私にとって・・・」


おいおい、なにを言い出すつもりだ?

俺の心臓がバクバクと脈動した。


「美味しいものを

 くれるひと」


ズコーッ!

それだけかよ!


俺はずっこけた。


「私、

 決心をして村を出てきたけど、

 本当は心細かった。

 でも、今は大丈夫。

 ミノルがいつも居てくれるから」


モエカは恥ずかしそうに話したあと、ちらっと俺を見た。

俺だって同じだよ。

君がいるから、こんな状況でも平静でいられる。


なんだか、今まで以上にモエカとの心の絆が深まったような気がした。

「ガールフレンド」とか「彼女」といった言葉が薄っぺらに感じられるほどだ。


ミリアン、君の率直な問いかけのおかげで大切なことに気づくことができたよ。

そう思ってミリアンを見ると、どうも納得がいかないような表情をしている。


「モエカさん。

 ミノルさんは、

 とても素晴らしいひとです。

 お二人は、

 お似合いだと思います!」


なんだかちょっと怒っている。

俺の幸せを願ってのことなんだろうが、そこは曖昧なままでいいんだよミリアン。


沈黙が訪れた。


ミリアンはモエカを澄んだ目でじっと見つめている。

モエカはどう反応していいかわからず、助けをもとめるような目で俺を見る。


いや、そんな目で見られてもなー。


「ええと・・・」


この空気をなんとかしないといけないが、何を言ったらいいのか分からない。


俺の脳がオーバーヒートして真っ白になっていたとき・・・


「クロム!!」


背後から、誰かの声がした。

救いの神か!?


木陰から若い女性が現れた。

健康そうな褐色の肌。金色のショートカットヘア。大きく美しい両目は、涙が溢れている。


「生きていたんだ!」

「え?」

「会いたかった!」


彼女は泣きながら俺に駆け寄ると、俺の胸に顔を埋めて抱きついてきた。


「・・・え?」


俺はしばらく状況がつかめず、美女に抱かれるまま立ちすくんだ。

モエカとミリアンも呆気にとられて静観している。


「えと・・・ごめん。

 人違いじゃないかな。

 俺の名前は・・・ミノルだ」

「!」


彼女は驚いた顔をして俺を見上げた。

互いの顔が近すぎて、壮絶に照れくさい。


「何を言っている?

 私だ、マロンだ。

 わからないのか?」


むむ。


こんな美人、いちど会ったら忘れるはずないし。

クロムなんて名前も聞いたことがない。


まてよ・・・。

俺はシュライアンの相談所で見知らぬ男から「生きていたのか!」と驚かれたことを思い出した。


俺の容姿は日本に居た頃とは変わっている。

召喚されたとき、精神だけが、この世界の別の肉体に宿ったと思われるのだ。


もしかすると、クロムというのは、この体の元の持ち主の名前なのか?

そう考えると、いろいろと合点が行く。


俺は彼女・・・マロンの両肩に手を当て、少しだけ体を離した。


「ごめん。

 この体は、クロムという人の物かもしれない。

 だけど俺の人格は、別の世界から呼ばれてきたミノルなんだ」


マロンは理解ができないという表情だ。

そりゃそうだろう、いきなり納得するほうがどうかしている。

しかし次の瞬間、彼女は意外にも笑顔を浮かべた。


「村に戻ろう。

 みんなに会えば、きっと思いだすさ」


え?

き、記憶喪失だと思われてる!?


マロンは俺の手を引いて、森の茂みの中へと歩き始めた。


***** つづく *****

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