第23話 当代と次代
「お嬢ーー!!」
鳳仙の元へと駆け寄ろうとする虎徹をケルノスが止める。
「待ちなさい。まだです」
勝者だと思われていた景隆が仰向けに倒れ込む。
「うぉーー!!」
全身の力を振り絞り、自身を鼓舞するため、朦朧とする意識に喝を入れるための雄たけびを上げ、刀を支えとしてよろよろと、しかし確実に鳳仙が立ち上がった。
かろうじてではあるが、最後の最後に立っているのは紛れもなく鳳仙である。
「はぁ、はぁ。ウチの……勝ちだ」
「嘘だろ~。俺が…………負け」
「そうだ、オヤジは」
長治郎の方に目をやった鳳仙。そこには長治郎の亡骸を抱え向かって来るカミナの姿がある。
「戦いに巻き込まれてそのまま火葬ってんじゃ、浮かばれねーだろ?」
「カ……カミナ。アンタ、火傷」
「あぁ、凄いなお前たちの炎は。俺にこれだけの火傷をさせるとはね」
「だ、大丈夫……」
「他人の心配出来る状態じゃねーだろ。俺はすぐに治るから心配すんな」
「そう……か」
抱えられている長治郎の顔に手を当てる鳳仙。
「オヤジ。勝った……よ」
前のめりに倒れ込む鳳仙を受け止めるカミナ。
ケルノスの肩を借りながら、虎徹が歩み寄って来る。
「お嬢。ご無事でなによりです」
「早いとこ手当した方が良いな。鳳仙もアンタも」
「そうですね。とりあえず屋敷の中で手当てしましょう」
「あぁ、頼むぜケルノス」
二人を連れ、屋敷の中に入って行くケルノス。門から屋敷にかけて、生き残った焔一家の若い衆の勝どきが止むことはなかった。
「死ぬ前に言うことはあるか? 景隆」
「お、俺は……認めねぇ。誰よりも……俺は才能が、ある。俺は……つぇ~」
「確かにお前は強い。才能もあったんだろ。だが、負けは負けだ。認めねーとな」
「どいつも、こいつも。……俺を認めねーで、鳳仙ばかり。……オヤジも」
「…………お前」
「俺は……絶対…………認めねぇ」
握っていた刀が景隆の手から離れ、地面に落ちる。
「さてと。お前らはどうする? まだ暴れたいなら俺が相手をしてやるが」
生き残っていたゴロツキ共は蜘蛛の子を散らすようにして逃げて行った。
「これで一応は一件落着だな」
死闘から三日、眠り続ける鳳仙。
「まだ目覚めませんか?」
「あぁ、ケルノスさん。えぇ、まだ。お嬢も全精力を振り絞って戦いましたから」
「ケガの具合はどうです?」
「やれることは全てやったと医者は言っていました。後は祈るのみです」
「そうですね。…………カミナたちは?」
「カミナさんはクレアちゃんと一緒に街の復興を手伝ってくれてますよ」
「珍しい。カミナがそんなことを」
「クレアちゃんに無理やり連れて行かれてますけど、まんざらでもないようです」
「あの二人らしいですね。それでは、私も行ってきますかね」
ケルノスは部屋を後にする。
一方、街で復興を手伝っているカミナとクレア。ボロボロになり大きな被害を受けた街だが、そこに居る人達の表情は絶望ではなく、望みに満ちた物になっている。
「お~い、お兄さん。少し休んではどうかね?」
街外れにある古ぼけた寺の屋根を修理していたカミナを、住職が休憩に誘う。
「いや~、大助かりじゃ。なんか、騒動が起こる前よりキレイになった気がするわい」
「そうか。そりゃ良かった」
「お兄さんが埋葬してくれと、景隆さんを連れて来た時はびっくりしたよ」
「あのまま置いとくのも忍びなかったんでな。世話になった」
出されたお茶をすすり、団子にかぶりつくカミナ。
「ところで、住職は景隆のことを知ってたんだよな?」
「あぁ、もちろん。景隆さんは子供の頃から有名人じゃったからね」
「どんな子供だったんだ?」
「うん? 面白いことを気にされる人だね。まぁ、ワシもそんなに詳しくは知らんけどね」
住職は景隆がどんな子供だったかを話し始める。
「とにかく暴れん坊じゃったよ。子供の頃から街で派手にケンカしとった。大人を数人相手に勝ってたのも見たことあったわい」
「予想通りだな」
「傍若無人ではあったが、べらぼうに強かったからか、慕う者も結構おった。長治郎さんとは性根の部分は違うが、あれはあれで人を惹きつける魅力を持っていたよ」
「ふ~ん。で、いつ頃から変わり始めたんだ?」
「さぁ、そこまでは分からんの。ただ、鳳仙さんがこの街に来て、少しづつ様子が変わったような気もしないでもないわ」
「…………なるほどね。さて、残りを終わらせますか」
寺の修理を終わらせたカミナと、街での炊き出しを終えたクレアが屋敷へと戻る。それを待ち構えていたように虎徹が走り寄って来た。
「カミナさん、クレアちゃん。待ってましたよ。お嬢が、お嬢が」
今にも泣きだしそうな表情に、良くない事態を想像し、慌てて鳳仙が寝ている部屋へと走る二人。
「おう! カミナ、クレア。心配かけちまったね」
そこには意識を取り戻し、元気そうな笑顔でこちらを向いている鳳仙の姿があった。
「ホウセンさーん! よかった、目が覚めたんだね!!」
喜びのあまり飛びつくクレア。
「おいおい、クレア。痛いよ」
「あ、ごめんなさい。でも本当によかったー」
その様子を見ている虎徹は、軽くカミナにしばかれる。
「!? え、なんで叩かれたんですか?」
「紛らわしいんだよ」
虎徹は全く理由が分からず、不思議そうな顔をしている。
「本当にありがとう。カミナが居なかったら、ウチらは負けてたよ。なんてお礼を言ったら良いのか……」
「俺は何もしてねーよ。景隆を討ち取ったのはお前だ。長治郎も喜んでるさ」
「そうかな。…………そうだと良いな」
「さぁ、まだ意識が戻ったばっかりだ、安静にしとかないとな。クレア、行くぞ」
「うん」
部屋を出ていく二人と入れ替わりに、虎徹は鳳仙に歩み寄る。
「お嬢。まだ体が辛いとは思いますが、24代目の襲名式、早々に済ませて跡目を正式に継いでいただかないと」
「あぁ、分かってるよ。こんな事態になったんだ。少しでも街の人も含めて安心させないとね」
「その通りです。そういう訳で、すみませんが明日の夜、襲名式を執り行わせていただきます」
「…………分かった。頼むよ」
「はい」
翌日の夜、生き残った焔一家と街の有力者達を前に、厳かに襲名式は執り行われた。式の後、長治郎の墓の前に鳳仙の姿があった。何か言葉を発するわけでは無く、ただ物憂げな表情を浮かべて立っている。
「報告か?」
「カミナ。うん、そんなところ」
「長治郎も喜んでるんじゃねーのか」
「どうかな。本当にウチで良かったのか……」
「長治郎だけじゃない、みんなに良かったと思わせる当代になる。それしかねーだろ」
「うん、そうだね。…………ねぇ、カミナ。ウチ、ちゃんとこの街を守れるかな」
「さぁな。それは今回の一件でお前の中に答えが出てるんじゃねーのか?」
「…………答えか」
「まぁ、お前の心は誰にも分からねー。お前の望みもな。気が済むまで話せば良いさ。邪魔したな」
「ウチの望み…………。決めた。それで良いよね、オヤジ」
長治郎の墓に背を向け、屋敷に帰ろうとする鳳仙。
「気ぃ付けてな。バカ娘」
振り返った先には誰の姿も無い。ただ美しい月と、風のささやきだけがあるばかり。
「…………じゃぁね。オヤジ」
襲名式翌日の昼。今度は街のみんなに対する襲名披露の場が設けられ、大通りにある広場で執り行われていた。
人でごった返す広場やそこに近い場所から離れ、どちらかと言えば街の入り口に近い場所からカミナ達はそれを見守っている。
「ちょっと遠くないですか?」
「まぁ、良いだろう。新しい自分たちのリーダーを街の人がしっかりと見とかねーとな」
「あ、はじまるみたい」
広場に設けられたお立ち台に上がる虎徹と鳳仙。
「皆様、本日はお集りいただき、ありがとうございます。焔一家当代が代わりましたので、そのご挨拶のためにこの様な場を設けさせていただきました。早速ですが、24代目、鳳仙よりご挨拶をさせていただきます」
「今回、由緒ある焔一家の24代目を襲名しました、鳳仙です」
自己紹介が終わると同時に、鳳仙は深々と頭を下げる。
「この度の一件。その原因は全て、焔一家にあります。内輪から出た問題をきっかけに、皆様方には多大なるご迷惑をお掛けしたこと、この場を借りて謝罪させていただきます」
罵声を浴びせられる覚悟もしていた鳳仙だったが、下げた頭に掛けられた言葉は思っていたものとは全く違った。街の人は口々にお礼や励ましの言葉を発している。
「どうやら、問題なさそうですね」
「そうだな。後は鳳仙がどれだけ立派にやっていけるかだ」
「う~ん。やっぱりカッコイイな。ホウセンさん」
頭を上げる鳳仙。
「ありがとうございます。皆様の温かい言葉、感謝のしようもありません。ですが、やはりこのままではケジメがつかないと思っております」
「ん? 当代、何を」
「今回の事態の重大さを鑑み、関りの大きかった長治郎はもとより、ウチも責任を取る必要があると考えています」
「ちょ、ホントに何を?」
「そこで!!」
鳳仙は自分が着ていた羽織りを虎徹に掛けた。その羽織は焔一家の当代の証である。
「え!? なんで私にこの羽織を」
「ウチはこの場で責任を取って引退。跡目はこの虎徹に継がせることをここにご報告させていただきます!」
一瞬静まり返った後、周囲は一気に騒然とする。
「な、なにを言ってんですかアナタは! 私に務まるわけないでしょう」
「ザンネンだな虎徹。跡目の決定権は全て当代に一任されてる。しかも、それの拒否権はないんだよ」
「いや、そうですが。無理ですよ私なんかじゃ」
慌てる虎徹の肩を掴み、じっと目を見る鳳仙。
「アンタなら。いや、アンタだからこそウチは安心して一家とこの街を任せられるんだよ。確かに、アンタはまだ弱い。でも、誰よりも優しいし、自己犠牲の精神もある。頭もウチなんかより切れるしね」
肩を掴んでいる手に更にギュッと力を込める。
「虎徹は絶対に今までで最高の当代になる。ウチが保証するよ」
「しかし」
虎徹の肩をポンポンと叩き、鳳仙はカミナ達のところへ向かう。
「あ! お嬢」
「ウチのワガママに付き合うのは慣れっこだろ? 最後のワガママだと思って、頼まれてくれ。よろしくね~」
人混みを軽やかに飛び越しながら、あっという間にカミナ達の元へとたどり着く。周囲は未だ騒然としたままだ。
「もう良いのか?」
「うん。湿っぽいのは苦手だからさ。それにしても、カミナは驚かないんだね」
「こうなることも可能性としては考えてたからな」
街を出て行こうとする一行に掛けられる言葉は、どれも感謝に満ちている。
「お嬢ーー!! アナタのワガママ、聞かせてもらいます。どうか、お気をつけてーー!!」
ただ、背中を向けたまま手を振る。振り返る事はしない。とにかく前に進む、強くなる事に迷いは必要ないから。なにより、涙を見られるのが、湿っぽいのが苦手だから。
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