第16話 艶女と童

「これってなんの絵ですか?」


 焔色の髪をした女の背中に鮮やかに描かれている絵を見て、クレアは聞く。


「あぁ、ごめん。怖がらしちゃったか」

「いえ、全然。ただ、とってもキレイだから」

「はは、お嬢ちゃん胆が据わってるね。これは刺青っていって体に直接彫り込んでるんだよ。描いてるのは鳳仙花と鳳凰さ」

「ほうせんか? ほうおう?」

「鳳仙花はこの地域に咲く花。鳳凰は伝説の鳥だよ」

「へぇ~、そうなんだ。でも、体に直接ってことは、スゴク痛いんじゃないの?」

「ん~、まぁそれなりにね」

「なんで痛いのにやるの?」

「そうだね~。……決意の証。自分の覚悟の表れって感じかな」

「ふ~ん。……ちょっとムズカシイけど、なんかカッコイイね!」


 背中を流し終わり、二人は温泉に浸かり話を続ける。


「そういえば名前を言ってなかったね。ウチは『鳳仙』ってんだ、よろしくな」

「あ、私はクレア。よろしく」

「クレアか~。この街には誰と来たんだい? 親御さんかな?」

「ん~、親じゃないかな」


 言葉を濁すクレアに、鳳仙はそれ以上の追及はしなかった。


「でも、とってもイイ人と一緒だよ。…………ちょっと変わってるけど、二人とも優しくて強いんだ」

「そうか~、なら良かった。そうだ、温泉は始めて?」

「うん。とっても気持ちイイね。お金はスゴイ払ったけど、しっかり満足だよ」

「確かに、ここの入場券は高いからな~。まぁ、でもそのぶん管理もしっかりしてるし、温泉以外にも楽しめる所はいっぱいあるんだぜ」

「そうなんだ~。ホウセンさんはこの街の人なの?」

「あぁ、生まれも育ちもドーゴだよ。…………そうだ、クレア。この後って予定あるのかい?」

「ん~、特にないと思う。ここを出たらそのまま宿を探して泊まるって感じじゃないかな」

「それじゃ勿体ね~よ。予定がないならウチがこの街を案内してあげるけど、どうだい?」

「カミナとケルノスさんに聞いてみないとだけど、私はお願いしたいな」

「おぉ、そうかいそうかい。そうこなくっちゃな」


 話している内、クレアの真っ白な肌がキレイなピンクを超えて赤くなってきた。


「ん~…………。なんか、頭がボーっとしてきた」

「あ! クレア真っ赤じゃね~かよ。子供にはまだ熱かったかな、この温泉は。のぼせ切る前に出ようぜ」


 クレアと鳳仙はあばら屋の共有スペースへ向かう。火照った体をしばし休ませているとケルノスがそこにやって来た。

 

 一方、まだ温泉に浸かっているカミナ。


(ふ~。神人、使徒であれば殺しても良いかと思っていたが。それぞれの事情もある程度考えねーと、気持ち悪いことになりそうだな。…………まだまだ、ブレがあるな)


 考えはまとまらない。しかしすぐに答えを出せる事でも無い。温泉に浸かりスッキリした体とは裏腹に、カミナの心には未だ靄が掛かっている。


(さて、俺もそろそろ出るとするかな)


 温泉から出て、着替えを済ませて共有スペースに向かったカミナの目に衝撃的な光景が飛び込んでくる。ケルノスが床に突っ伏して倒れているのだ。慌てて駆け寄るカミナ。


「おい、どうした!? 敵か? いや、しかし殺気は全く。クレアは…………」


 動揺するカミナであったが、すぐ近くに鳳仙と談笑するクレアの姿があった。


「なんだ、クレアは無事じゃねーか。…………あれは誰だ?」

「あ、カミナ。見て見て、これスゴ~クおいしいよ! コーヒー牛乳っていうんだって。買ってもらっちゃった」

「そ、そうか。良かったな。で、この人は?」

「お! お兄さんがクレアの連れ二人目だね。ウチは鳳仙、よろしく」

「俺はカミナだ。よろしくな。あぁ、このコーヒー牛乳の代金を」

「いいって、いいって、そんなの。ウチに奢らせてよ」

「そうか、ならお言葉に甘えて。…………ところで、アイツはなんであんな所で倒れてるんだ?」

「ん~、それがよくわかんないだよね。ホウセンさんを見て急に倒れちゃったんだよ」


 倒れているケルノスを起こし、事情を聞くカミナ。


「おい、どうした。のぼせたのか?」

「し、衝撃がつよ……すぎ」

「衝撃?」


 回復したケルノスだが、鳳仙の方を一切見ようとしない。


「…………はは~ん。お前、まさか童て」


 カミナが話し終わるのを待たず、ケルノスは慌てて言葉を被せてくる。


「な、なにを。私は立派な大人の男ですよ」

「…………その感じがもうね。まぁ、別に恥ずかしいことじゃねーんだし」


 改めて鳳仙の方を向くカミナ。


「確かに、刺激が強いわな。あんだけスタイルが良くて、それをまったく隠す気も無く露わにしてる。本人が無自覚だから全くの無防備で、しかも湯上り」


 必死に冷静さを取り戻そうとするケルノス。そんなケルノスの顔を無理やり鳳仙の方に向けるカミナ。


「ほれ、見てみろ。もうほぼほぼ見えてるよ」

「や、やめてくださ…………」


 鳳仙の姿が視界に入った瞬間、ケルノスは再び卒倒するのだった。


「う~ん。これは面白いオモチャを手に入れてしまった。当分は遊べそうだな」

「ねぇ、カミナ。ダイジョブ? ケルノスさん」

「あぁ、問題ないよ。お~い、鳳仙さん。悪いんだけど、もうちょっと露出の少ない服に着替えてくれないかな」

「露出? なんで? 湯上りだからしばらくこの格好で居たいんだけど」

「いやね」


 鳳仙に耳打ちするカミナ。


「…………ってことなのよ。面白いんだけど、このままじゃアイツが死んじまうんじゃないかと思ってさ」

「なんだ、そういうこと。悪かったね、ウチはそういうの全然気にしないから」

「いやいや、悪いのはアイツの方」


 鳳仙は露出を抑えるために着物を着る。


「…………その服もなんかオシャレだね。この街でしか見たことないけど」

「あぁ、これは着物っていうんだ。確かに、ドーゴ特有の服だよ」

「ふ~ん。あれ? でもホウセンさんのは男の人のみたいだね」

「女物は帯締めたり色々メンドクサイんだよ。だからウチは男物を着流すのが普段着なんだよね。だらしないって怒られるけどさ」

「えぇ~、でもやっぱりオシャレでカッコイイ!」


 クレアは目を輝かせている。


「これでどうだい?」


 カミナはケルノスを無理やり鳳仙の方に向ける。谷間もバッチリ見えているし、そもそもの色気が強く全然隠せて無いが、なんとかケルノスは耐えた。


「おぉ! 堪えた」

「わ、わたしを…………見くびらないでもらいたい」

「ギリギリだな」

「あ! ねぇカミナ、ケルノスさん。ホウセンさんがこの街を色々と案内してくれるらしいんだけど」

「俺は構わんが…………」

「わ、わたしも問題ないですよ」

「やった~! じゃ、決まりだね」

「よ~し、それじゃ、色々と案内させてもらうよ」


 一行は鳳仙と一緒に賑わう街を歩いて行く。


「…………お前、もうちょっと近づけよ。警戒し過ぎだろ」


 一行、とは言う物の、構図は完全にケルノス対その他メンバーになっている。


「ケルノスさん、ホウセンさんが嫌いなのかな?」

「いや、むしろ逆だな」

「逆?」

「まぁ、クレアも分かるようになるさ、もう少しだけ大人になればな」

「む、たまにくる子供扱い。ところで、ホウセンさんの腰にあるのはなに?」

「ん? これかい? これは刀っていう武器だよ」

「刀はドーゴ特有の武器ですね」

「おわ! 何だお前、突然だな」


 急にケルノスが距離を詰めて話を始める。


「刀は他の地域の刃物とは一線を画す武器です。他は突き刺すことに適していますが、刀は斬ることに適しています。これはその刀身の形状が…………」

「女流剣士か。珍しいな」

「そうだね、確かに珍しいかも。まぁ、ウチの場合は物心ついた時から刀と一緒の生活だったから、全然気にしたことなかったけどさ」

「物心ついた時からか」

「さぁ着いた。ここだよ」


 後ろの方でケルノスは未だに何かを喋っている。


「おい、ウンチク王。着いたぞ、さっさと来いよ」

「ここはなにする所なの?」

「賭場だよ。賭け事をする所さ」

「かけごと?」

「お金を賭けてゲームするってことだ。ゲームに勝てばお金が貰えて、負ければ取られる」

「え~、なにそれ! おもしろそう」

「それじゃ、行こうか」


 賭場の中ではサイコロ博打がメインで行われている。


「この賭場は花札やカルタ、色々とあるけどサイコロが中心だね」

「サイコロ?」

「二つのサイコロを振って、出た目の合計が奇数か偶数かを当てるだけの単純な博打だよ。簡単だからやってみるかい?」


 場に着く鳳仙以外の三人。


「さぁ、張った張った!」

「…………よし、俺は丁だ」

「う~ん。考えてもわかんないから、私も丁にしよ」

「ふふ、二人は分かってないですね。丁半博打は確率と統計に基づいて行えば自ずと勝利がもたらされるもの。今までの目の流れから、私は半です」


「よござんすね。コマ揃いました。勝負! …………サンゾロの丁!」

「やった~、当たった」

「クレア、凄いじゃん」

「ふふ、まぁ、あくまでも確率ですからね。試行回数を増やせば…………」


 その後、しっかりと遊び、賭場を後にする一行。


「いや~、楽しかった! こんなにお金増えちゃったよ。ドーゴのチケット代がほとんど返ってきた」

「クレアは才能あるかもね。天性の感覚で流れを読んでる感じだったよ。引き際も上手いし」

「え~、そうかな~」

「カミナは…………。アンタ、どうやって全勝したの?」

「ん? まぁ、サイコロが壺に入る時の出目と、中で振られる時の音を基準にしてな」

「…………そんなこと出来るの? アンタ一体なにものだよ?」

「まぁ、そんなことよりもだ」


 三人が同時に後ろを振り返る。そこにはうなだれてブツブツ言っているケルノスの姿があった。


「問題はアイツだろ」

「スゴイよね。全部ハズレてたよ」

「あれはあれで、とんでもない才能だね」


 カミナはケルノスの肩を抱く。


「まぁ、そう落ち込むな。お前に賭け事は向いてないってだけの話だ」

「そうだよ。…………よし、それじゃ次はパーッとやろうじゃないか」


 鳳仙が次に連れて来たのは大きな居酒屋。


「さぁ、飲んで食べて、嫌なことは忘れて元気になろう!」


 一行は全力で飲めや歌えの大騒ぎ。今までの疲れや悲しみ、それらを一時でも忘れられる様に。


「いや~、楽しかったね。こんなに騒いだのは久しぶりだよ」

「私も楽しかった~。ありがとう、ホウセンさん」

「う~ん、もう。なんて可愛いんだい、クレアは。妹にして連れて帰りたいよ」


 クレアに抱きつき、頬ずりする鳳仙。


「お前、酒は強いんだな。なんか遊びは全面的にポンコツなのかと思ったぜ」

「お酒で酔ったことは一度もありません。どんなに飲んでもね」


 夜も更けて、人影もまばらになった街を楽しそうに歩く一行。が、突如としてカミナとケルノスの雰囲気が変わる。


「…………カミナ」

「あぁ、なんか用があるみたいだな」


 一行を取り囲む柄の悪い男達。その中の一人、恐らくリーダーであろう男が一歩前に出る。


「ようやく見つけた。覚悟!!」


 リーダー格の男の声が夜の街に響き渡る。

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