第14話 笑顔

「さてと、行くかクレア」

「うん。準備OK」


 身支度を整え二階から下りる二人。そこにはラナと話をするケルノスの姿があった。


「あれ? なんでアンタが」

「やぁ、おはようございます」

「挨拶に来たのさ。私と死んだ旦那にね」

「ラナさん、旦那さんが居たんだ」

「五年前に病気で死んじまったけどさ」

「私は子供の頃、ここのスラムに住んでいました。その時にお二人にとてもお世話になりましてね」


「ふ~ん、そうだったのか。で? なんで挨拶に?」

「この街を離れようと思いまして。もしかすると二度と帰って来れないかも知れないので」

「色んな街を周ってみるんだってさ。ここと同じ様なことになってる所があれば、少しでも自分が役に立てないかって。立派になったもんだよ、とんでもない悪ガキだったのに」

「へ~、悪ガキだったんだ。ケルノスさん」

「そりゃ、もうヒドイもんだったよ」

「…………止めてくださいよ。恥ずかしい」


 バツの悪い表情を浮かべるケルノスと対照的に、ラナはいつもの通り豪快に笑っている。


「この街はどうするんだ? アンタの誤解も解けただろ? リーダーシップを取る奴が居た方が良いんじゃないのか?」

「私もそう言ったんだけどね」

「あれから一週間経って、ムーラが来る前の様な活気が戻りました。私が居なくても街の人達は大丈夫ですよ」

「あの神人の管理は誰がするんだ?」

「それならナーズが。あぁ、ナーズは地下街でアナタ達と話をした男です。彼は使徒なんです、それなりに強い」

「アイツ使徒だったのか。アンタに味方は居ないと思っていたが」

「使徒は必ずしも一枚岩ではありません。特にムーラは基本嫌われていましたからね。ナーズの他にも数人、私に協力してくれている人は居ますよ」

「そうか、まぁアンタが決めたことだ。ラナさん、俺たちも行くわ」

「お世話になりました」

「えぇ~、なんだい。寂しくなるね。ちょっと待ってな」


 ラナは店の奥から巾着袋を持って来た。


「ほら、これ。アンタ達がしっかり働いてくれたおかげでガッツリ稼げたよ。餞別も兼ねて、少し多めに入れといたからね」


 受け取ったクレアは中を見て驚く。


「え~! こんなに貰っていいの?」

「それでもちゃんと私の利益は取ってるから、安心して貰っとくれ」

「じゃ、行きますか。またな、ラナさん」

「では、私もこれで」


 街の入り口まで一緒に向かう三人。ケルノスが言う様に、最初に訪れた時とは比べ物にならないほど、人々の顔は生き生きとしている。


「おや、君は」


 入口に向かう途中、クレア達と共に捕まっていた子供と母親が目に入った。


「どうしました? 何かご用ですか」

「あの、なんと言ったらいいか。……すみませんでした」

「……なぜアナタが謝るのですか? むしろアナタ方を危険な目に遭わせてしまった私の方が謝るべきです」

「いえ! そんなことはありません。私も含めて、街の大人たちはアナタのことを…………」

「どうかお気になさらずに。私の力足らずであったことは事実ですから」


 子供の目線に合わせ屈み込み、優しく頭をなでるケルノス。


「とにかく、無事で良かった。元気でね」


 もじもじする子供。ポケットからお菓子を取り出し、ケルノスに手渡した。


「これは?」

「たすけてくれたから。ありがとうのしるし」

「そうですか。では、ありがたく頂きます」


 受け取ったお菓子を頬張り、親子に見送られながら街を出る三人。


「…………な~んか、カッコイイ感じだったね」

「そうだな。でも、ちょっとキザじゃなかったか?」

「からかわないで下さいよ。さて、改めて自己紹介しておきます。私は『鋼糸(こうし)のケルノス』。よろしくお願いします」

「…………こうし? ケルノスさんって牛だったの?」

「……違いますよ。鋼の糸、という意味です」

「と言うか。なに、改まって。アンタも一緒に来るのか?」

「えぇ、勿論そのつもりです。神殺しであるアナタと一緒の方が目的も達成しやすいでしょうから」

「目的? 色んな街を見て周るんだろ? だったら一人で気軽に周った方が身動きとりやすいだろ? こっちは子供と犬が居るんだぜ」


 カミナの手の甲に刺激が走る。クレアが抓っていた。


「なに、カミナ。カミナは私とシンがオジャマ虫っていいたいの?」

「ワン!!」


 クレアとシンは頬を膨らまし、むくれた顔でカミナを見つめる。


「あぁ、いやいや。そういう意味じゃなくてな。なぁ」


 ケルノスに話を振るが、彼は素っ気ない態度で答えようとしない。


「もう、知らない」


 ふてくされて先に歩いて行くクレアとシン。


「おい~、そこはフォローしろよ」

「ふふ、神殺しも彼女の前では形無しですね」

「なに笑ってんだ、お前のせいでもあるんだからな。…………それから、その神殺しっての止めろ。俺のことはカミナで良い」


 ぶっきらぼうに放たれたカミナの言葉であったが、ケルノスは嬉しかった。名前やお前で呼べる仲間。そんな存在に会ったのは久しぶりだったから。


「分かりましたよ、カミナ」


 一方でズンズン進んで行くクレアとシン。


「お~い、お二人さん。俺が悪かったよ、機嫌を直しておくれ~」


 カミナの声に全く耳を貸さないクレアとシンだったが、突然歩みを止め振り返る。


「ケルノスさん。あれ見て」


 クレアが指さす先に、地下街で暮らしていた人達が大勢居る。地下街からデイルの街に戻っていく最中の様だ。


「よかったね。ケルノスさんのおかげで、あれだけの人が助かったんだよ」


 戻る人達をしばし見続けるケルノス。その時、一人の少年が彼に気付いた。


「ケルノスさ~ん。ありがとう~~!!」


 その声でケルノスの存在に気付いた人々が次々にお礼の言葉を口にする。


「泣いても良いんだぜ」


 少しにやけた表情で、からかい気味に声を掛けるカミナ。


「…………泣きませんよ。約束ですから」

「約束?」

「いえ、なんでも。…………さぁ、行きましょうか」


 今度はケルノスが先に進んで行く。


「もう、からかっちゃダメでしょ。カミナはそういうところあるよね」

「ワン」


 クレアとシンにも置いて行かれるカミナ。


「いや、俺は良かれと思って。…………お~い、置いてくな~」


 お互いの表情を確認することが出来ないぐらいの物理的な距離。だが、みんなの表情は同じだった。

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